12 術法都市ミラクレム
ミラクレムに到着するまでの間に、巨獣の気配はない。わたしには、そういうことがわかる力が備わったらしい。ちょっとした超能力者気分だ。
ミラクレムまでは三日かかるらしいので、のんびりと過ごすことにする。考えてみると、わたしも外国への船旅なんて初めてだった。まさか異世界に来て、こんな体験をするとは思わなかった。
船内で過ごすために、わたしたちは広めの船室をとった。ベッドは二つだが、マイはそもそも眠らないので問題ない。
着替えや必要なものは、もろもろ自作することにする。わたしがアラネスの術法で作ったピンクのパジャマをあてがうと、リーネは目を白黒させた。
「変わった柄ですね」
「わたしが昔着ていたやつだからね」
「戦士様の世界の服なのですね」
リーネは失礼しますと断ってから、嬉しそうにパジャマに着替えた。実際にわたしが着ていたのは子供の頃だというのは秘密だ。
「リーネは船旅は初めて?」
「そうです。大陸を出たこともありませんから」
「アラネスと出掛けたりしなかったの?」
「長の娘として、依頼主のところへ何度かお共をしたぐらいですね」
リーネはそれが普通だという感じで話した。召喚術師の習慣なのかも知れないが、長い間生きているのに、少し寂しい。
『それは寂しいことなのですか? リーネとは離れていても魂は共にありますから』
アラネスはそう言うが、やっぱり独特の感性だ。
術法都市ミラクレム。甲板から、遠くに見える外観を見たわたしは、思わず声を上げた。ファンタジーものに出てくるような、真っ白なお城がそびえ立っていて、その周りに城下町が形成されているようだ。召喚術師の街がヨーロッパなら、ここは御伽話の世界といったところか。いずれにせよ、ここもテーマパークっぽい。
船着場から出ると、お洒落な石畳の遊歩道が真っ直ぐに伸びていた。
『この道を行くと、役所があります。保安委員会の事務局はその中ですね』
「賢者さんのゆかりの物って、そこにあるの?」
『いえ、お仕事されるならご存知の方がよいかと』
「わたしは今日は観光なんで」
召喚術師の街と違い、通りには多くの人が歩いている。その中に、同じような服を着た人が混じっているのに気づいた。薄い水色のローブと、少し太めの銀色のベルト。色合いが割と派手目なので、よく目立つ。
『あれは、ミラクレム術法学院の制服ですね』
やっぱりそうか。通りかかった人を見る限り、若い人が多いようだ。
「アラネス、その学校って見学は大丈夫なの?」
『国立図書館も併設されていますので、どなたでも入れますよ』
魔導環で学校の位置を確認する。今いる場所から、役所を挟んだちょうど反対側にあるようだ。
「マイはどうする?」
マイがさっきからずっと船を恋しそうに見ているので、背後から声をかける。
「もちろんお供します。我は主の守護が仕事ですので」
「しばらく自由にしてていいよ。何かあったら呼ぶから」
「……お言葉に甘えてもよろしいですか」
マイは頭を下げると、船の資料館に喜び勇んで入っていった。マイには船乗りの記憶でも混ざっているのだろうか。
フェルを肩に乗せて、リーネと学校を目指して歩く。上品な街並みに、セレブな恰好をした人々。アラネスが気品のある姿なので、外見上ではうまく溶け込めているが、中身のわたし的にはちょっと落ち着かない。普通に暮らす街としては洗練されすぎていて、田舎育ちのわたしの肌に合わないのだ。そんなことを考えているうちに、前方にドーム型の大きな建物が見えてきた。大きな時計塔が隣に立っているのが分かるが、その文字盤の針の形までもがなんだか洒落ている。
『あれが、ミラクレムの役所です。立ち寄られますか?』
「キミはどうしてもわたしに仕事をさせたいようだね」
『世界の保安委員会事務局を全てまわると、記念品がもらえるんですよ』
「何、そのスタンプラリー的なシステム」
もらえるものはチラシでも何でももらうのが、我が家の家訓である。よって、スタンプももらうことにする。
役所入口の案内板に従って、二階の事務局に向かう。事務局の中は、ナクリアのものと比べ物にならないほど広く、剣を腰に佩いた男たちが受付に長い列を作っていた。
「あの列、全部保安官だよね。さすがに都会だね」
『いえ、エンブレムを着けていらっしゃらないので、印をもらわれているんじゃないですかね』
列の先頭の男をよく見ると、手帳のようなものにスタンプを押してもらっていた。御朱印帳かよ。
「わたしもあれに並ぶの?」
『三ツ星の保安官は、事務局に入った瞬間に自動的に印が付いているはずですよ』
魔導環に『ようこそミラクレムへ』の文字が表示されていた。三ツ星はやたら優遇されているな。ついでに、『報酬未精算』のマークも出ている。ここに来るまでに倒した巨戦の報酬のことのようだ。もらえるものはもらわなければならない。わたしは結局列に並ぶことにした。
『保安委員会の事務局なのに、エンブレムを着けてる人、他にいなさそうだね』
『保安官としてまともに活動できているのは、全世界でも百人いるかどうかといったところですから』
『そんなに少ないんだ』
『何しろ、今は巨獣を相手にしないといけませんので。よほど武術か術法に長けていないと、務まらないのです』
異世界の住人のわたしが呼び出されるぐらいだから、当然と言えば当然か。
「巨獣百九十号と、未登録の巨獣の討伐を確認しました。報酬は十二万七千ルルになります」
おそらくイカの巨獣と、未登録の方はサボテンのことだろう。
「報酬の受け取り登録が現金になっていますね。仮想通貨にされた方が便利ですよ」
「なんです、それ?」
「魔導環に現金の情報を登録すれば、いつでも支払にお使いになれます。現金化も、事務局で受け付けておりますので」
要は電子マネーみたいなものらしい。この世界が文明が進んでいるのか、そうでないのかわからなくなる。
「じゃあ、それでお願いします。手持ちの現金も替えて貰えます?」
何気に大金を持ち歩いていたので、少しだけ残して魔導環に登録してもらった。
「辺境の事務局の場合、対応していない場合がありますので、ご了承ください」
そういえば、ナクリアのお姉さん(仮)から説明を受けなかったことを思い出す。田舎だとは思っていたが、ナクリア村は辺境扱いらしい。
「あの、ヒカル様」
外に出ようとしていると、受付のお姉さんに呼び止められた。
「はい?」
「失礼ですが、賢者リカ様のご親類の方ですか?」
急に賢者さんの名前が出てきて不意を突かれる。
「違いましたか? とてもよく似てらっしゃるので」
「ああ、似てて当然ですよ。体は同じですから」
わたしは同じ術師に召喚されていることを説明した。受付のお姉さんは驚いた様子で、わたしの全身を舐め回すように観察した。
「よかったら握手して頂けませんか」
なんだかテンションがこのあいだのリーネに似ている。
「いいですけど、わたしと握手しても中身は別人ですよ」
「体が同じなら、賢者様と握手したも同然です」
正しいような、そうでないような感じだが、わたしはとりあえず手を差し出した。
「ああ、感激です! もう手を洗いませんから」
その手のフレーズはよく聞くが、洗ったほうがいい。
「そうだ、賢者様にお会いできたらお渡ししようと思っていた物があるんです」
そう言って、お姉さんは奥の方に引っ込んでしまった。本人じゃないって説明したよね、わたし。
「お待たせしました」
しばらく待たされた後、お姉さんは小さな箱を持って現れた。割と豪華な装飾が施されている。もしかして、賢者さんゆかりの物だろうか。




