15 地下からの声
その生徒は、地下に住むという怪物の話をした。ミラクレムの地下には広大な地下通路がある。かつて囚人や怪物の類を閉じ込めていた場所だ。
現在では使われていないはずの地下通路から、夜な夜な唸り声のようなものが聞こえるのだという。それは、はるか昔から閉じ込められたままの怪物に違いないと。
学院で依頼されたとはいえ、何が悲しくて地下ダンジョンを探索せねばならんのだ。
「胸が高鳴りますね、主」
念の為に呼び戻したマイが、先頭を歩きながらはしゃいでいる。そもそも魔導環に反応がない時点で、わたしの担当外の案件のような。わたし、便利屋と思われてるかも。
「この世界、巨獣以外にも怪物みたいなのがいるの?」
「書物によれば、かつては人を襲う獰猛な生き物が生息していたようです。そのほとんどが絶滅しているはずですが、生き残りがいないという保証はありません」
リーネが立て板に水の如く説明してくれた。
「マジか。まだ巨獣のほうがマシなんだけど」
報酬は出るし、倒したら消えてくれるし。わたし、返り血とか浴びたくないぞ。
「主、どちらに進みますか」
前方の通路が二手に分かれている。魔導環の表示によると、どちらに進んでも同じような構造で、幾つか部屋があるようだ。
マイは耳を澄ましていたが、右手の方を指さした。
「あちらから微かですが、物音がします」
「えー、やっぱりなんかいるんだ」
わたしはもう、帰る気満々だったのたが。
「参りましょう」
マイは頼もしいまでにやる気に満ちている。一方で、主のわたしはやりたくない。上司としてよろしくないのはわかっているが、嫌なものは嫌です。
仕方なく進んでいくと、さび付いた鉄格子が並んだ回廊に出た。
「昔、監獄だったんでしょ。囚人の霊とか出ないよね」
屍とか転がってないだろうなと、わたしは内心ビビッていた。
「呼んでみましょうか?」
リーネが澄ました顔で、とんでもないことを言い出す。
「いやいやいや、やめて。ていうか、そんなことできるの」
「召喚術師ですから」
召喚とは。やっぱりこの人たち、概念的には霊媒師なんじゃないか。
『確かに、囚人たちの魂が悪さをしている可能性は否定できませんね』
アラネスまで不穏なことを言い出した。
「その場合は全面的に、あなた方にお任せしますよ」
賢者さんのノートにも除霊の方法は載ってないだろうな。
回廊の突き当りに重々しい鉄の扉があった。さび付いてはいたが、鍵は掛かっておらず、マイが力づくで押し開けた。少し広めの部屋らしいが、懐中電灯の明かりだけでは遠くまで見えない。確か、辺りを照らす術法があったはず。わたしは賢者さんのノートから『照明の術法』の記述を見つけて、呪文を読み上げた。
『光よ、我が元に集まり、道を照らせ』
以下、賢者さんによる、術法のイメージの記述。
『まず、固定観念を捨てましょう。大きなミラーボールを想像してみてください。そこに照明を当てれば、たちまち辺りはキラキラと輝き出すでしょう』
確かに、多少明るくなったものの、光源がミラーボールなので、周りを視認したい場合には絶望的に不向きだ。霊も踊りだすぞ、これ。
「わあ、とても華やかになりましたね」
「リーネ、それは素で言っているのかい。気を遣っているのかい」
『賢者様はもちろん凄い方なんですが、感性が独特なんですよね』
アラネスにフォローされるとは、賢者さん、相当だな。術法をやり直そうかと考えていると、唐突にマイが部屋の中に飛び込んだ。
「何者だ!」
マイは叫びながら何かと格闘しているようだ。
「え、やだ、何かいるの」
ミラーボールの光では良く分からないが、マイは何かを捕まえたようだ。
「主、捕らえました!」
マイが嬉しそうにこちらに戻ってくる。わたしは、飼い猫が捕まえた獲物を誇らしげに見せにくるのを思い出していた。
「……トカゲ?」
大きさ的に、ぱっと見た感じではそう思ったが、よく見ると人の形をしていた。見た目は少年のように見える。その小人はマイに胴体を握られたまま、手をバタバタさせていた。
「離せよっ」
やたら甲高い声で小人が悪態をつく。
「この世界、小人がいるの」
「いえ、これは術法で小さくなっているだけですね。魂は普通の人間です」
リーネが小人を観察してから、冷静に分析した。
「普通ってなんだっ。これでも名の通った術師なんだからな」
小人があまりに高い声で喚くので、耳がキンキンする。
「あなた、こんなところで何してるの?」
「それは……秘密だ」
「最近、この地下でうなり声のようなものを聞いた人がいてね。犯人はキミってことでいいかな?」
「いいわけないだろっ。それは僕じゃなくて、霊獣の声だ」
小人はキンキン声で不穏な単語を口にした。
「そうか、霊獣ならば魔導環にも反応がないわけですね」
リーネがひとり納得しているので、わたしはその肩をつついた。
「リーネさん、霊獣って?」
「生前の強い感情を残したまま現世に留まっている霊体です。実体はないのですが、不気味な音や光を出します」
それって思いきり、悪霊じゃん。
「全部任せるよ。わたし、帰っていいかな」
『戦士様、娘を置いて行かれるのですか』
「……冗談ですよ」
アラネスにやり込められるのはなんか悔しい。
「相手が霊獣であれば、わたしの出番ですね」
リーネは伊達眼鏡の端っこをくいっと上げると、目を閉じた。
『さまよう魂よ、我が声を聞け。我は器を与える者。導きに従い、その意志を示せ』
一瞬だけ、空気がひんやりしたような気がしたが、特に周りに変化は見られない。
「……何も起きないじゃん。霊なんていなかったんだよ」
と、フラグめいた発言をしてみたが、霊力で何かいるのは既に察知していた。リーネは小人の中に霊獣を呼び出したようだ。
「俺を呼んだのは貴様たちか」
小人の中の何かが声をあげた。字面だけだと恐ろしい感じだが、声が甲高いせいで全く怖くなかった。むしろ、ヘリウムガスを吸ったおじさんみたいで、ちょっと間抜けだ。
「夜な夜なうめき声をあげているっていうのは、あなた?」
「なんだ、貴様は(ソプラノボイス)」
「わたしは戦士兼保安官のヒカルです。苦情が出てるので、静かにしてもらえない?」
「ククク、小娘が生意気な(ソプラノボイス)」
なんだか、痛々しくなってきた。声って結構大事だな。
「言うことを聞けないというのなら、強制的に排除するけど。リーネお願い」
「では、霊体を分解します」
「や、やめろ!(ソプラノ以下略)」
悪霊は慌てて叫んだ。
「わかった、大人しくする。だから分解は待ってくれ」
「とりあえず話を聞きましょう。あなたは誰なの」
「……俺は、かつてここに収監されていた者だ」
悪霊は、自分語りを始めた。




