第12話:初心
『何で、アンタが持ってるんだ……』
愕然とした亮太は、掠れ声でそう呟いた。あの時、確かに彼女に渡した。何故、この男が持っているんだ?亮太は困惑しつつも、彼のいる手前、平静を装った。
『何故って―――』
『放り投げたからに決まってるじゃない』
エドガーが答えようとすると、奈央の一言によって遮られた。
「奈央」
「沙穂……」
戻ってきた二人を見て、亮太と俊は安堵した表情を浮かべた。奈央は、エドガーを睨んで、文句を言った。
『何で返しに来たのよ』
『これ、本当は大切なものだろう?』
『……それで?』
『―――あとで後悔しても、遅いんだよ』
エドガーから真っ直ぐな双眸を向けられた奈央は、少し戸惑った。お節介で言うにしては、分かってるような言い方だ。奈央は、咳一つで戸惑いを誤魔化し、エドガーに聞いた。
『それは、あなたの持論?』
『……いや?経験からだよ』
ふんわりと微笑んでいるのに、瞳は笑ってない。どこか遠い目をして言うエドガーに、奈央はこれ以上踏み込めなかった。エドガーが一礼をして去ると、亮太は険しい面持ちで奈央を睨みながら言った。
「何故、アレが彼の手にあったんだ?」
「さぁ」
「奈央!」
「―――ねぇ、教えてよ。亮太にとっての私って何?私達、恋人じゃないの?そもそも、三ヶ月に一回だけ会える恋人?馬鹿じゃないの!?携帯にかけても、いつも留守電の声を聞いて終わり。メールしても、返ってくる言葉なんて、たった一言。同居し始めても、私のことなんて二の次。口を開けば仕事!?いい加減にしなさいよ!私だって、まだまだ捨てたもんじゃないの。……亮太の代わりなんて沢山いるんだから!」
打ちのめされた亮太と、今まで溜めていた全てを言い切った奈央。二人はしばらく見つめ合っていたが、やがて耐えきれなくなった奈央は踵を返して、病院の出口に向かった。
何とか止めようとした亮太の手が届く前に、彼女の身体と意識は地に落ちた。
「―――妊娠二ヶ月……?」
「はい、ご存じなかったんですか?」
「いえ、一言も……」
医師に驚愕の事実を突きつけられ、改めて今までの彼女に対する行動を反省した。そんな亮太を影から見ていた俊と沙穂は、お互い何も言わず病室に戻った。
病室に戻ると、沙穂は帰る仕度をし始めた。
「沙穂?」
「明日、デート行こう」
「え?何言って―――」
「俊。だから、もう帰ろう」
鮮やかな夕陽を背にした、彼女の笑顔がやけに切なくて、今にも消えてしまいそうだった。
初めてのデートの前日、緊張して眠れなかった。高鳴る鼓動が加速をつけて、明日が来るのを興奮して待っていた。お気に入りの服を何枚も並べて、明日着ていく服を何度も頭の中で描いたんだっけ。朝日が昇る前に目が覚めて、鏡の前で自分を頑張って飾り立てた。いつもと違う髪形、オシャレな格好。俊は、何て言ってくれるかな―――。待ちきれなくて、待ち合わせの三十分前に、もう着いてしまった。俊は、まだ来てないみたい。でも、彼を待つその時間が、とても幸せだった。待っているだけなのに、とても楽しかった。
今日は、どんな日になるんだろう?とか、どこに連れて行ってくれるのかな?
そんなことを考えながら、彼を待っていたあの頃の「私」―――。
今日だけは、あの頃の「私」に戻ろう……。
きっと、これが最後のデートになる。気持ちに区切りをつけないと、自分自身も苦しいし、それよりも、彼を傷付けることが怖かった。ねぇ、俊―――不思議ね。
私ね、貴方に出会えたこと……後悔してないの。むしろ、感謝してるくらいだわ。
俊も心のどこかで、少しでもそう思ってくれれば嬉しいな。




