第22話:永遠の約束
美緒から行き先を聞いた俊は、急いで空港へと向かっていた。はやる気持ちがアクセルペダルにかかり、徐々にスピードをあげていく。その行く手を阻もうとするかのように、赤信号が立ち塞がる。今なら、信号無視で警察に捕まってもいい。
とにかく、早く空港へ―――。
今、ここで沙穂を追いかけなかったら、俺はきっと一生後悔するだろう。
もう二度と沙穂を失わないために、俊は信号が赤から青に変わると、おもいっきりアクセルを踏んだ。
空港のコンコースを行き交う人々の中に、沙穂の姿はなかった。乱れた吐息と心臓の鼓動が辺りの音を遮断し、雑踏の声が聞こえなくなる。まるで、時が止まったみたいだ。
俊は、乾いた喉がごくりと鳴らした。すると、おかしくなっていた三半規管が少しずつ機能し始め、周囲の音が聞こえてくる。俊の都合も置きざりにして、時間は勝手に動き出す。すれ違い様、自分のことで精一杯な肩達が俊にぶつかっていく。呆けて立ち尽くしていた俊は、人の波に流されるままになっていた。そのうち波から弾き出された俊は、拳をぎゅっと握り締め、なりふり構わず大声で叫んだ。だって、こうすれば、少しは気持ちの整理だってつく。沢山の後悔よりも、少しの後悔の方が絶対にマシだ。
伝えられなかった気持ちも、この一声に全て込めた。
「ちっくしょー、沙穂の馬鹿野郎!何で、アイツと行っちゃうんだよ!まだ、何も伝えてなかったのに……好きだって、愛してるって、沙穂に伝えてないのに!」
大声で一気にまくし立てたせいか、酸素不足に陥り、ぜーはーと呼吸を乱してしまった。
周りにいる人達は皆、いきなり大声を出した俺を見て、すごく驚いていたけれど……。
だけど、言いたい事を言ってしまうと、何だかすっきりした。
自分の気持ちを、彼女に伝える事ができなかったのが心残りだが、間に合わなかったんだ。
もう、彼女への想いにピリオドを打つ時なのかもしれない。
この五年間は、決して無駄じゃなかった。むしろ、得た物の方が多くあるのだから。
さてと―――。
「どうしようかな」
「アンタの非常識かつ馬鹿な頭の方がどうしよう、よ」
まさか、独り言に返ってくる答えがあるとは、つゆとも思わなかった。
彼女の声、聞き間違えるわけがない。これは、都合のいい夢だろうか?
俊は大きく動揺した。鼓動が一つ、跳ねるように打つ。
後ろを振り向いたら、幻みたいに消えちゃうんじゃないだろうか。
疑心暗鬼にかられながらも、そんな心の内を知ってか知らずか、話し続ける彼女。
「俊って、相当な大馬鹿野郎よね。公衆の面前で木っ端恥ずかしい台詞を吐けるわね。
尊敬通り越して、呆れるわ」
俊は今度こそ、勢いよく後ろを振り向いた。
そこには、夢でも幻でもなく、確かに沙穂がいた。
「な……さ、ほ?な、なん、で?―――カーティスは?」
「カーティス?別に来てないけど?」
「だって、この間「カーティスに付いていく」って」
確かに、そう言っていた。だから俺は焦って、結婚式場まで乗り込んだんだ。
俊は訳が分からず、おろおろとしながら、沙穂にそう言った。すると、小首を傾げた沙穂はにっこりと笑って、核弾頭のような台詞を可愛らしい唇で紡いだ。
「うん、この間の仕事の出張には付いていったけど?」
「はぁ?!」
間抜けにも、つい素っ頓狂な声を出してしまった。
「何を勘違いしたか知らないけど、カーティスとは一緒になるつもりないわよ?」
「な、何で……だって美緒ちゃんが。それに、あの結婚式だって―――」
次の言葉が見つからず、ただただ唖然とするばかり。そんな俊の様子を見ていた沙穂は、目を細めて、軽く睨みつけた。
「あら、あまり嬉しそうじゃないわね。カーティスと一緒になった方がよかった?」
「え、いや。だけど……」
「本当に、私って男の趣味悪いわよね。何で、俊なんか好きになっちゃったんだろう」
沙穂は深く溜め息を付いて、片手で自分の前髪をくしゃりと掻きあげる。俯いた彼女の表情は、俊には読み取れなかった。でも、自嘲気味に笑む口元が、何故か印象に残った。
「さ……ほ」
「カーティスの方が、いい男なのにね。だから……」
「だ、だから?」
この言葉の続きを聞くのが怖かった。何で、こんなに怖いんだろう。緊張して声がどもり、
固く震える。爪が食い込むほどに、握り締めた拳。俊はその時、ようやく分かった。
好きだから、怖いのか。
沙穂が好きだからこそ、傷付くのが怖いんだ―――。
沙穂の口が開かれる。ぎゅっと両目を瞑り、俊は彼女の言葉を待った。
そして―――。
「私を夢中にさせたからには、責任とって来年の誕生日も再来年の誕生日も、そのまた次の年の誕生日もずっとずーっと、私と一緒に過ごしてよね!いい、約束よ!そうしたら、五年前にすっぽかしてくれた誕生日のことは、水に流してあげる。……それからなら、さっきの告白、考えてあげないでもないわよ?」
最初、俊自身何を言われたか分からなかった。だが、理解した途端、頬を緩めて強引に沙穂を抱きしめた。
ぎゅうっと強く抱き締めてくる様子は、絶対に離さないと言われているみたいで、何だかこそばゆく、私はそのまま俊に身を任せた。このあたたかな温もりこそ、私が求めていた場所だった。どんなに優しくて、紳士的で、私の事を一番に想ってくれていても、私はきっと俊じゃないとダメなんだ。
カーティスじゃなく、俊の前だから、私は私でいられる。
俊の温もりに包まれて、ようやく私は素直になれるんだ。
「ああ、約束する。一生、沙穂のことを大事にする。だから―――」
それから、続きがそっと囁かれる。囁かれたその言葉に、私は思わず涙が零した。それは、ずっと聞きたかった言葉、夢にまで見た言葉だった。俊を見てみると、耳まで真っ赤にして、彼らしくなく緊張し、顔も強張っている。だけど、真剣な目で私を真っ直ぐ見据え、もう一度言った。今度は、はっきりとした声で―――。
「沙穂、結婚しよう」
五年前、俊に何気なく「付き合おうか」と言われた。あの時は、あまりにも突然で彼の心が読めなかった。何故、と理由を聞けない臆病な私は、気付けば即答していた。
今の心地よい関係を壊したくなくて、彼を繋ぎ止めたくて、傍にいたくて、必死だった。
だから、少しずつ心に積もっていく澱も、ずっと見ない振りをしていた。
とても辛くて、とても切なくて、とても苦しかった。
そして今―――。
その澱が魔法の言葉によって、心に溶け始める。
言葉が、身体中へと染み渡る。
大好きなこんぺいとうが、甘く、甘く溶けていくみたいに……。
***
Birthday―――。
それは、生まれてきてくれたことに感謝し、皆から愛される特別な日。
そして、来年の誕生日を約束する日。
それが恋人だったり、友達だったり。
家族だったり、仲間だったり。
そんな中、変わらないことが一つだけある。
その一瞬の時間は、誰にとってもかけがえのない、大切な時間になるんだって事。
ねぇ、俊。
生まれてきてくれて、ありがとう。あなたと出会えて、本当に良かった。
それと……これからもよろしくね?
END




