第21話:最後のチャンス
前々から気になっていた。さらさらのロングヘアーを風に遊ばせ、彼女が歩く度に男子達が振り返る。強い意思が宿る焦げ茶色の瞳と、ぬばたまの黒髪。時折見せる、優しい笑顔や可愛らしい仕草が、高校の男子生徒の間でも人気だった。だから、部活動に勤しんでいる俺の耳にも、その話題がよく上がった。そういう話を聞いていると、直接会ってみたくなるっていうのが人間の心理ってもの。俺は、友人から辞書を借りる名目で、彼女のいる教室を覗いてみた。窓際の席に、沙穂は居た。友達と何か話をしていて、終始笑顔だった。ああ、男子生徒が落ちるのも分かるな……。教室をぐるりと見渡してみると、羨ましそうに遠巻きで彼女を見ている男子生徒達。ふと気付くと俺も、廊下の窓から身を乗り出し、吸い寄せられるようにして彼女を見ていた。でも、その時はまだ、噂通り綺麗な子だな、としか思わなかった。
偶然同じの大学に入って、一緒の授業を取ることが多くなった。ある日、俺の前の席に彼女が座った。さらさらとした髪は、少し短いセミロングになっていて、ロングの方が似合うのになと思った記憶がある。でも、高校の頃と変わらず、何色にも染まってない黒髪がやっぱり綺麗だなと思い、ついその髪を一房すくってしまった。
あれが、最初の出会いだったんだよな―――。
もう、駄目なんだろうか。
もう、間に合わないんだろうか。
どうしても諦めきれない―――。だって、もう沙穂は結婚したんだぞ?
今更、俺に何ができる。……いや、本当に何も出来ないのか?
そんなの足掻いてみなきゃ、分からないじゃないか。
そうだ、こんなところで立ち止まっている場合じゃない。
考えるより、まず行動しろ―――。
誰よりも一番沙穂に近い身内の亮太さんに、そう教えられたんだ。
もしかしたら、この五年間はこの時のために必要だったのかもしれないな。
それから俺は、最後の無駄足掻きをするため、その日の夕方に沙穂の家を訪れた。
チャイムを何度押しても、反応もないし、物音もしない。嫌な予感が脳裏を過ぎる。
まるで、五年前のあの日のような―――。
俺は近所迷惑になるのも構わず、ドアを乱暴に叩いた。この間みたいに、ちゃんと出てきて、顔を見せてくれ!俺は、がむしゃらにドアを叩き続けた。
そんな様子を影から見ていたカーティスは、傍にいた美緒にある事を頼んだ。
『俊さん、でしたよね』
『美緒ちゃん』
『沙穂さんなら、カーティス兄が空港……』
『ありがと!』
美緒が言い終わらないうちに、それだけ聞くと俊は、その場から脱兎のごとく駆け出して行った。そんな様子を見た美緒は、はぁと溜め息をついて、傍にいたカーティスに言った。
『―――最後まで聞いて行けばいいのに……』
本当なら、あの話の続きは「まで荷物を送っていった」になる。だが、カーティスはわざと最後まで言わないように、美緒に頼んだのだ。自分は身を隠し、あたかもカーティスと沙穂が一緒に旅立ったかのように見せるため。この後、彼らがどうなるのかは、彼ら自身の問題だ。だけど、カーティス兄は本当にこれでいいのかな?美緒はそんなことを思い、そっと上目遣いでカーティス兄を盗み見た。すると、そんな美緒の視線に気付いたのか、にっこりと笑って、カーティスは美緒の手を取った。
『まぁ、人を好きになるってそういうことだろ。ほら、美緒。昼飯食べに行くぞ?』
『……追いかけなくていいの?』
『まーな。だってほら、俺って去るもの追わずの主義だろ』
『嘘ばっかり』
ぽつりと呟いた美緒のその言葉に、カーティスは目を丸くして苦笑した。そして、美緒の手をぎゅっと握り、腰を屈めて『さんきゅ』と小さく耳打ちした。美緒が赤面したのは、言うまでもないことだ。




