第20話:茶番劇
ベール越しにバージンロードが見える。その先には、カーティスが居た。本当なら、そこにいるべきは、カーティスじゃない。神様を信じているわけじゃないけど、永遠の愛を誓う神聖な場所で、こんな茶番劇をするなんて、罰当たりだとは思う。でも、それが俊との未来のためなら、神様も目を瞑って、大目に見てくれるんじゃないかな。
だって、神様だもん―――。
『綺麗だよ、沙穂』
「ありがとう」
バージンロードを歩き終えると、祭壇の前にいたカーティスは、そう誉めてくれた。何だか照れくさくて、少しはにかんだ。胸元に花のコサージュが飾られたビスチェ。可愛らしいティアードスカートが柔らかく波打ち、優しく被せたマリアベールが優しく揺れる。
あーあ、俊に見てもらいたかったな―――。
私はトレントさんの式辞を聞きながら、そんなことを思っていた。もう、時間切れか……。
最後の大勝負……負けちゃったな。私は、トレントさんと約束した。
誓いの言葉や指輪交換は、勿論省く。そして、誓いのキスもするフリだけ。
だけど、もし誓いのキスまでに俊が来なかったら、仮初めの挙式は止める。
いつまでもやっていたって、無意味だからだ。
トレントさんとお互いにそっと目配せして、カーティスの方を向き、止めようと、口を開いた時だった。
―――バタンッ―――
「沙穂!」
チャペルに扉が開かれる音が大きく響く。開かれた扉のところに、私が待ち望んでいた人が立っていた。ここまで走ってきたらしく、息が乱れている。
「……俊」
私が愛しそうに名前を呟くと、横にいたカーティスは眉をぴくりと跳ね上げ、私の腕を強く掴んで引き寄せた。バランスを崩した私は、カーティスに抱き締められた形となった。カーティスは、私の頬にそっと手を当て、顔を近付ける。
本当に突然の事で、まったく動けなかった。
―――二度目は、嫌!
私は、目をぎゅっと閉じて、拒否できない柔らかな感触を待った。
しかし、彼の口づけはやって来ない。そろそろと片目だけ開けてみると、そこには険しい顔でカーティスを睨みながら、私の腰を抱き寄せて、牽制してる俊がいた。対するカーティスは面白そうな表情をしている。私はそんな彼の表情を見て分かった。カーティスは、俊を挑発したんだ!
――――勝負の舞台に早く上がれよ、と。
にやりと口元に笑みを浮かべたカーティスの様子が、何よりの証拠だ。
いつの間にか、彼に離された腕を今度は俊に掴まれて、私と俊はチャペルを出た。
まるで、何かの映画でやっていた名シーンみたいだ。
どんどんと走って、先を行く俊は何も言わず、黙っていた。
「俊、放してよ!」
「嫌だ」
「何で?何で、俊には関係ないじゃない」
「関係ある」
言葉少なく答える俊に、段々と腹が立ってきた。私が欲しいのは、こんな言葉じゃない。
たった一つの言葉。ただ、それを聞きたいのよ、俊。
「どんな?」
「……」
挙句の果てには、黙り込んでしまった俊を見て、私は自嘲気味に笑った。強く掴まれた腕を勢いよく振り、なんとか拘束を解く。そして、私は俊に冷めた口調でこう言った。
「―――期待した私が馬鹿だったわ」
「沙穂、俺達……もう駄目なのか?手遅れなのか?」
どうしても、最後まで言ってくれないのね―――。言ってくれたのなら、彼と未来を歩き出せたのに。私はすっと目を伏せて、それから、まっすぐ俊を見つめ「ええ」と頷いた。
ねぇ、俊。
もしも最後に「好きだ」って言ってくれてたら、私は今度こそ俊から離れない。
そう、決めてたんだよ?
―――なんて、今となっては……もう遅いんだけどね。
悲しくて切なくて苦しくて、辛い五年間の気持ちに、ようやくピリオドを打てた。
そうよ、心残りなんてない。ひたすら自分にそう言い聞かせ、私は式場へと踵を返した。
控え室で着替えて、重いアタッシュケースを引き摺って、カーティスや美緒ちゃん、トレントさんにお礼とお別れを告げて、それから、それから。
―――それから、日本に帰ろう。
あれ、おかしいな。何で涙が出るんだろう……。頬を伝う雫。空は雲ひとつなく、気持ちいいくらいに晴れているのに、心の中には、いつまでも止まない雨が降っていた。
「くそっ!」
沙穂の姿が見えなくなるまで、悔しそうに見つめていた俊は、拳をぎゅっと握って、チャペルの外にある教会の案内板を激しく叩いた。
―――俺は何を間違えた?何がいけなかったんだ?
あの悪夢が正夢になって欲しくなかった。幸せそうに微笑む沙穂の先にいるのは、俺のはずだ。カーティスなんかじゃない。俺は何を焦った?
悪夢を正夢にするために、こんなとこまで来たわけじゃないのに!
下唇を痛いくらい噛み締めて、ぎゅっと両目を瞑る。それから、俺は沙穂の結婚式なんて見たくなくて、そのチャペルを後にした。
でもまさか、沙穂が俺の前から再び消えてしまうなんて、夢にも思わなかったんだ。




