表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Birthday  作者: 星河七海
6/22

第6話:夢と現実

 いつも、私はある夢を見る。それは、とても心地よい夢―――。

それが夢で終わらなければいいのに、と何度思っただろう。

彼の笑顔、温かい眼差し、不器用な優しさ―――。

まどろむ意識の中で、その全てを感じる夢をいつも見ていた。

だけど、最後に笑顔で「じゃあな」と残酷に笑い、「彼」はどこか遠くへと行ってしまう。

まるで彼の心を表しているかのようで、いつも私は「彼」を追った。

夢であっても現実であっても、構わない。

「彼」から離れたくなかった。


―――待って!俊っ―――


彼へと届くように、私は思いっきり手を伸ばし、叫ぶ―――。でも、その手は空回り、結局彼を捕まえられずに、目が覚める。そして、勢いよく起き上がってみると、頬には冷たい雫が伝っているのだった。


「また……か」

私はベッドの上でそう呟いた。まだ薄暗い光が、カーテン越しに優しく零れている。サイドテーブルの時計を見ると、まだ朝の五時。身体全体がベタついて、何だか気持ち悪い―――。どうやら夢のせいで、変な寝汗を掻いたらしい。乱れる息を整えて、深く溜め息をついた。彼と出会って、付き合い始めてから、いつも見続けている夢だった。夢の内容は、いつも同じ。夢の中ですら、彼と上手くいった試しがない。最後は、夢と現実が同じになってしまう―――。夢の中だけでもいいのに、何故上手くいかないんだろう。私は脳裏をちらつく、俊の顔とホテルのナンバーを頭を激しく振り、思考の外へ追いやった。それから、ベッドから降りて、キッチンにある冷蔵庫を開けた。いっそ清々しいくらい何もない冷蔵庫の中は、生活の匂いが感じない。料理なんて女の子らしいものは、昔から苦手だった。普段の食事も、外食か買ってきた出来合いのもので済ませてしまう。唯一、常に冷蔵庫に入ってるものといったら、ミネラルウォーターやミルクやカロリーメイト、そしてビールだけ。私は、ボトルのミネラルウォーターを取り出して、一気に飲み干した。ポストに挟まっている英字新聞を取ってきて、テーブルにそれを置いた。

「シャワー浴びてくるかな……」

私はぽつりとそう呟いて、バスルームに向かった。

 身体全体に叩きつけられるシャワーのお湯が心地よく、顔全体にもシャワーをかけた。流した涙や夢の内容も、すべて排水溝へと流れていくような気がする。目を瞑って、ふと思う―――。彼への気持ちも流れてくれたら、どんなに楽だろうか。だけど、もはや時は遅すぎた。想いは深く染みついてしまい、自分の涙でも落ちない。この気持ちは、これからも変えられないんだろうな。私は、自嘲気味に薄く笑った。バスルームから出て、キッチンの食器棚からお皿を出すと、テーブルに置いてあるシリアルをそこに出した。並々と注がれたミルクが、スプーンですくう度に揺れる。英字新聞を一通り読み終えて、残ったミルクを豪快に飲んだ。身支度と化粧を急いで済まし、時計を見ると既に八時を過ぎていた。

 私の家は、七番街の通りに面したお洒落なアパートにある。そこから一駅の隣町に私の勤めている会社はあった。電車で二十分程度なので、駅に着くまでの間、本を読むのが私の一日の始まりだった。だが、たまにその時間を妨害される。誰に、なんて言うまでもない。

『おはよう、沙穂。今日も綺麗だね』

そう笑顔で挨拶すると、カーティスはいつものように隣の席に座った。私は嫌々ながらも、横にあったささやかな抵抗の鞄を自分の足元へ移して、席を空けた。何故、毎日コイツのために席を空けなきゃいけないんだろう……。カーティスとは、乗る電車が一緒のため、仕方なく彼の話に付き合わなければならなかった。

心の底から嫌だけど―――。私は心の中だけで舌打ちをして、隣のカーティスを盗み見た。

まだ懲りていないのか、コイツ……。昨日の今日なのに、案外しぶといわね。

私は深く溜め息をついて、カーティスに言った。

『おはよう。昨日、清掃員が掃除していたからじゃないの?』

『つれない君も好きだよ』

ダメだ、コイツには何言っても無駄な気がする。私は、煩わしさを露骨に顔に出した。

「そりゃどーも、今日も読書は無理そうね」

私は敢えて日本語そう呟いて、本を鞄の中にしまった。ペラペラと他愛もないことを喋り始めるカーティス。だが、私は彼の話をまともに聞いてなかった。左耳から右耳へと雑音のように流れていく。今は、俊のことしか考えられなかった。カーティスのことを気遣う余裕なんてなかった。それにやっと気付いたのか、カーティスは心配そうに私の顔を覗き込んできた。気が付くと私は、会社の廊下でカーティスと並んで歩いていた。放心状態のまま、よくここまでこれたなぁ、とほんの少し感心してしまう。私達以外はまだ出勤してないらしく、辺りは閑散としている。

『大丈夫?……何かあった?』

『何でもないわ』

『何でもないのに、何故泣いているんだい?』

カーティスが私の頬辺りを指で示したので、そっと頬を触れてみた。一筋の涙を無意識のうちに流していた。

『僕じゃ駄目?話なら、いくらでも聞いてあげるよ?』

そう言って、カーティスは私を引き寄せ、きつく抱きしめた。

「……」

この時の私は、本当にどうかしていた。精神的にも参っていたのかもしれない。だから、彼の温かい抱擁を、何故か拒むことが出来なかった。そして、何もかも投げ出したかった。

次の瞬間、荒々しく壁を叩く音が廊下に響き渡る。私は我に返って、慌てて後ろを振り向くと、そこには―――氷のように冷たい表情を浮かべた俊が立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ