第17話:大勝負
バスルームにシャワーの水音が絶え間なく響く。上顎あげて顔全体でシャワーを感じる。
容赦なく当たるシャワーを手元のカランをひねって止めた。曇った鏡に映る、ぼやけた私の姿。私はその鏡に付いた水滴を、勢いよく手で拭き取った。
その鏡に映る自分の瞳には、「臆病」の色は灯っておらず、あるのは「決意」と「覚悟」の色だった。俊とカーティスとでショッピングに行ったあの日から、もう二週間も経った。私とカーティスは会社の仕事で出張へ、俊の方も仕事が忙しそうで、お互いドタバタしていた。
『私ね、カーティスに付いてこうと思ってるの』
俊、あの時……すごく驚いていたな。そのせいか、私がデートの勝敗を言おうとしたら、
彼は「もう、どうでもいいよ」と投げやりに言って、去っていった。やっぱり、もう無理なのかな。そんな私を見つめていたカーティスは、クスッっと笑って、遠ざかる彼の姿を見て言った。
『そんな弱気だと、強引に攫ってっちゃうよ?』
『カーティス!』
『冗談だって』
面白そうに笑っているカーティスをたしなめたが、私は心の中だけで感謝した。
こんな弱気じゃ、掴まえるものも掴まえられないわよね。
ありがとう、ごめんね―――カーティス。
髪についた水気をバスタオルで拭き取り、髪を乾かしながらブローした。髪、長くなったなぁー。肩までまっすぐ伸びた髪を手で絡め取る。その自分の手が、骨ばった手と重なる。
「お前、綺麗な髪だなー!」
高校が一緒だとは知っていたけど、特別話したことがなかったから、大学の講堂で横から伸びてきた骨ばった手に驚いた。
「あ、悪ぃ」
頬をポリポリと掻いて、気まずそうに俯く俊。そんな仕草が可愛いくて、私は苦笑しながら「別にいいわよ」と言った。すると、彼は嬉しそうに「さんきゅ」と笑った。
その笑顔で、胸の中にある実がパチンとはじけた。世界が一気に百八十度変わった気がした。多分、あの笑顔で恋に落ちたんだろうな。手で弄んでいた長い髪を見つめながら、ふっと笑った。俊に触れてもらいたくて、あれから、わざと伸ばしてたんだよ。
その長い髪はまとめて、コンコルドクリップで止めた。そして、ナチュラルメイクを施し、香水を軽く振り掛ける。最後は、唇に口紅を塗って、上唇でそれを慣らした。ファンデーションの白さで、赤い紅が際立つ。
ねぇ、俊。私、少しは綺麗になったかな?
五年経っても、俊の中では、あの頃のままなのかな?
あと少しで、全てにおいての答えが出る。私は唇をきゅっと結び、傍に置いてあったバッグを持って家を出た。大通りからバスに乗る。向かう先は、俊と再会し、彼が滞在しているあのホテルの4005号室だ。車窓から流れゆく街の風景を見ながら、はやる気持ちを落ち着かせて、いつの間にか震えていた片手を、もう片方の手でぎゅっと押さえつけた。
右手前方に大きなホテルが見えてくる。私は、ホテル前でバスを降り、眼前にそびえ立つ
五十階建ての五つ星高級ホテルを見据えた。ごくりと息を飲む。両手をぎゅっと握り締め、
深呼吸を一つしてから、ホテルの回転ドアをゆっくりと押した。
くるくる回り始めた回転ドア。それはまるで「運命」という輪が、五年の時を経て、回り出したかのようだった。
一階にエレベーターが、軽やかな音を立てて到着する。私は、それに乗って、二十階のボタンを押した。静かに扉が閉まると、少しずつ上昇していく感覚が足元へと集中する。ふと顔を上げ、階数の表示を見た。まるで、俊に近づいていくカウントダウンみたいに、階数は増えていく。うるさいくらいの心臓、乾いた喉、それを潤すために、無理に唾を飲み込んだ。震える手足、逃げ出したい衝動。心の中にある、逃げてしまえという小さな悪魔が小さな天使に囁くんだ。五年前なら、逃げ出してただろうな―――。私はクスッと笑って、二十階を告げる音を聞いて、いつの間にか俯いてた顔を上げた。
扉がゆっくりと開く。これは、合図。
泣いても笑っても、これが最後。さぁ、勝負の始まりだ!




