16 魂の言葉
百年前、ミラクレムを騒がせた盗賊がいた。彼が狙ったのは裕福な貴族ばかり。奪った金品を貧困層に配って回る、いわゆる義賊と呼ばれる者だ。当時は貧富の差が激しく、一部では英雄視されていたが、結局彼は逮捕された。被害を受けた者の中には政界に顔が利く者が少なからずいる。彼はたちまち有罪となり、終身刑を言い渡された。地下牢に閉じ込められ、このままそこで余生を暮らすとしても、彼は仕方がないと考えた。義賊とは言え、犯罪には変わりない。
ある日、彼は唐突に牢から出された。仮釈放でもされるのかと考えたが、連れていかれたのは処刑台だった。黒い頭巾を被せられ、首に縄をかけられる。終身刑のはずの自分がなぜ処刑されるのか。彼が何を聞いてもまともな答えは返ってこない。最期の瞬間までの間に彼が覚えているのは、見物客が自分を罵った『殺人鬼』という言葉だけだ。
「俺はなぜ処刑された。俺は人を殺してなんかいないんだ」
彼は相変わらずソプラノボイスで喚いているが、ただの悪霊ではなさそうだ。
「アラネス、何か知ってる?」
『百年前というと、誰を召喚していた頃だったでしょうか』
「わたしが知るわけないでしょ」
アラネスに聞いたのが間違いだった。
「今から百年前、連続殺人事件が起こっていますね。殺人鬼が、政治家ばかりを狙って十一人を殺害したとか」
「リーネ、よく知ってるね」
「歴史の教科書にも載っている、有名な事件です。殺人鬼は黒頭巾を被って、悪魔のような姿をしていることから、『ミラクレムの悪魔』と呼ばれたとか」
無反応なところをみると、母親の方は知らないようだが。
「その事件の犯人はどうなったの?」
「捕まって処刑されたはずです」
わたしとリーネは小人に視線を向けた。
「冗談じゃない、俺は殺人なんかやってない!」
「多分、身代わりにされたんだね。でもなんでそんなことしたんだろ」
「この百年で、ミラクレムの政治方針が大きく変わっています。国家ぐるみの陰謀、あるいは政治家同士の衝突。いずれにせよ、個人単位の話ではなさそうですね」
同意を求められても、正直困る。娘みたいに扱っているが、リーネが二百年以上生きてることを、こういう時に改めて思い出す。
「俺は、国に殺されたのか」
「あなたが盗みを働いたことにも原因があります。義賊などと名乗っても、所詮は盗賊です。犯罪に手を染めてしまったら、誰もあなたの意見に耳を貸さなくなってしまいます」
リーネさん、やめてあげて。
「……ぐうの音も出ねえぜ、お嬢ちゃん」
ついでに、渋い声も出てないよ、義賊さん。
「百年前の件であれば、我も知っているかもしれません」
マイが口を開いた。
「我の中の巨獣の記憶に、百年前のミラクレムのものがあるんです」
「巨獣ってカタツムリのことよね。ミラクレムにいたのなら、どうやって海を渡ったの? 海水で溶けちゃいそうだけど」
「手に余った術師たちによって、転送されたのです」
別の大陸に押し付けたわけか。ひどいな。
「そのときの術師たちが、黒頭巾を被っていたようなのですが」
わたしはリーネと顔を見合わせた。
「その術師たちが真犯人だと?」
「それはわかりませんが、仲間である可能性はあるかと」
胸くそ悪くなる。どの世界にも悪い奴らはいるものだな。
「悔しいね、絶対そいつ等が犯人じゃん」
「恐らく生きてはいないでしょうが」
「まあ、百年前だしね」
と、ちらりとリーネを見る。
「いえ、そうではなくて。転送される寸前、巨獣は相手の術師たちを焼き払ったのです」
推理を組み立てると、こうなる。邪魔な政治家を殺害した何かしらの勢力が、トレードマークの頭巾と罪を義賊さんに被せて、処刑した。
その勢力はどういういきさつか、カタツムリの巨獣と交戦し、他の大陸へ追い出すことに成功はしたが、同時に返り討ちにあってしまった。
『巨獣の生まれるところに悪意あり、です。五十三号の強力さと、黒頭巾の団体は関係あるのかもしれません』
その連中がいなければ、マイもいないわけか。わたしはマイの顔を見て、複雑な心境になった。
「その話、本当かよ。つまり、アンタは俺の仇を討ってくれた恩人ってことか」
義賊さんは、自分を握りしめているマイの方を向くために、窮屈そうに首を回していた。
「俺は恩は絶対に返す男だ。一生かけて返させてもらうぜ」
これ、あんた死んでるだろうと突っ込んだら負けだろうか。
「そもそも巨獣とマイは別物だからね。主として、そこはハッキリさせておきます」
「アンタ、マイさんというんだな。一生ついていくぜ」
本当にマイに憑くつもりじゃあるまいな。
「悪いけど、とっとと成仏してくれない? わたしたちは正義の保安官なんで、盗賊の方はお断りさせてもらいたいんですけど」
「姐さん、堅いこと言うなよ」
この義賊、急に馴れなれしくなったな。
「誰が姐さんだ。堅いも柔らかいもないんだよ。リーネ、お願い」
「待て、待てって! もう一つ、どうしても知りたいことがあるんだよ」
義賊は慌てて手を振り回した。
「……手短にお願いできます?」
「こんな俺でも息子がいたんだ。あいつがどうなったかを知りたい。それを確認してからじゃねえと、死んでも死にきれねえよ」
「百年前の話なら、先に成仏してるに決まってるでしょ。ほら、とっとと後を追って」
「いやいやいや、成仏したら息子に会える保証があんのかよ」
そんなもの、ある訳がなかろう。わたしが困っていると、リーネが口を開いた。
「あなたと、息子さんのお名前を教えて頂けますか」
「俺はテリオ、息子はドルクだ」
「あなたの境遇に免じて、一度だけ力を貸します。今から息子さんの魂を召喚しますが、恐らくほとんど時間はありませんので、そのおつもりで」
リーネはそう言うと、手を合わせて呪文を唱え始めた。
『眠れる魂に問う。汝、テリオの息子、ドルクよ。現し世に遺す言の葉は有るか』
一瞬、冷たい空気が頬を撫でた。目の前にぼんやりと青い光が現れ、ふわふわと浮かんだ。
「さあ、お聞きになりたいことがあれば、問いかけて下さい」
リーネは手を合わせたまま、そう言った。リーネは死者の魂まで呼べるのかと感心したが、その表情はかなり辛そうだった。負担の大きい術法のようだ。
「……お前、本当にドルクなのか」
テリオさんが呼びかけると、魂の光が微かに揺らいだ。
『オヤジ……?』
頭の中に響くような声がした。アラネスの声に聞こえ方は近い。
「ドルクよ、俺が殺人鬼にされてしまって、辛くなかったか。ひどい目に合わなかったか」
『シンパイナイ。スグニ、クニカラニゲテ、カゾクモモッタ』
「本当か! お前も父親になったか。そりゃ良かった。孫は何人だ。男か女か」
『ムスコト、ムスメガ、ヒトリズツ』
「そうか、良かったなあ」
「すみません、もう……時間、です」
リーネの表情が歪む。倒れ込みそうになったので、わたしはとっさにその体を支えた。リーネは気を失ってしまったようだ。
『……オヤジ、オレタチカゾクハ、シンジテイタ。ダカラ、アンシン……』
そこで、魂の光は静かに消えていった。テリオさんは、息子さんの魂が浮かんでいた場所をずっと見つめていたが、頷きながら、天を仰いだ。
「……思い残すことはない。世話になった」
「いくの?」
わたしが聞くと、テリオさんは少し微笑んだようだった。
「向こうに逝ったら、俺も迎えてもらえるかな」
「大丈夫でしょ」
「……お嬢ちゃんによろしくな」
それだけ言い残すと、彼の気配もまた消えていった。




