3、先輩現る
現在王都住まい、師匠が国王の従兄弟とか聞いてないし。なんで私の婚約者なんだ。
師匠の家、私から見ると豪邸だよ。師匠はこじんまりしてるって言ってたけど、感覚が違いすぎる。
使用人さんとかもいて名目上、花嫁修業とか。ハイエルフだから人の上に立つことも学ぶべきって、いきなりかと思ったが成人前に慣れておくように師匠に言われている。まだ知らない他者が怖いんだけどな。
そして現在、週末の実家への帰宅からもどり自室という師匠の隣の部屋に落ち着いている。慣れすぎだろうって。いや、これでもかなり気を張っている。そしてとても疲れている。割と毎日、意識を失うように寝てる。
そして今のところ話し相手は師匠とムニ坊だけだ。使用人さん達とは用件以外に会話がない。他者との会話ってナニ話したらいいのだ。
前世の記憶的には会話が怖くて家族以外と会話しない。その状況が続くと声を出す為の喉まで衰えて、本当に声が出し辛くなる。その危険はわかるので、独り言よりかはマシと、ムニ坊と結構一方的におしゃべりをしている。
明日は師匠について森の賢者達の研究室につれていってもらえる。
師匠曰く、なるべく歳の近い同性を紹介するとの事。それでも師匠よりも年上なので年齢の話はしない方が賢明よね。
「私はリナリア。街の中でも薬草を栽培できるようにする研究をしているわ。君いくつ?まだ成人してないわよね?」
銀に近いピンク色の髪は前世の桜を思わせる色で明るい紫色の瞳をした、人間で言うと20歳に届いているかどうかという外見のハイエルフの美女が微笑みながら堂々と年齢を聞いてくる。
「えっと…、オランジュ、108歳です。まだ未成年ですよ」
聞こえやすくハキハキと応えられはしなかった。理想は理想、現実とは違う。実際はボソボソと聞こえ辛いだろう声しかだせなかった。下をを向きたいが、礼儀に反するので相手の胸辺りを見てしまう。結構驚いた。前世では普通くらいな胸の大きさだが、今世の種族特性ではとっても巨乳の分類だ。小ぶりの林檎くらいある。私はまだ成長期だし、しかし種族特性を考えれば絶壁でも仕方ないと諦められる。
それとリナリア様の纏う精霊の光、白っぽい銀のような虹色のような光だ。何属性なんだろう。
そんな、どうでも良い事を考える。会話が止まった。いや本当、ナニ話せばいいんだ。
「リナリア様、私の婚約者のオランジュです。リナリア様の記憶にある世界とは異なるでしょうが、異界の前世の記憶を持つ子ですよ」
師匠が私を紹介する。
そしてその紹介も驚きだ。まず、前世の記憶持ち。次にリナリア様ってどんな身分の方なんだろう。まあ、ハイエルフってだけで王族か、王族の血を引く公爵家の貴族って事なんだろうけど。
師匠は当代の王様の従兄弟だけど、リナリア様にはかなり遠慮しているように見える。
「報告にあった、私と似たケースの子ね。エルフのコミュニティは結構閉鎖的だけど、ハイエルフのコミュニティは同胞には寛容よ大体みんな身内だから。私の時もそうだったから、あまり不安にならなくても大丈夫よ。心配なら基本的に敬語で問題なく過ごせるわ。私も先祖返りで民間から、王室のようなところに嫁いだようなものだし」
本人は呆気なく言ってくれる。
何か言わなきゃと思うが、頭が真っ白な感じで言葉が出てこない。なんか捻り出せ、捻り出すんだ。
「…えっと、…あの、師匠にはとてもよく面倒を見てもらってます。…あのっ、リナリア様の属性って何なのですか?」
出てきたのは、視たままの疑問である。
「生まれた時は視たままの火と闇だったらしいわ。今は全属性よ。オランジュちゃんは光と地ね。私の研究してる薬草を育てる事にも必要な属性だわ」
気を悪くした風でもなく答えてくれる。
「薬草栽培に光と地ですか?水ではなくてですか?」
「水もあればいいけれど、一番は地属性ね。光は促成栽培にいいのよ。これで早いサイクルで薬草を収穫できるし、しっかり根付かせれば適度な水遣りと魔力供給で何度も収穫できるし」
「リナリア様の研究で今まで街の外で採取しなければならなかった、ポーション類の原料が畑で栽培可能になり郷の名産にもなっているんですよ」
師匠が補足で森の賢者の仕事内容の一例を説明する。
とても緊張するが師匠がいてくれるだけでかなり安堵している自分がいる。
そしてリナリア様の研究もちょっと気になる。
「あの、薬草以外の植物も促成栽培はできますか?」
「できるわよ。育てたい植物でもあるの?」
「イチゴを育てたいです」
より正確には甘いイチゴを育てたいである。
この世界のイチゴは品種改良されていないせいか、甘さよりすっぱさが目立つ。
植物の促成栽培が可能なら前世のゲームの畑のようにすぐに収穫できる畑とかも作れるのだろうか。
「精霊に頼むのもありと言えばありだけど、自分の属性の力の使い方はならった?」
「えっと、まだです」
言い辛いがそう言って、ちらっと師匠を見る。
「言い訳になりますが、今のところ対人恐怖症のほうが深刻なのでそちらを他者に慣らしながら過ごさせています。最近、環境を変えたばかりなのでその様子見をしながら、ですね」
「まあ、焦ってもしょうがないでしょうし、夫にも言っておくので明日から気長にやっていきましょう」
そういって、明日の予定が組まれていった。
「ゴハン、魔力チョーダイ」
ムニ坊にふれ、魔力を流す。
自室のベッドの上でぐったりとしていると、珍しくムニ坊からゴハンの催促以外の意見があった。
「ドウシタノ?元気ナイネ?オ腹スイタノ?」
「ちょっと疲れちゃってね。お腹は、まだ大丈夫かなぁ…」
ムニ坊の透き通った水饅頭のような体が、縦方向にのびている。
「まったく関わらない赤の他人や、買い物のお使いとかであう店員さんは平気なのになぁ…」
悪い方ではないだろうし、自分と似たような経験をしている筈の相手に対しても身構えてしまい気落ちする。そして、離れる事ができて安堵している自分にも呆れる。実態のない恐怖心というものは、どう克服すればいいのだろう。
「怖イノカ?逃ゲタイノカ?情ケナイノカ?」
どうもムニ坊に自身の感情が伝わっているような気がする。そしてムニ坊の語彙力が微妙に上がっている気もする。
「まぁ、自分が不甲斐なくは感じるね」
前世の記憶であり自分自身だけど自分じゃない記憶に、50年も振り回されていて未来もずっと縛られる事に。忘れられたら普通の人生を送れるのだろうか。
「オランジュ、起きているかい?」
扉からノックの音がきこえ、師匠の声がかけられる。
起き上がり返答する。
「起きていますよ。師匠、何かあったんですか?」
師匠が部屋に入ってきて、私の表情を窺う。
「とりあえずは大丈夫そうだな。明日もリナリア様の下に伺うが、あまり身構えすぎないように」
「…師匠はどうして…?」
情けなさで泣きたい気分で言葉がこぼれる。
「叱らないのかと?君自身が一番感じている事だろうし、まだ甘えても許される未成年だしな」
そういって私を抱っこしてソファに座り、頭を撫でる。
「他に問題といえば婚約者と紹介しているのに、君はいつも師匠と呼ぶ。そういう時は名前で呼ばれたいものだ」
「…ジェダイド様?」
下から見上げ、呼んでみる。
ジェダイド様はとてもきれいに微笑んで私の髪を一房とりあげキスをする。
私は驚いて、体も思考も固まった。
「いつか家族になる婚約者であろう?成長が待ち遠しいが、まだゆっくりと積み重ねる子供時代を傍で見守りたい」
何か言わなくてはと思うがやはり言葉は思い浮かばない。
「これから花嫁修業の一環として、師匠呼びは禁止だよ?名前で呼んでおくれ」
「ジェダイド様、いったいどうしたんですか?」
やっと出てきた言葉は現状の困惑を伝える、苦しいものであった。
「対人恐怖症が完治しなくても、私と結婚して囲われてしまえば、人前に出る必要もかなり減るからそんな選択肢もある。…君の人生の自由はかなり制限されてしまうがね。人並みに自由な人生を歩みたいと言っていた、君の目標が叶わなくなる」
師匠って微妙に監禁願望でもあるのだろうか。
「師匠…、ジェダイド様に守られる人生は楽だろうけど、何か違うと思います。私はやっぱり今でも引き篭もりたいですけど、やっぱり自力で引き篭もっても大丈夫な職について人並みの人生を送りたいです。」
家族に頼って前世でいうニートには、今世ではなりたくないと強く思った。