第11話:指輪
一方、置いてきぼりをくらったような感覚に陥った二人は、互いに顔を見合わせて、自分達の境遇に苦笑した。喫煙所、灰皿の傍で亮太と俊は、立って話し始めた。
「なんか、俺達情けないよな」
「亮太さんと一緒にしないで下さい。せっかく沙穂がデートに―――」
慌てて口を抑えたが、既に遅し。亮太は面白くなさそうな表情で、俊を睨みつけている。
「へぇー。なんかお前ら、ムカツクなぁ。お互い好き合ってるくせに、じれったくて見ちゃいられねーよ。……つーわけで、俺も同行な!」
亮太はそう言うと、俊をビシっと指差して、勝手に決めつけた。
「はぁ!?ちょ、ちょっと何勝手に決めてんですか!」
憤慨した俊は、大事なデートを邪魔されまいと、困惑した表情を浮かべながら、亮太に文句を言った。
「大丈夫、ちゃんと途中で消えるからさ。な?」
「嫌です。奈央さんから逃げたくて、俺達に付いてくるんでしょう?」
「う……」
こんな情けない人が、加藤先輩の彼氏―――そして、沙穂の実の兄。仮にも俺の上司。頭が痛い……。そりゃあ、認めたくはないが、沙穂と似てるところもある。けれど、あまりの情けなさを目の当たりにして、加藤先輩に対し、心の中で深く同情した。俺は溜め息をついて、両腕を組んで躊躇いなく言った。
「本当に、お行儀が悪いですね。いつまでも逃げられると思ってないんでしょう?」
「俺、アイツのこと……もう泣かしたくないんだよ」
亮太さんは苦しそうに顔を歪めたが、そんなこと知ったことじゃない。というのも、この五年間、彼の下で秘書として働いてきた。だから、彼の弱さや優しすぎる部分は、身に染みて分かっているのだ。そのせいで、何度苦労したことか……。これは彼自身がいずれ、決着をつけるべき問題。他者が口出すべき問題じゃないことも、分かっている。
それでも誰かが言わないと、ちゃんと気付かせてあげないと―――伝わらないことだってある。現に、加藤先輩がN.Y.まで来たのは、一体何のためか?わざわざ海外に来てまで、彼と決着をつけなくても、日本に戻った時でも十分、事は足りるはず。それでも来たのは、彼と向き合うため。彼にとって何が一番堪えるかを、彼女は知っている。
そして、彼女を支えているのもまた、彼自身。
彼が在る限り、彼女は常に強く在る。彼女は、そういう人だ。
「亮太さんのことで泣いてるのなら、いいじゃないですか。それよりも逃げてばかりじゃ、酷くなる一方ですよ」
「分かって―――」
亮太さんは眉をしかめて、煩しげにそう言い捨てたが、それを遮るようなカタチで言った。
「いや、分かってません。俺、沙穂のことをずっと傷付けてきた。あいつ、俺の前では絶対泣かないんです。でもきっと、いつも心の中で泣いているはず。沙穂がそういう性格だってこと、一番知っているのは、亮太さんでしょう?俺はもう、あの時みたいな後悔をしたくない。だからこそ、亮太さんにも逃げて欲しくないんだ」
「……俊」
気配を感じて、ふと俊が廊下の方を見ると、きょろきょろと誰かを探している男性がいた。誰だ?と思いながら、怪しげに様子を窺っていると、彼は二人を見つけて、安堵した表情を浮かべ、こちらに寄って来た。
「あの、すみません。重そうなスーツケースを持って、ストライプのスーツを着た女性を知りませんか?」
え……加藤先輩の知り合い?俊は、一瞬そう思ったが、亮太さんの表情を見て、すぐに知り合いじゃないと判断した。
『……彼女に何の用だ?』
凍てつく氷のような声色に、少しも臆すとことなく、彼は人の良さそうな笑顔を浮かべる。
『あの、ナオさんですっけ?彼女にこれを渡して置いてください』
そう言って彼は、懐からとんでもないものを取り出した。
手の上には、不釣合いなダイヤの指輪―――。
そのダイヤには、目を見開いて驚いている亮太さんと、不思議そうな顔をした俊が映っていた。




