第2幕 魔物の国からのお出迎えが来ました
―――翌朝。
もらった本や資料は、魔物の国へ持って行っていいそうだ。
他には今、着ているドレス以外は持ち出しを許されなかった。妹が嫡男である兄と両親に告げ口したため、何も持ち出すことができなかったのだ。
唯一の救いは魔物の国へと一緒に同行してくれる侍女をひとり連れて行けたことだろう。
「私に付き合わせてごめんなさいね、アン」
「いいえ、お嬢さまについて行けることは、光栄ですわ」
短く切りそろえた朱色の髪にメガネをかけたかわいらしい侍女のアンがにこりと微笑んだ。
―――
私は迎えの馬車を、侍女のアンと王太子殿下と並んでお待ちしていた。その時思っても見なかった珍客が迷い込んだのだ。
「さぁ!シャーロット!無様なお前の生贄の儀を見に来てやったぞ!」
「はっはっは!お前なんていなくなってくれて清々するぞ!」
わぁ、第2王子殿下に私の兄・ヴェインが私を嘲笑いに来ていた。因みに兄は私たち姉妹とは違い、父さま似で金髪にブラウンの瞳をした美青年である。
あぁ、あとはえぇと?近衛騎士団長の次男でしょー?筆頭魔法士長の長男でしょー?あとー、今隣の帝国から留学に来ている褐色野性的皇子~。
「―――第2王子殿下。この度、第2王子殿下の婚約者になったアリアンヌはご一緒ではないのですか?」
「ふっ!心優しいアリーは今まで虐められてきた姉が恐ろしい魔物の国へ行ってしまうことを気に病んでな。今まで虐められてきたというのに、なんて心のキレイな子なんだ!」
はぁ、昨日さんざんなじられましたが。
「もうお前のような悪女には、私のかわいい妹を会わせられないよ!」
そうっすかお兄さま。私はかわいくない妹っすか。むぅ~っ!
「だからせめて兄であるこのぼくがお前の“最期”を見送りにきてやったんだ!あ~っはっはっはっはっ!!」
公爵令息とは思えぬ下品な笑い方ですこと。因みにウチに男児はひとりなので次期公爵はお兄さまである。
そして、王城にとても見事な装飾の馬車が止まった。
生贄の私に、随分とすごい送迎ね。―――生贄にする前にた~んと甘やかして太らせる気なのかしら?
馬車を降りてきた青年を見つめる。ほう、キレイな顔のひと。黒いさらさらの髪に切れ長の赤い瞳。雪のように白い肌に端正な顔だち。頭に生えた2本の歪んだ角。
「シャーロット嬢、迎えに来た」
「―――はい」
彼が差し出した手が、とてもとても優しいままで、嬉しかった。
「シャーロット嬢、こちらが魔物の国の国王陛下だ」
国王、か。やっぱり魔物の国の国王陛下は、“魔人”なのね。
「わざわざ国王陛下が何故私なんかを?」
自嘲気味に彼を見上げる。
「君は私の妻となるのだから。夫が妻を迎えに来るのは当然のことだろう?」
妻?魔物には生贄を“妻”と呼ぶ風習でもあるのかしら?
「何だ。私を見て恐くなったか?」
「いえ、別に大丈夫ですわ」
そのまま彼にエスコートされて馬車乗り込む。そして侍女のはひとつの大きなトランクを持って一緒に馬車に乗って来た。
ちらっと第2王子殿下の方を見ると見事に瞠目していた。ま、それはどうでもいいのだけど。
でも、別れ際の兄の顔だけはちょっとだけ寂しさを感じた。
―――
「シャーロット。シャーリィでいい?」
「はい。陛下」
「私たちはこれから夫婦になる。そのように他人行儀に呼ばないでくれないか。どうかザカリィと呼んでくれ」
「はい。ザカリィさま」
その名前を呼ぶのに何故、こんなにも恥ずかしいのだろう?先ほどから胸がどきどきして。あぁ、こんなの夢じゃないかと思ってしまう。
「あと、その、ザカリィさま。質問をよろしいでしょうか」
「どうぞ。なんでも聞いてくれ」
「ではあの、この馬車、空飛んでませんか?」
明らかに地面についてる感のないこの浮遊感!何より馬車特有のガタガタ感も馬の蹄音もない!
私、割とあれ好きなのに!あと足音も好きよ!!自分でも変な趣味だとは思っているけど!おかげで足音を聴くだけで誰か、あとどの馬かわかるほどになってしまった!!
―――ふわもふな魔物はどんな足音だろう?やっぱりもふっ、もふっ、だろうか。
「―――飛んでいるが?」
「―――何故、飛んでいるのです?」
「私からすれば飛ばない馬車の方が珍しい。但し、王太子から人間の王国のものは見ると驚くからと、ひと目のつかないところで降りて王城の前につけたのだ」
「原理は何なのですか?」
「空を駆ける魔物の馬と、後は空に浮く魔動馬車だな」
「魔物の国と言うからには飛ぶならドラゴンかと思っておりました」
「その方がいいなら、今度からはドラゴンに乗せてあげよう」
「―――冗談でしたのに」
「ぶっ」
何故、吹いた。ザカリィさま。
「いや、やはり君は面白い」
―――?でも、その微笑みは、―――好きだ。
―――
魔物の国につくと私はすぐにとある一室に放り込まれた。
「ここが、今日から君の部屋だよ」
「こんな素敵なお部屋を、ありがとうございます」
広々として、豪華。ベッドなんてキングサイズだ。
「あと、夜は私もここで寝るから」
「え?」
いきなり?いきなり同衾するのか!?確かに王さまがキングサイズのベッドで寝るなら、こんな豪華なキングサイズのベッドでも申し分なかろうが。
「あと私の許可なしに、城の外へは出ないでくれ」
「おトイレは」
「部屋の中にある」
「お風呂と洗面台は?」
「部屋の中にある」
「ふわもふ処は?」
「何だ?それは」
ふ、ふわもふ処がないだと!?
「お嬢さま、あとで私が手配いたします」
さすがはアン。私のことをよくわかっているわね。
「部屋に運び入れる前に、念のため確認させてほしい」
「もちろんでございます。陛下」
アンがお辞儀して答える。
「“旦那さま”でいい。私とシャーリィは結婚したんだ。君はシャーリィの侍女だろう?」
まぁ、それは確かなんだけど。夫婦になるのだろうけど結婚の儀は終了しているのか?事前にもらった資料には無かったな。
もしかして。やはり結婚と言う名の生贄の儀が後日、執り行われるのだろうか?
「承知いたしました。旦那さま」
アンが返事をすると旦那さまが再び私を見た。
「料理はここに運ばせる」
「欲しいものがあれば、―――アンだったね。君が使いをするように。シャーリィは出ちゃダメだよ」
「何故、ですか?」
やはり生贄を逃がさないように、だろうか?
「どうしても」
そんなわんこみたいな目で見つめないでほしい。質問した私がいたたまれなくなってしまう。
「わかりました。極力、アンに言伝を頼みますから」
「それで頼む。次に、アン。君の部屋は隣で。あと城内のことはここの侍女長に任せているから侍女長を紹介しよう」
「お願いいたします、旦那さま」
そうしてアンは一旦私の部屋を後にする。あぁひとりだなんて暇だなぁ。