19 精霊召喚
巨獣が燃え尽きた場所は、巨人の拳によって抉れたように地形が変わっていた。その中心に幻魔石が転がっているのが確認できる。
「今まで見た中で、一番召喚術っぽかったよ。シェリル、やればできるじゃない」
「いやあ、たまたまですよ」
シェリルは謙遜するが、正直、わたしは少年のようにときめいてしまっていた。
「巨獣を一撃で倒しといて、たまたまはないでしょ」
「今のは『精霊召喚』と言って、いつも上手くいくとは限らないんです」
『確かに、適した精霊がいない土地では使えない上に、とても扱いが難しい召喚術ですね』
アラネスが補足した。
『アラネスでも使えないの?』
『そもそも、召喚中の身では使えません。五感で精霊の気配を捉える必要がありますので』
ちょっとやってみたかったのに、残念。
「リーネは?」
相変わらず距離をとっているリーネは、木陰から首を横に振って答えた。
『リーネは召喚術師の街をほとんど出たことがないので、経験が足りませんね。精霊召喚を使いこなせれば、巨獣への対抗手段としては有用だと思いますが』
「叔母様の太鼓判が出たよ。その召喚術は、あなたしか使えないみたいだし。自信持ちなよ」
「は、はあ」
シェリルはそれでも半信半疑といった様子なので、わたしは少々荒っぽい手段をとることにした。魔導環で別の巨獣の反応を探してみると、北の森林地帯にもうひとつだけ反応がある。距離にしておよそ十二キロぐらいだ。
森の中で蠢いていた巨獣二百二十六号は、巨大なムカデの形状だった。このあたりは虫系の巨獣しか出ないのだろうか。言うまでもなく、見た目はもうモンスターのそれである。
「シェリル、ここは全面的に任せます。いい感じにやっつけて」
わたしは巨獣に背中を向けたまま、シェリルに指示した。
「ええっ、丸投げですか」
「あなたが自立するための特訓です。ほら、頑張る」
「やってみますけど……失敗したら助けてくださいよ」
シェリルは観念したのか、呪文を唱え始めた。
『此の地に眠る古の精霊よ。力を解き放ち、眼前の敵を滅せよ』
辺りの木々がざわめき、木の葉が舞い始める。シェリルの前に集まった木の葉が渦を巻いて、形を成していく。現れたのは、さっきの巨人とは打って変わって、ヒトとほぼ変わらない大きさの何かだった。見た目は、木の肌と透き通る羽根を持つ妖精のような姿だ。
妖精は巨獣に向かっていったようだが、何も起こらないまま十秒、二十秒と過ぎていく。わたしは、もしやハズレたかと不安になって、そっと振り返った。
妖精はムカデに向けて両手を突き出したまま立っていた。妖精が冷たい笑みを浮かべたような気がした次の瞬間、ムカデの動きがピタリと止まった。唐突に全身が枯れ枝のようにしぼんでいき、最後には体が崩れて消えてしまった。精霊さん、華奢な見かけのわりに、やることがえげつない。
「これでわかったでしょ。あなたは十分巨獣とも戦えるって」
「そうなんですかね……」
シェリルはまだ納得しきれていない様子だ。この子は相当自己評価の低いタイプらしい。
『戦士様、幻魔石から抽出しておきましょう』
「そうだった」
石を放置しておくと、この前みたいにまた巨獣が現れかねない。
「わたしがやりますね。配分はどうしますか?」
リーネがそそくさとやってきて、二つの幻魔石を手に取る。
「シェリルに力を分けてあげたいんだけど、出来る?」
リーネはシェリルの顔をじっと見ると、うなずいた。
「魂にはまだ余裕があるようです。いけます」
「あと、人を運べる生き物みたいなのは作れない? フェルだけだと全員乗せきれないし」
「それでは、折角なので空を飛ぶ形の召喚体に変換しますね」
リーネは天に向かって幻魔石を掲げて、呪文を唱えた。
『悠久の時と共に紡がれし、尊き命脈の記憶よ。我が意に応え、今ここに顕現せよ』
二つの石が輝きながら宙に浮かぶ。互いに共鳴するように輝きを増すと同時に、石が一つになっていく。瞬間、強烈な閃光を放ってわたしは目がくらんだ。
『わたしを求めるのは貴方ですか』
マイの時と同じように、頭の中に声が響く。上空に白く輝く翼を広げた巨鳥が現れて、シェリルを見据えていた。巨鳥は地上に降り立つと同時に人の形を成した。足元に届きそうな長い金髪をもち、白い装束を纏ったスラリとした美女だ。
彼女はシェリルの前にひざまずくと、その手を取った。
「我が主よ、名をお授けください」
いつもの儀式が始まったようだ。シェリルの事なので、決めきれずに困ると思いきや、あまり悩むことなく口を開いた。
「『アリース』。アリーと呼んでいいかい」
「感謝いたします。アリーは主に尽くします」
アリーと名付けられた召喚体は、光の粒となって何処かへ消えた。
「『アリース』って?」
「精霊の名前です。光翼の精霊アリースからとりました」
なんだかシェリルが急に賢く見えてきた。
「やるな」
「一応、得意分野ですので」
照れ笑いしているシェリルの所へ、リーネがおずおずと近寄ってきた。
「あのっ、シェリルさんは精霊にお詳しいのですか」
「母に教わったので、それなりには」
「ぜひ、色々とご教授頂きたいです」
リーネが目を輝かせている。二人が仲良くなれそうで何よりである。
日も暮れかけてきたので、早速アリーの背に乗せて貰って北にある街へ向かう。乗り心地は悪くなく、三人までなら十分乗れる広さがある。マイは一旦収納、フェルは手乗りサイズにして優雅に空の旅を楽しんだ。
ミラクレムから北におよそ十八キロ。わたしたちは森に囲まれたナートの街にたどり着いた。やはりわたしは、こういう自然に囲まれた場所が性に合う。ひとまず、保安委員会の事務局を見つけて、立ち寄ることにする。
「二時間で巨獣を二体も?」
わたしの魔導環の記録を確認した受付のお姉さんが、驚いて声を上げる。あまりに声が大きいので、部屋中の視線を一身に浴びてしまう。
「ちょっとした訓練代わりに」
「三ツ星の方は凄いですね。……あれ、倒されたのはあなたではないんですか?」
魔導環の戦闘記録は、正確にシェリルが倒したことを示してくれたようだ。
「この子、まだ二ツ星なんですが、この場合どうなります?」
「もちろん、三ツ星認定になります」
お姉さんはにっこり微笑んだ。
星が三つ並んだエンブレムと、魔導環の入った箱がシェリルに渡された。シェリルの魔導環は渋めの緑色をしている。
「『翡翠』はこの地方特産の石を磨いて細工した、特製の物なんですよ」
お姉さんが得意気に解説してくれる。
「へえ、カラバリあるんだ」
『カラバリ?』
カラーバリエーションについてアラネスに説明しようとしていると、わたしたちのところに長身の男が近づいてきた。
「三ツ星が三人も揃うとは、珍しいね」
そう言う男の肩にも、三ツ星のエンブレムが付いていた。




