18、刺繍入りハンカチとつまみ細工
チクチクと惰性でダラダラと刺繍していく。終わりがひたすらに遠く感じる。
集中力はとうに切れた。後は指に刺さないように注意しながらダラダラと単調作業を進める。
ムニ坊は再び虫退治に庭へ旅立ち、留守だ。付いて行きたいとは思わないがね。
この課題、結構苦しい。集中力が切れたら休憩も視野に入れるべきだね。
「そろそろ、休憩したいです」
弱音が口から漏れた。まあ、仕方ないだろう。
「ではお茶にしますか」
マリーがそう言って裁縫箱を脇によける。一緒に刺繍をしていたネリーもほっとした様子で裁縫箱に片付けていた。
「所で途中、作っていたこの布の花はどう作るのです?作っているのは見たのですが、途中からなのでわからなくて…。それに細かい所も見てないので、もう一度見せてもらえませんか?」
珍しくネリーが声を掛けてきた。
マリーはお茶の用意のため席を外している。なので一人で答えるしかない。
「…まず四角に近い形で角を落としたものを布から切り出すの。同じ形、同じ大きさの物を花びらの数だけ作っておきます。その後、角が合うように半分に折って角の端から端へ少し狭める様に折った三角の広い方から窄まりの方向へ行くように縫っていくんです。それを花びら一つずつ縫って最後に纏めるために糸を引いて大体できあがるわ。後は真ん中の所に空間が出来ないように頑張るんだけど…。私は上手ではないから空間ができてそれを誤魔化すためにボタンをつけたわ。ボタンじゃなくて、ビーズとかでも空間が埋められるなら良いのでしょうけどね…」
とりあえず口頭で答えた。見せろと言われても丁度いい端切れは使ってしまったのでない。
「生地の薄い布でやわらかい物の端切れは余ってませんか?硬い布や目の粗い布、厚地の布は向いてないのでダメですよ?適した布が無いと作れないです」
「薄いやわらかな布、端切れですか。ちょっと待って下さい」
そう言ってネリーは自分の裁縫箱を漁りだした。
「これとこれは使えますか?後、こっちもっ」
出された布は端切れで薄い生地の赤い物、黄色い物、白い物だった。
「多分大丈夫だと思います。一応、ボタンも準備しておいて下さい」
寄せてある裁縫箱から鋏と巻尺を取り出し布を計って四角く切り出していく。
「花びらは5枚でいいですか?」
「かまいません」
同じ寸法の花びらを5個作った。針にも長めの糸を通しておく。
そして三角になるように半分に折り、折られた端に針を刺した。そして反対側の端に針を刺して、三角の上方向の端を少し間をあけて再び刺す。そして反対の端を刺す。また三角の上方向の端を刺してから反対の端へと続けていく。
「上まで刺し終えたら、糸を引いて三角に折れるようにします」
「端から端を縫っていくんですね」
端の尖った花びらが一つ出来上がる。しかし糸を引かないと形が崩れる。
「花びらは一つずつ作ってからではいけませんの?」
「花びらの枚数によって絞め具合が変わるだろうし、最後に糸を引いて調整するから糸を途中で切ったりしないようにしませんとね」
言ってから残りの花びらを縫い、繋げていく。
5個目の花びらを縫い、最初の花びらの端に針を刺しに糸を引く。しっかりと花の形で糸を玉止めにする。が、どうしても玉止めする時に糸が緩むのか真ん中に空間ができてしまった。
「玉止めが失敗したわ。どうしても糸が弛んでしまう…」
「お嬢様、数をこなせばきっと成功しますよ。それよりあとは真ん中にボタンをつけて完成ですよね」
「ええ、形の合うビーズでもいいのだけれどね」
共通の話題があればなんとか話せるものだが、その後どうしたらいい?
ずっと同じ話をする訳にも行かないから困る。
「この花を髪結い紐につけたいですよね。鞄につけても可愛いでしょうし…。ドレスにもいいかもしれませんね。悩ましい…。いっそ全部に付けたいですね」
ネリーはつまみ細工の花が気に入ったようだ。しかし、この世界にはこういったものは無かったのだろうか?すでに先人たちが作っていると思ったが、本当に似たような物はないのだろうか。
「こういう物は珍しいのですか?針子の方がすでに作ってはいないのですか?」
「珍しいというか、エルフの郷ではないと思いますよ。王都には無いようなので、多分作られていないと思います」
そこで会話が途切れた。それぞれ黙々と花びらを縫ったり、片付けたりした。
コンコンとノックの音がする。なので、どうぞと答える。
「失礼します」
マリーが帰ってきたようだ。ワゴンにお茶のポットや軽食などをのせて持ってきてくれたようだ。
マリーがワゴンから私達の使っているローテーブルへ、ティーカップ等を移していく。
ネリーは寄せてある裁縫箱等を片付け、テーブルの上をきれいにした。
カップにはマリーがお茶を注ぐ。アールグレイのようないい香りがした。エルフの郷には色々なお茶があるが、今日は紅茶のようだ。
この世界でも紅茶のフレーバーの一つとしてアールグレイがある。過去に召喚された勇者がもたらした物の一つだ。名前もアールグレイと変わらずにつけられていて覚えやすい。まあ、全く同じ物ではないだろうが、大体同じという感じのものだ。
「今日は紅茶のアールグレイにエッグタルトをご用意しました」
前世の頃から好んでいたアールグレイの香りに、楽しいと感じられない刺繍で滅入っていた気分が上昇する。
凄く個人的な意見だが刺繍の花よりつまみ細工の花の方が可愛いくて好きなのだ。そのためか今日の課題のハンカチに刺繍があまり好きになれない。
エルフの文化でも、自身で刺した刺繍入りのハンカチを贈る事は好意を伝える意味がある。
その為昔から母に刺繍は習ってはいたが得意ではない。というか、苦手意識さえあるだろう。
しかし、回避は不可能なのだ。父に練習した刺繍入りハンカチは贈った事があっても、ジェダイド様には贈った事がないからだ。
下手な物を贈れないという事でもある。練習の日々なのだ。
紅茶を一口飲んでからエッグタルトを食べる。エッグタルトはプリン味という感じだ。
この世界にはプリンもエッグタルトも異世界のお菓子として伝えられている。これも過去に召喚された勇者の功績だ。
「エッグタルト、美味しいです。紅茶もいい香り…」
「お嬢様はアールグレイが好きですよね…。理由などはあるのですか?」
ゆったり紅茶をを楽しんでいたら、マリーに問われる。
「昔から、好きなんですよね。馴染みがあるというか…落ち着くんです」
嘘は言ってない。前世から好んでいるが、前世の話はあまり公言しない方が良いと言われているのでこうなった。
マリーとネリーもエッグタルトを食べる。お茶の時間も一人で食べているのを見られているより、側で一緒に食べて欲しいとお願いしていた。来客がある時のお茶会などを除いて一緒に食べてくれる事になってよかった。
「お嬢様は旦那様に刺繍入りのハンカチをまだ贈らないのですか?そろそろ、贈ってもいいのでは?きっと待っていますよ」
「どうしても刺繍が歪んでしまって、綺麗に出来ないのです。流石に歪んだ刺繍のハンカチをジェダイド様に送るのは気が引けて…。父に刺繍の練習で出来たハンカチを送るのとは違いますからね」
「練習の作品を父に送るのは咎められる事はないでしょうが、少し不恰好でもそろそろ旦那様に贈った方が良いですよ。一枚も贈った事がないのでしょう?気持ちがないとまでは思われないにしても、不安にはさせるのでは?」
ネリーに続きマリーにもハンカチを送る事を勧められる。現在、刺繍しているハンカチの意匠は花柄で、エルフ族は男女問わず花柄は普通に使われる意匠なので問題ないといえば問題ない。
「歪まずに上手くできたら贈ってみます」
返答は強制された気もするが、今日の刺繍はまだ歪んでいないからもう少し頑張ってみようと思えた。
「歪みという程ではないかも知れないが、やっぱり歪んでいるかもしれない刺繍入りハンカチだけど受け取ってもらえますか?」
ジェダイド様と取る夕食後、例のハンカチを贈った。出来は言った通り微妙だ。しかしギリギリ及第点と言えなくもない。
刺繍講師になったマリーが渡しても大丈夫な出来と言っていたから多分大丈夫。プロの針子の出来とは比べてはいけない。
「君からやっと『初恋のハンカチ』をもらえるとは…。嬉しいけれど、今日はどうしたんだい?」
件の刺繍入りハンカチの別名は初恋のハンカチである。そんな名がついているから贈り辛いものでもあった。婚約者に贈る物としては当然という風潮もある。だが、恋をしているのかというと多分してない。
「筋肉痛で部屋で出来る課題をする事になり、ずっと刺繍をしていました。あまり上手ではないのですが、ジェダイド様にはまだ贈れませんでしたので…、今日は良くできた方なのです。恋はしていないと思いますが受け取って欲しいです」
緊張していて、言いながら恥ずかしく声は震えなかったが視線は泳いだ。やはり父に贈る時とは全く違うと思い、気まずい。
「それでも君が贈ってくれて嬉しいよ。君はいつも父に贈っていたからね。娘を持つ親の特権とはいえ、妬ましいと思っていたものだ…」
「そう言われるほど良い物ですかね?けっして綺麗なものでもないのに…」
「たとえ下手であっても、練習して少しずつ上手くなっていく過程を得られる事は喜びだよ。それだけ大切な時間を共有してきた証だからね」
喜んでもらえて嬉しいけれど、下手でも良いといわれて少し複雑だよ。まあ上手ではないから仕方ないがね。




