11 船旅
「あのっ、戦士様はリカ様とはどういうご関係なんですか?」
リーネは鼻息を荒くしながら、わたしに迫った。
「どういう関係もなにも、会ったこともないからね」
「同じ世界から来られたと推察しますが」
「そうらしいけど、『ジンギスカン好きのリカさん』なんて、わたしの世界には何千人もいるんじゃないかな」
「……そうですか」
わたしが答えると、リーネは明らかに落ち込んでいる。
「賢者さんに何か用でもあるの?」
「そういう訳ではないんですが……」
リーネは妙に歯切れが悪い。
『この子、賢者様にずっと憧れていたんです。賢者様は人と話すのを好まない方だったので、結局話せず仕舞いになってしまって』
リーネが召喚術師の街に閉じこもっていたのなら、無理はないのかも知れないが、二十五年もあって、一度ぐらい機会はなかったのか。
「わたしも賢者さんにちょっと興味あるよ。違う意味で」
『ミラクレムにいらっしゃれば、何かゆかりの品などがあるかも知れませんね』
「それ、賢者さんが勉強したっていう?」
『そうです。世界唯一の術法の専門学校がある都市です』
術法の学校という響きだけ聞けば、ちょっと面白そうではある。
「ミラクレムね。行ってみてもいいけど」
わたしが言うと、リーネの表情がぱっと明るくなる。ちょっとかわいい。
『ミラクレムは世界でも巨獣の出現率が高い所です。仕事には事欠きませんよ』
「……やめとくか」
「そんなぁ」
リーネをいじめるつもりはなかったのだが、泣きそうな顔で袖を掴まれてキュンとしてしまった。
魔導環によると、術法都市ミラクレムは、現在地点から西の海を渡った先の大陸にあるらしい。この世界には空を飛ぶ乗り物は無く、航路を行くしかないようだ。
フェルに乗って西の船着場を目指す。急ぐ必要はないので、リーネを前に乗せて、のんびりと向かうことにする。リーネはこういう体験も初めてらしく、珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。なんだか、本当の自分の娘と旅をしているような気分になる。こういうの、悪くないかも。
「主、船がお好きなんですか?」
徒歩でついてきているマイがわたしを見上げて聞いてきた。
「ん? なんで?」
「口元が綻んでいらっしゃいますので」
しまった、顔に出ていたか。
「うん、嫌いじゃないかな」
わたしは誤魔化しながらマイから視線を逸らす。
「我もです。あの巨大な船に乗って大海を渡るのかと思うと、もう居ても立っても居られない心地というか」
マイはどうやら、かわいい動物以外に船も好きらしい。少年と少女が同居したような性格だな。
「長い船旅になります。道中、海にまつわる様々な伝承を語って差し上げましょう」
「ああ、そう?」
マイの熱い眼差しを視線の端に感じる。なんだか面倒くさい旅になりそうな予感がする。
三十分ほどフェルに揺られているうちに、船着場に着く。ひとまずフェルをリーネに術法で小さくしてもらう。
ミラクレム行きは一日に三便出ているようだ。運良く、あと二十分後に次の便が出発する。運賃表によると、大人八千六百ルル、子供は半額らしい。リーネは本来は大人料金なんだろうが、体型が子供の場合は、子供と言い張ってもいいのだろうか。
「三ツ星の保安官の方は、お連れの方も含めて無料でご利用になれます」
わたしは受付のお姉さんのにこやかな笑顔から視線を逸した。すみません。危うく、ヒカリの戦士として道を踏み外すところでした。
船内は思ったより広く、甲板に出ると流石に爽快な気分になった。リーネが船の手すりに捕まって海を見ようとしているが、背が足らなくて見えないらしく、ピョンピョンと跳びはねている。わたしはリーネを肩車してあげた。
「そんな、勿体ないです」
「遠慮しなくていいんだよ。体はお母さんなんだし、力は有り余ってるしね」
人間は大自然に触れると気持ちが動くものなのだ。リーネにもこういう景色を沢山見せてあげたい。
リーネと海を眺めているうちに、汽笛を鳴らして、船が動き出した。
「実に美しく、そして猛々しい。正に浪漫ですね」
マイがよくわからないテンションで、舳先に仁王立ちした。
「海に落ちないでよ。わたし泳げないから、助けられないよ」
「心配無用です。我に限って、そのような失態は犯しません」
「油断して、クラーケン的な怪物が出てきても知らないよ」
と、言ってから後悔した。余計なことを言うと、本当に余計なものを呼び寄せるような気がしたからだ。それが幻魔石から得た霊的な力、いわゆる第六感による予知なのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
けたたましい警笛が鳴り響き、船が海のど真ん中で停泊した。魔導環が、前方約二百メートル付近に巨獣の反応を示した。
「マイ、何か見える?」
「水面を真っ直ぐ、こちらに向かって泳いでくる影があります」
数秒後、激しい水柱をあげて、何かが甲板に乗り上げた。
「うわ、きっしょ」
巨大なクラーケンならぬ、イカの巨獣だ。足をマストに絡ませ、今にも船に乗り込んで来そうだ。巨体の体重によって船体が前方に傾く。このままでは船が転覆しかねない。
マイがマストに絡む足を目掛けて手刀を繰り出すが、弾力に弾かれてしまう。
「力で押すのは難しいようです」
「なら、焼きイカにでもするか」
わたしが術法を構えようとすると、リーネが前に出た。
「ここはわたしが」
「ちょっと、リーネ」
止めようとするわたしを制して、リーネは巨大イカに向けて人差し指を突き立てた。
『彼の者、真なる姿は小さき者。現し世に顕せるは真実のみ』
リーネが呪文を唱えると、イカの体がどんどん縮み、マストにつながる足の方へ体が巻き取られる形になった。豆粒程の大きさになったところで、甲板の上に転がる。イカはしばらくバタバタしていたが、小さな炎を上げて消えてしまった。
「リーネ、すごいじゃん」
「大したことはありません。縮小の術法を応用しただけですから」
リーネは口ではそう言っているが、顔は真っ赤になっていた。
「なんだかお腹すいたよ。ご飯にしよう」
丁度昼時だったので、わたしたちは船内の食堂に向かうことにした。三ツ星保安官の特権で六割引きだったが、マイから海に出没する怪物の話を延々と聞かされて、正直うるさかった。




