17 二ツ星
わたしは意識を無くしたリーネを抱きかかえた。
「大丈夫かな、リーネ」
『さきほどの招魂召喚の反動です。しばらくは目が覚めませんが、体に別状はありません』
「それならいいけど」
リーネのあどけない寝顔を見ていると、二百歳超えとは思えない。遊び疲れて眠った子供のようだ。
「……さて、結局、この子は誰なんだろ」
わたしはテリオさんが成仏した後の小人の顔を覗き込んだ。
「……うーん?」
しばらくして、少年は寝ぼけたような声を上げて、目を開けた。
「大丈夫? ごめんね、ちょっと体を借りさせてもらったけど」
勝手に他人の魂を入れたりしたので、混乱しているのかも知れない。その点はリーネに代わって素直に謝る。
「……それより、いい加減、離してもらっていいか」
マイが解放すると、少年は術法を解いて元の大きさに戻った。元から小柄なようで、リーネより少し大きい程度の背丈だ。さっきまでマイに掴まれていたので気づかなかったが、スカートを履いている。
「まさか、あんたらが『ミラクレムの悪魔』の真相を暴いてしまうとは思わなかったよ」
「聞こえてたんだ」
「ああ。僕からも礼を言わせてもらうよ。テリオの濡れ衣を晴らしてくれて感謝する」
斜に構えた上に、妙に芝居がかった口調だが、相変わらず甲高い声なので締まらない。声が高いのは地声らしい。チラチラとわたしに視線を向けてくるのは、多分聞いて欲しいのだな。仕方ないので、期待に応えてあげることにした。
「あなたは、テリオさんの関係者っぽいね」
「いかにも、僕はテリオの子孫のシェリルだ」
シェリルは、待ってましたとばかりに答えると、やれやれといった風に首を振った。
「名探偵諸君も、僕の正体までは気づかなかったようだね」
「今、気になるのは、そこよりも服装の方なんだけど。もしかして、あなた女の子?」
「……女で悪いかっ」
シェリルは頬を膨らませている。
「生まれて初めてボクっ娘にあったよ」
「ボクッコとはなんだ」
シェリルは不審な目を向けてくるが、説明する気はない。
「それより、こんなところで何してたの?」
「もちろん、テリオの事を調べてたんだ。僕の家には代々、いつかテリオの無念を晴らすように、言い伝えられてきたんだ」
ドルクさんが伝えたのだろうか。律儀な一族だ。テリオさんも浮かばれるだろう。
「テリオが収監されていた場所を調べれば、手掛かりがあるかも知れないと思ったが、正解だったな」
手掛かりというか、本人がいたけど。
「解決したの、わたしたちだけどね」
シェリルが得意満面な顔をするので、とりあえずそこは強調しておいた。
「この件はまだ公にしないでくれよ。残党がいるかも知れないからな」
百年前の話だが、確かに全滅させた保証はないか。いずれにせよ、悪人はどこにでもいるものだ。
「テリオさんの調査はいいとして、なんで小さくなる必要があったのよ」
わたしが聞くと、シェリルは急に挙動不審になって視線を泳がせた。
「そ、それは、あれだよ、牢屋に忍び込んで色々調べてたんだ」
確かに鍵の掛かった牢もあったようだが。態度があからさまに怪しいな。
「……もしかして、何か盗った?」
「しっ、失礼な! これは廃品回収だっ」
図星か。テリオさんの血なのか、手癖が悪いらしい。まあ、こんなところに落ちているものなら、盗みとまでは言わないだろうが。
「他に盗みとかやってないだろうね。テリオさん、というか、ドルクさんが泣くよ」
「見くびるなよっ、僕はきちんと保安委員会にも登録してるんだぞ」
シェリルは肩に付けていたエンブレムを見せてきた。二ツ星。
「へえ、保安官なんだ」
何気に他の保安官に初めて会った。ミラクレムの事務局にもいなかったし。
「僕の術法は一級品だって評判だからな。学院に特待生として入らないかって誘われたぐらいなんだぜ」
聞いてもいないのにペラペラ喋りだした。この子、多分、口だけだな。
「ふーん、じゃ、頑張ってね」
わたしがリーネをおんぶして外に出ようとすると、シェリルは慌てて回り込んできた。
「待ってよ、話の途中だろ」
「そうでしたっけ」
シェリルは急にモジモジして上目遣いでこちらを見た。
「あのさ、よ、良かったら……」
「良くない」
わたしは秒で断ると、さっさと歩き出した。
「ちょっ、待ってって! まだ何も言ってないじゃん」
シェリルが後ろから追いかけてくる。
「わたしも忙しいの。お子様のお守りはゴメンなのよ」
「頼むよ、いや、お願いします! どうか見捨てないで下さい……」
シェリルは急に涙目になって懇願してきた。
「実はもう三日も何も食べてないんです。このままだと野垂れ死にしてしまいます……」
死ぬと言われたら放っても置けない。仕方ないので、わたしは話だけでも聞いてあげることにした。
シェリルを連れて、ミラクレムのレストランに入る。リーネがまだ意識を取り戻していないので、ソファのある席を選んでそこに寝かせた。
「好きなの頼んでいいよ」
わたしが言うと、シェリルは目を輝かせてわたしを見た。
「い、いいんですか」
「お金ならあるから」
どのみち、六割引きだし。使わないと、報酬が入るので増える一方なのだ。地球で言ってみたいな、このセリフ。
「例えば、この『ミラクレム牛のステーキ』でも……?」
恐る恐るシェリルが聞いてくる。ここのメニューでは一番高いもののようだ。
「じゃあ、とりあえず人数分頼もうか」
「ああ、女神様……」
なんか、シェリルに拝まれた。
料理が運ばれてくると、シェリルは震える手を合わせて、ステーキに対して祈りを捧げた。
「冷める前に食べたら?」
「頂きます……」
がっつくかと思いきや、シェリルは一口ずつ切り分けながら、大事そうに食べ始めた。
「マイ、わたしたちも頂きましょう」
「御意」
口に入れてみると、肉質は柔らかく、濃厚なソースの味付けも絶品だ。リーネにも食べさせてあげたかった。シェリルを見ると、食べながら涙を流していた。
「泣くほど?」
「温かい料理も久しぶりなのに、こんなにお高いお肉を頂けるとは、夢にも思わなくて……」
この子、結構苦労してきたのだな。
「遠慮しなくていいから、好きなだけ食べなよ」
シェリルが泣きながら頷くのを見ていたら、何だかかわいく見えてきてしまった。最近のわたし、情に流され気味な気がする。
『戦士様。そのシェリルという者、少し気になるのですが』
『珍しいね、疑ってるの?』
『いえ、そういうことではなくて、我々召喚術師に近い魂を感じるのです』
アラネスの言わんとすることを確かめるなら、あれを聞いて見るのが一番だ。
「ねえ、シェリル。あなたの年齢とか聞いてもいい?」
「二十八になります」
まさかのタメだった。




