18 召喚術師シェリル
シェリルの見た目は十五、六歳くらい。ブロンドのショートカットで、最初は少年と見間違えたほどの童顔。見た目の若さは召喚術師の特徴だが、彼女の場合は微妙なラインだ。ここは単刀直入に聞いてみる事にする。
「変な事聞くけど、あなた、召喚術師と縁があったりする?」
シェリルは驚いた様子で、頷いた。
「母が召喚術師です」
ということは、召喚術師とのハーフという事でいいのか。
『アラネス、召喚術師って、結構珍しい一族なんでしょ』
『そうです。少し前まで同族以外の結婚も認めていませんでしたから、自然と少数民族になっていきました』
そうなると、シェリルが学院にスカウトされたというのは、あながち大げさではないのかも。
「学院に行かなかったのは、学費の問題?」
「いえ、生活費も含めて学院が出してくれるという事でしたが、因縁のある街だし、とても通う気にはなりませんでした」
そこまで言うと、シェリルは周りを気にしながら声を潜めた。
「連中、僕が召喚術師だって、いつの間にか調べてたんですよ。あの学院、裏がある気がしてならないんです。テリオの件で確信しました」
「まあ、気持ちはわかるけど」
リカさんが十五年も学んだ場所だし、わたしとしては複雑な気分だ。
「保安官の仕事はどうしてるの? 何かしら、こなせる依頼はあるでしょうに」
シェリルは言いにくそうに目を伏せた。
「……僕、人が苦手なんです。こうやって誰かと話すのも、実は久しぶりで」
「その割には、わたしには結構絡んできてたよね」
「女神様は、母の面影があるので話しやすいんです。地下でのアレは、自分を誤魔化しているうちに出てきてしまった、仮の姿というか」
シェリルは顔を真っ赤にしている。女神様っていうのはわたしか。どこからツッコめばいいんだ、これ。
「お母さんに似てるのは、わたしじゃなくて、わたしを召喚してるアラネスっていう召喚術師なんだけど、知ってる?」
「どこかで聞いたような……」
シェリルは首を傾げて考え始めた。アラネスって召喚術師の長じゃなかったか。
『アラネスって、もしかして名ばかりの長?』
『そんなことない、はずですけど……』
なんか自信なさげだな。
『戦士様、彼女の母親に心当たりがあるかも知れません。名前を聞いて頂けませんか』
「……シェリル、アラネスがお母さんの名前を知りたいって」
「エレノアです」
『やはり、そうでしたか』
アラネスは神妙な感じで言った。
『一人で納得してないでよ。誰なの』
『エレノアは、三十年前に一族を抜けた、わたしの妹です』
わたしを召喚しているアラネスが叔母に当たることを伝えると、シェリルは目を丸くした。
『危うく姪を見殺しにするところでしたね』
『あんなところで会うなんてね。召喚術師同士は引かれ合う的な、何かがあるのかい』
『よくご存知ですね』
わたし、冗談で言ったつもりだったのだが。
『召喚術師の魂は元々一つだったと言われています。個々の肉体で分かたれても、一つに戻ろうとする性質があるのです』
それはそれで怖いような気がするのはわたしだけか。
シェリルの顔を改めて見ると、髪や瞳の色が違うので印象は異なるが、アラネスやリーネに似ていなくもない。
「叔母様とは知らずに、とんだ失礼なことを」
シェリルは恐縮して頭を下げた。
「別にいいよ。わたしが叔母なわけじゃないし。お母さんは元気なの?」
「はい、今は父とのんびりと世界旅行中です」
アラネスの妹なら、ウン百歳だろうし、老後生活みたいなものか。ちょっと憧れる生活だ。
「女神様、僕もお供させて頂けませんか。受けたご恩は一生かけてでも返させていただきますので」
どこかで聞いたようなセリフだな。とはいえ、この子も放って置けないタイプだ。
「まあいいか。多分、巨獣と戦うことになるけど、あなたも保安官だし、そこはいいよね?」
「はいっ。体力には自信がありますので。荷物持ちでも何でも、お申し付けください」
シェリルは鼻息を荒くして拳を握って見せた。
「舐めたマネしくさると、ドタマかち割ったるぞっ」
こういうのを豹変と言うのだろうか。シェリルは男の後頭部を踏みつけて啖呵を切っていた。
「シェリル、そのくらいにしてあげな。これじゃどっちが悪者かわからないから」
「はいっ」
シェリルは素早く気をつけてをして敬礼する。地面にのびている男は、いわゆるスリだ。宿から出たところを狙っていたらしいが、わたしたちを標的に選んだのが運のツキだ。シェリルは腕っぷしが強く、男をあっという間にのしてしまった。
今朝、召喚術の反動からやっと目を覚ましたリーネは、自分に従姉妹がいると知って少し嬉しそうにしていた。今はわたしの後ろに隠れて怯えているが。
「リーネ、今のは仮の姿らしいから、あんまり怖がらないであげて」
「……面目ありません」
シェリルは申し訳無さそうにうつむいた。
男を保安委員会の事務局に突き出すと、スリの常習犯だったらしく、まあまあの報酬が出た。
「報酬は一万二千ルルです」
「あっ、ありがとうござる」
受付でシェリルがしどろもどろになりながら、お金を受け取っている。
「シェリル、こういう仕事、向いてるんじゃない?」
「母にもそう言われて保安官になったんですが、どうしてもうまく立ち回れないんです」
「まあ、慣れていくしかないね。……リーネも」
リーネは少し離れた柱の陰から、こちらの様子を見ていた。まだ怖いらしいが、シェリルと目が合うと、リーネは口に両手を添えた。
「何かに自信を持つと、心理的負担も軽くなると思います。実践経験を積まれるのがよろしいかと」
距離があるので、大きめの声でアドバイスを送ってくれた。いい子だ。
「確かに、いっそのこと、三ツ星を目指すのもありかもね」
「いえいえ、僕なんかじゃ、巨獣と戦うのは無理ですよ」
シェリルは慌てて首を横に振った。
「でも、召喚術師なんでしょ」
「きちんと鍛錬をしていないので、一つしか召喚術を使えないんです」
「何事も、やってみないとわからないよ」
わたしだって、カタツムリとは具現化の術法だけで戦ったのだ。まあ、明確な弱点があった訳だが。
という事で、わたしたちは手近なところにいる巨獣を探してミラクレムを出た。フェルに三人乗りは辛いのでどうしようか迷っていると、シェリルはマイと一緒に徒歩で行くと言い張った。魔導環の反応によると二キロ程度の距離ではあるものの、歩かせるのは忍びない。
「大丈夫ですよ、歩くの好きなんで」
シェリルは爽やかに言い放った。実際、巨獣のところに着く間、マイと先頭を行くのを張り合うぐらいには健脚だった。何かを身体に召喚しているのかと聞いたが、生まれつきのものらしい。テリオさんも並外れた身体能力の持ち主で、それを活かして盗みを働いていたらしいが、その話は聞きたくなかった。
巨獣二百七号。見た目はトンボだ。想像して欲しい。体長が三メートルはあるトンボの姿を。わたしは思わず身震いしてしまった。
「駄目だ、これは。虫はホントに駄目なのよ。カタツムリでもギリだったんだから」
わたしは巨獣に背を向けた。あの巨大な複眼を見るだけで卒倒してしまいそうだ。
「我にお任せください」
マイがトンボ目掛けて何かを仕掛けたらしいが、突風に吹っ飛ばされて戻ってきた。
「主、奴は風に守られていて、近づくのは難しそうです」
「リーネ、船で戦った時みたいに、術法で小さく出来そう?」
「駄目です。術法に対する防御陣を敷いているようです」
となると、わたしの出番か。覚悟を決めかねていると、もうひとりの顔が浮かんでくる。
「シェリル、あなたの使える召喚術でどうにかならない?」
無茶振りなのは承知だったが、これは元々シェリルの実践経験の為の戦いだ。
「わかりました。こうなりゃヤケです。当たって砕けて見せますぜ」
「砕けなくてもいいんだけど」
ツッコむ間もなく、シェリルは両手を合わせた。
『此の地に眠る古の精霊よ。力を解き放ち、眼前の敵を滅せよ』
呪文に応えて、地面から何かがせり上がってきた。最初は岩の塊かと思ったそれは、身長が十メートルはある、岩の巨人だった。
その場にいる全員が呆気に取られている間に、巨人が拳を振り下ろした。ぐしゃっと嫌な音がして、巨獣が潰されたらしい。わたしは巨獣が燃え尽きるまで、絶対振り向くまいと心に決めた。




