第7話:ファーストキス
「―――っ俊!」
どうして私は、こうも考えなしなんだろう―――。私は彼を見て叫んだ瞬間、そう思った。私が勤めているのは、兄が経営する会社のN.Y.支社。兄がN.Y.にいるなら、彼も当然、支社に寄る可能性があることを、すっかり失念していた。私が彼の傍にいた頃、これほどまでに冷たくて鋭い刃物ような表情を、見たことがあっただろうか?私は誰よりも彼のことを知っている、そう思っていた。ならば今、初めて目の当たりにしている「彼」は誰?
私は一体、彼の何を知ってたんだろう―――。あの頃の私は、彼のどこを好きになったの?
次々と湧き出てくる疑問が、彼との間に何重もの壁となって立ちはだかる。
五年前のあの日、私が断ち切ったモノは―――何だったの?
『ああ、きみが立花社長の新しい秘書か。噂はかねがね、社長から聞いてるよ。
僕はクラウン=カーティスだ。よろしく』
カーティスは人当たりのいい笑顔を浮かべて、手を差し出した。しかし俊は、手を差し出す素振りも見せず、感情がまるでこもっていない声で名乗った。
『初めまして、ミスター・クラウン。俺は藤谷 俊。悪いが貴方のことは、かなりどうでもいい。よろしくするつもりなんて、毛頭ないしな。彼女に話があるんだ。彼女から手を離してくれないか?』
『嫌だと言ったら?』
私は、二人の様子をはらはらしながら見ていた。俊の物言いもそうだけど、カーティスもおちゃらけた雰囲気が全くない。彼らは互いに一歩も譲らず、殺伐として睨み合っていた。
俊が顎でくいっと私の方を示し、口元を歪ませて言った。
『彼女は、俺に話があるんだ。はじめから、その選択肢は受け付けてないな』
『―――二人とも、もう止めて!』
カーティスはともかく、これ以上俊を刺激するのは危険すぎる。私が彼を振り回すのなら、別に構わない。でも、カーティスは無関係な人間。俊に変な誤解をされて、カーティスを巻き込みたくなかった。これは、私と俊の問題だから―――。
『……ふぅん、何だか意味深だね。でも、今日のところは彼女に免じて引いてあげよう。言っておくけど、僕は本気だよ?』
『だから何だ?俺とコイツの関係すら知らないくせに、でかい口叩くな』
『カーティス!』
私はカーティスを呼んで、きつく嗜めた。するとカーティスは両肩を軽く竦めて、こう言った。
『分かった分かった、沙穂。でも、これだけは覚えておいて。僕は、本気だから―――』
『っ―――』
―――パシンッ―――
次の瞬間、私はカーティスの頬を叩いていた。私は彼に対して、油断し過ぎた。だって、彼はいつもおちゃらけていて、来るもの拒まずのプレーボーイだったから、冷たい態度で接していれば、私のことなんてすぐに飽きると思っていた……。
『!……お前』
『じゃあね』
俊の怒りのゲージが最高に達する前に、彼はその場から、さっさと立ち去ってしまった。唇に残る微かな感触。……俊とだってしたことなかった。なのに、私のファーストキスは、いとも簡単にカーティスに奪われてしまった。何故か、涙は出なかった……。ただ、カーティスのことを、いや―――人のことをこんなにも憎く感じたのは生まれて初めてだった。そして、ファーストキスの相手が俊でなかったことに対して、自分自身に強い憤りを覚えた。心の奥に突き刺さったままのトゲが、奥までずぶりと入り込む。
どうして、俊じゃないの―――何で、カーティスなのよ?!
何だかとても気持ち悪くて、唇に痛みを感じるほど擦り、刹那―――視界が暗転して、私は意識を手放してしまった。




