表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Birthday  作者: 星河七海
19/22

第19話:整えられた舞台

結婚式当日―――

 私は、住み慣れた部屋全体を見渡した。五年間も暮らせば、さすがに愛着が沸くものね。数日前に大きな荷物を日本へ送ってしまい、今は、この部屋を借りた時と同じ状態。

フローリングの床が、朝陽を浴びてきらきら光る。がらんとして、何もない部屋を見ながら、忘れ物がないかと最終確認をした。

「うん、大丈夫みたいね」

傍に置いてあった、重いアタッシュケースを持ち、玄関のドアを開けた。そのアタッシュケースを少し転がす。なんとなく後ろ髪がひかれ、振り返って部屋をもう一度、見渡してみる。いろんな想いが詰まった部屋。眠れない夜を過ごし、自暴自棄になって酔いつぶれた事もあった。遠くにいる俊を想って、切なくて苦しく、泣いた日もあった。掛かってくるはずのない携帯を何度、開閉したっけ。こっちに来てから、笑ったことがなかったな。再会に驚くことはあっても、いつも心のどこかで俊を求めていた。そんな日々が、昨日のことみたいに鮮明に蘇ってくる。この五年間、色んなことが沢山あった。

私自身も、成長して少し変わった。そんな私を、見守っていてくれた部屋。私はすっと綺麗にお辞儀をして、小さな声で「ありがとう、さようなら」と言った。静かに閉まるドア。今度は一切振り返らず、迷いのない足取りで部屋を出て、そのまま式場へと足を運んだ。


『カーティス!』

手を挙げて大きな声で呼ぶと、チャペルに居たカーティスが振り返った。

『沙穂、来たね。準備はできてるよ』

そう言った、タキシード姿のカーティスを見て、私は思わず目を見張った。

前髪は軽くワックスを付け、それを後ろに流して、きっちりとセット。光沢のある濃い紺色のジャケット、首元を飾るネクタイは薄灰色のチェック柄。それからストライプのパンツを合わせて、足元は高級そうな黒の革靴。なかなかの出来栄えに、思わず溜め息が漏れた。敢えて言っておくが、桃色の―――ではない。美緒ちゃんじゃあるまいし。

『カーティス、そんなにお洒落する必要ないのよ?仮初めの式なんだし』

『えー、いや。でも、結婚する時の参考になるだろう?』

『結婚、する気あったんだ』

妙に関心しつつ、悪気ゼロでざっくりと言うと、カーティスは口元を引きつらせた。

『沙穂って、何気に失礼だよな。まあ……しばらくは、独り身でいるけどな。荷物、それだけか?』

『うん。あと、よろしくね』

『了解』

結婚式というのは建前。実は、トレントさんの知り合いに一日だけ教会を借し切りにしてもらい、元牧師のトレントさんの下、仮初めの結婚式をすることになっている。といっても、カーティスを一回振っているわけだし、あくまでも結婚するフリ。でないと、控え室で介添えを手伝って貰う予定の美緒ちゃんに、殺される。私も、そんな気はさらさらないしね。俊が来ても来なくても、荷物だけは空港に持っていってもらうように、カーティスには頼んである。あとは、俊がどう行動するかに全てかかっている。

勿論、怖い―――。

でも、もう逃げるのは嫌だ。

そう、決めたんだ。

『―――なぁ。もし、俺と先に出会ってたらさ、沙穂はどっちを選んだ?』

『……カーティス』

躊躇いながらも、カーティスは探るような視線を向けて、私に聞いた。

その問いには、既に答えが決まっていた。ただ、何だか言いづらかったので、少し逡巡して言った。

『もし、あなたと先に出会っていても、私はきっと俊を選ぶわ』

『そっか。じゃあ、これは愚問だったかな』

おどけた調子で肩を竦めたが、切ない色が彼の瞳に宿っている。でも、それを慰める役は私じゃない。私は瞳を伏せ、『そうね……』と呟き、その場をやり過ごした。私の気持ちを察したのか、カーティスは、真剣な表情で静かに言った。

『沙穂』

『?』

『幸運を』

何度、彼に感謝したか分からない。

何度、彼の手を取れたら良かったと思ったか、分からない。

それでも、俊を選んでしまった私。私は言い尽くせない「ありがとう」の代わりに、極上の笑顔を浮かべて、頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ