第7幕 聖女と魔物の王子の約束
「うぅ、えぇっ」
またお庭で泣いている。私のせいだ。私がエンバルト殿下と出会ってしまったから。
私は急いで姉の元へと駆けた。
するとそこには見たこともない少年が姉の目の前にいて、愛おしそうに優しく姉の髪を撫でていたのだ。
私は彼が誰なのかを知っていた。
いいえ。エンバルトもエンバルトの幼馴染みの近衛騎士団長の次男・アレクセイも、これから出会う筆頭魔法士長の長男・トーリも。15歳で学園へ入ったら帝国から留学に来る褐色野性的皇子・ネイサンも。
私は彼らと恋のゲームをすることになる。
そしてそのライバルとして立ちはだかるのは、姉の、シャーロット。
しかし姉はゲームの中の強気で嫉妬深い性格ではなく、傷つきやすく、脆くて、酷く泣き虫だった。それは歳を重ねるほどに心の奥にしまい込んでいったけれど。
彼女の傍にはいつもあの男がいた。男の名前は“ザカライアス”。魔物の国の、―――当時はまだ、王子だった。彼が何故、この国にいる?それも何故、小さな頃から姉の傍に?
学園に入学する直前、14歳になった私は偶然、姉と会っていたところを見かけ、姉と別れたザカライアスをつけた。まさかまだ、あの男はお姉さまのところへ訪れていたのか。
そしてそれに気が付いていたかのようにザカライアスが私を振り返り、姉に向ける目とは対照的な冷たい目を向けてきた。
「何が目的だ」
「あなたは、何のためにお姉さまに近づいたの?」
「お前には関係ない」
「これ以上お姉さまに近づくなら、約束してほしい」
「何をだ」
「あなたは生涯を誓って、お姉さまを愛する覚悟はある?」
「は?」
「ないのなら、もう近づかないで。お姉さまが傷つくだけだから」
「―――っ」
そう告げるとザカライアスはむっとした表情を向けてくる。
「彼女は私が妃に迎える娘だ」
「なら、誓えるの?」
「誓おう」
「それなら私の予言を聞いてほしい」
「予言?」
「聖女の予言」
「聖女にそんな力があったとは聞いたことがないな」
まぁ、確かにハッタリだ。その予言の正体とは、私の前世の記憶だから。8歳の時急に思い出したその記憶の中には、私がヒロインとなり恋愛ゲームを繰り広げる乙女ゲームがあったのだ。
「いいから、聞いて。私が学園に入ったら、4人の貴公子と恋愛ゲームをさせられる。そしてその前に立ちはだかるライバルはお姉さま」
「ほう、それで?」
「ぶっちゃけ言って、私はその4人の誰にも興味はないわ。ひとりだけ、ネイサンにはまだ会っていないけれど。
エンバルトは幼い頃お姉さまの婚約者に決まったけれど、私を見た途端お姉さまのいないところで私に言い寄るようになった。
アレクセイはエンバルトの側近として付いて来て私を見た途端、目の色を変えてしつこくアプローチして来た。
トーリは魔法研究のため、ウチの公爵家を度々訪れてお姉さまと共に研究をしていたけれど、私を見た途端お姉さまそっちのけで私を研究と偽ってお姉さまの前でべったりと這いついて来た。
多分、ネイサンも同じよ。私には恐らく、“ヒロイン”としての強制力がある。誰もが、私に恋をする」
「ははっ、何だそれは。そんなにお前はお高くとまっているのか?」
「まさか!でも私はお姉さまがゲームの中の悪役令嬢とは全く違うことを知った。多分、あなたがお姉さまの前に現れたから。だからお姉さまは劣等感に支配されて、悪役になることはなかったの。ねぇ、何でお姉さまに近づいたの?」
「―――人間の国へ偵察に来て、俺としたことがうっかり聖域の結界に触れて、怪我して落ちたところをシャーリィがヒーリング魔法で傷を癒してくれた。それ以来偵察の度にちょくちょく会っていた」
「お姉さまのこと、愛称で呼ぶのね」
「悪いか?シャーリィが望んだことだ」
「いいえ、最初はみんなお姉さまのことを愛称で呼んだけど、次第に“シャーロット”と呼ぶようになったわ。私と出会ってからね」
「どうでもいい。シャーリィの愛称を呼ぶのはむしろ俺だけでもいい」
「その心、本当に変わらない?」
「どう言う意味だ」
「あのね。あなた、隠しキャラなのよ。予言では私と恋に落ちるキャラになっている」
「はぁ?」
その言葉はザカライアスをひどく不機嫌にしたようだ。
「あなたはゲームがスタートしても、私と一緒にいても、お姉さまを一途に愛し続けることができるのなら。私はあなたとお姉さまが夫婦になるのを許すわ」
「―――何故、お前の許しをえなくてはいけない」
「私、聖女なのよ?あなたならわかるでしょ?聖女は魔物の王さえも滅ぼす危険がある」
「俺はそんなモノには負けない」
「そうね。だから聖女は魔物の王を倒せないの。ゲームでもそうだった。だからそれを成すためには4人の攻略対象のいずれかと力を合わせるか、あとはあなたと恋に落ちて争いを終わらせるしかない。でも私、あの4人は選ばないわ。ゲームの強制力で私に言い寄ってくるようなひと、嫌だもの。それにそれが原因でお姉さまは今までたくさん泣いてきた。あなたの前で、泣いていた」
「私の妻になれば泣かせない」
「じゃぁ、証明して。お姉さまの運命を変えたあなただもの。だからその心が偽りじゃないと、証明して」
「―――偽り、だと?」
「私をお姉さまと一緒に魔物の国へ連れて行って」
「連れて行って、どうする?」
「私が審査するの」
「お前が?」
「あと、お婿さんを見つけるの」
「はぁ?」
「ゲームでは顔の見えない推しだったけど攻略キャラじゃなかったあのひとと恋をしてみたいの。シナリオ通りじゃない恋をしたい。私が本当に好きなひとと結婚すれば、お姉さまは喜ぶわ。そしてそのひとがお姉さまを傷つけないのなら、お姉さまはもっと喜ぶ。だから私に審査させて」
「バカバカしい」
「自信がないの?」
「はぁっ!?」
「お姉さまのこと、いろいろ教えてあげるわよ?思い出とか好きなものとか。私、予言に気が付いてからお姉さま日記を毎日つけているの。それを嫁入り道具として持っていくわ。どう?」
「―――っ」
「ほしくないの?」
「―――わかった」
ここに、聖女と後の魔物の王の取引が成立したのだった。




