16、そして日常にかえる
なんとか無事、帰り道は警戒していたトラップも無くダンジョンを脱出できた。
空は夕焼けで、緊張で空腹を感じる事なくダンジョンを進んでいたのだと気付いた。
「お嬢様!旦那様!ご無事ですか!?」
マリーに抱きつかれ安否を問われる。
「大丈夫です。怪我もないです。心配を掛けました」
「お怪我もなく、なによりです。落とし穴に落ちてしまわれた時はどうなる事かと不安でしょうがなかったのですが…、本当にご無事でなによりです」
とても心配をさせた事が申し訳ない。ジェダイド様を巻き込んだせいで帰りの道中、騎士達がジェダイド様に苦言を申し上げた場面ではとても申し訳なく身の置き所の無い気持ちになった。が、ジェダイド様は開き直って、共に落ちねば私が無事では済まないだろうと言って堂々としていた。婚約者を助けるのは当然の事だとも。やっぱり身の置き所の無い気持ちになったよ。
「マリー、怪我は無いがオランジュも慣れない命懸けの戦いに疲弊している。先に帰って休ませてやりなさい」
どうも、先に帰ってもいいようだ。だがダンジョンで集めた魔石は提出しておいた方が良いだろう。
「ダンジョンでムニ坊が拾い集めた魔石はどうします?提出しておいた方が良いのですよね?」
「アランは受け取っておけ、イリアはマリーと二人でオランジュを送るように」
「ジェダイド様、王都の門まで転移で帰れば街の中にはそうそうに危険は無いと思うのでイリアも護衛に残してはいかがです?」
普通に考えて騎士は私よりジェダイド様の方を優先するでしょうに。私を守る命令は今日、危険に飛び込んだジェダイド様にあまり出されたくはないだろうと思うのだ。態度や言葉には出されないが、不満は薄い灰色のもやが出てるからあるのだろう。とりあえず私は大丈夫とまだ仕事のあるジェダイド様に伝えておく。
「…はぁ、イリアも護衛に残ってよい。………まだ大丈夫なようだな」
ジェダイド様は昔、精神的なもので頻繁に体調不良になっていた頃を知っているので、少し過保護になる事もある。まあ、今日の事は夢に見そうな嫌な事の一つかもしれないので心配されるのはしょうがないがね。
「では鞄ごとお預かりします。」
「お願いします。…では先に帰っておりますね」
アランに鞄ごと魔石を渡してから、ミミックマのムニ坊を抱き上げる。マリーに近づいて王都の門へ転移した。
「ただいま戻りました。ジェダイド様は仕事を片付けてからお戻りになるそうです」
王都のジェダイド様の家に帰ってまず、執事に帰還報告する。
「お嬢様はまず、湯に浸かって下さい。ムニ坊も洗いますか?」
「ダンジョンの床を這っていたし、洗いましょうか…」
ムニ坊の手を掴んだまま自室へ戻りブーツを脱ぐ。浴室で服を脱ぎ、脱いだ服を籠に纏めておく。下着類も脱いで同様に籠に放り込む。
下着は前世の世界の現代と変わらないので、普通にブラジャーとパンツである。まあ、ブラジャーが必要なほどの胸の大きさは無いのだけれどね。エルフ族は貴族やお金持ちはブラジャーを使うらしく、私も淑女教育で使うように言われている。ライスの町に住んでいた頃は布を胸に巻くのが普通だった。胸なんてみんな大きくはないからそれで事足りていたようだった。それに比べてパンツはみんな紐パンツだった。男女問わず貧富の差も問わずみんな紐パンツである。最初は少し抵抗があったが慣れると気にならなくなるものだ。
風呂に入るという事で、まずムニ坊を洗うことにした。
私の介添えでマリーも一緒に浴室にいるのでまず石鹸をスポンジの様な物で泡立ててミミックマを洗う。泡だらけにしたら湯を掛けて泡を落とす。ムニ坊も抵抗せずに洗われていたので直ぐに洗い終わった。
「ムニ坊、先にお湯に入ってて」
「わかったー」
「ではお嬢様、椅子に座って下さい。頭を洗いますよ」
浴室は介添えの人がいる事を前提で作られているからか結構広い。
頭を洗われている時にふと思った。思えば髪も伸びたものだなと。前世の記憶を得た時は肩に付く位だったのに、今では腰に付きそうな程の長さだ。毛先はこまめに切って整えているが王侯貴族は髪が長いものってよく分からない決まりがあるらしく髪は伸ばすようにいわれたものだ。
長い髪は介添えの人がいないと洗うことも一苦労で難しい。そういう所も王侯貴族だから可能な事なのだろうか。
頭のついでに背中も洗い終えたらしい。あまりないが全く無い訳でもない胸を洗う。金柑くらいの高さのふくらみはあるもの。ちょっと張ってる感じがするがまだ大きくなるのだろうか。今の状態でエルフ族の平均のようなんだがね。
脇の下等の大人になると毛が生える部位はまだまだ子供のようで毛は生えていない。邪魔だから生えなくてもいいんだけれどね。何故か胸だけは大きくなっているのだろうか。エルフの種族特性を考えても変な話だ。
下半身は泡の付いたスポンジもどきを受け取って自分で洗う。
後は湯で洗い流すだけだ。
一応あるシャワーを使って、座ったまま泡を洗い流す。
「どうにか、すっきりしたね。マリーもお風呂に入った方がいいですよ?」
「まだ、髪の手入れは終わってません。浴槽に入っていて下さい。他にもやる事がありますのでそれが終わったら入浴させてもらいます」
そう言って、浴槽に入った私の髪にリンスのようなものをぬる。
「風呂上り後の支度はネリーが引き継ぎます。怖い子ではありませんのでしっかりして下さいね」
マリーはそう釘をさし髪を洗い流して、洗い物の入った籠を持って浴室を出ていった。
ネリーとは確かマリーの娘だったはず。顔はよく似ていると思ったものだ。
敵意をぶつけられるとかはないが、あまり話もしない間柄だ。つまりよく知らない人だ。苦手意識がでてくる。
「ねー、魔力ちょうだい」
四足歩行で寄ってきたミミックマのムニ坊を撫でて魔力を与える。湯のなかでもしっかりミミックマ常態を維持している。ちなみに四足歩行だとムニ坊は湯船に水没するので起き上がって訴えてきた。
そろそろ上がるかと、髪を絞りながら湯船からあがった。
タオルで体を拭き再び髪を絞って水気をとる。ムニ坊は浴槽から上がると体の表面の水分はすぐに吸収して部屋へ先に入って行った。
髪の水気がなかなか取れないが下着を着てバスローブを着て部屋へ戻る。その際、用意してあった室内履きも履いた。
「お嬢様、ソファーに座って下さい。髪を乾かします」
ネリーに勧められソファーに座る。手前のローテーブルには化粧水や乳液などの基礎化粧品が用意してある。これは使えって事なのかな?それともやるから手を出すなって事なのかな?私が判るのは化粧水と乳液、保湿クリーム位だ。後はなんかよく分からないものが並んでいる。
とりあえず判る物だけ手を出して後はお任せでいいか…。私の女子力の低さが判る感じだな。
ネリーに髪を乾かして貰っていた事は覚えている。特に会話もなく淡々と仕事を済ませていたのも覚えている。しかし、いつの間にか私は眠っていたようだ。マリーに釘をさされていたのにダメだったようだ。体のあちこちが痛い。約束された筋肉痛もきたようだ。
私にはブランケットが掛けられ、ローテーブルの化粧品は片付けられて、着替えが置いてあった。カーテンは閉じられ、窓の外は暗い。今更のように空腹も感じる。今何時だろうと部屋の時計に目をやる。8時半前だった。とりあえず、着替えておく。
体が痛くて少し動きが緩慢だが着替えることはできた。ムニ坊が側で手伝ってくれたしね。寝間着ではなく普通のワンピースだったよ。
やはりお腹が減っている。昼も食べていないのに夜もご飯を抜くのはちょっと辛い。これでもまだ成長期なのでね。百歳越えであろうとハイエルフとしてはまだ子供で成長期なのだ。
季節問わず促成栽培をしていて、よく余っているスイカでも切ってもらおうかな。あれは水分が多い分お腹に溜まる。相応に尿意も催すがね。
部屋を出てムニ坊と一緒に厨房へ向かった。
ジェダイド様の家はやっぱり広いと思う。魔道具で夜になれば明かりが灯される。それでも薄暗く感じる大きな屋敷は慣れたがちょっと怖い。エルフの郷の田舎では魔道具があっても日が暮れたらさっさと寝るのが普通だ。この世界では幽霊はアンデット系の魔物に分類されている。それでも本当に出る時は街中でも出るのだ。この世界では死者は火葬が推奨される所以だ。
なにが言いたいかというと、夜の薄暗い廊下は普通に怖かった。そして、使用人の誰にも出くわさないのもやはり怖かった。
ムニ坊のむにむにとした手を握る。ダンジョンの時程、怖くはないが人気のなさは少し不気味に感じられた。
「…お嬢様、どうされました?」
急に声を掛けられビクッとする。思わずムニ坊の手を握り締めてしまったが、ムニ坊の手は特に形が変わってはいない。ムニ坊は頑丈にもなったものだな。
「マリー、驚かさないで。………少し、お腹が減ってしまってね、厨房に行こうかと思ったの」
「食事の用意ならば部屋付きの者に声を掛けて下されば良いでしょうに…。また人見知りをされたのですか?」
正直に言うと部屋付きの存在に思い当たらなかったのだが、それを言っても叱られるきがする。
「………」
とりあえず、黙秘した。ムニ坊も空気を読んだのか黙って私と一緒にマリーを見上げている。
「お嬢様は、厨房ではなく紅葉の間へどうぞ。ジェダイド様もお帰りになられています。埃を落としてから夕食を頂くので少し待ちますが、いつも通りお二人で召し上がる事ができますよ」
マリーは少し溜息を吐いてから、そう勧めた。
紅葉の間で待つ間はミミックマの白いお腹を撫で回して過ごした。小さくて丸い熊耳と熊尻尾も魅力的だが白いお腹もやはり魅力的だ。
「よく撫で回しているね。そんなに良いものなのかい?」
「つるつるのムニムニで良い感触なんです。ふわふわのモコモコも魅力的ですが布団の毛布でも事足りますので、つるつるのムニムニはもムニ坊だけなんですよ」
ジェダイド様も風呂で汗を流してさっぱりしてきたらしく、機嫌は良さそうだ。
その後、日常の話ををすこしして遅めの夕飯を食べた。今日のメニューは季節の野菜の温野菜サラダに、オニオンコンソメのスープ、キノコのリゾット、味噌焼肉のソテーにデザートは例のスイカを一口サイズにカットしたものだ。
「スイカが季節問わずよく出るな…」
「結構、甘くなりましたよね。砂糖が要らないくらいには…、個人的にはもう少し甘くしたいのですがね。促成栽培でたくさん出来ますので、イチゴより食べでがあって消費が追いつきませんね…。いっそジュースかアイスなどに加工して保存できませんかね?」
少し遠くを見るような表情で語り合う。でも実際イチゴの時は問題にならなかったのだがスイカは一つが大きいし、一株で二つ、三つも出来れば消費が苦しくなってゆく。
「アイスはともかくジュースでは保存がきかぬだろう。いっその事もっと多く作って酒にでもしてみれば良いかもな。甘みのある作物は酒にもしやすいときくし…」
まあ、甘く出来たものは種を採っておくので増産も可能と言えば可能だ。私の促成栽培の技術も成長し結構なれてきて栽培可能な面積が順調に増えた事もある。
「それはそれとして、大丈夫か?」
「筋肉痛がしますが、まあ当然かと…」
身体強化の副作用問題かと認識して答える。
「それは日常的に身体強化魔法に体を慣らしておきなさい。…精神的には大丈夫なのかね?」
疲れて2時間位寝てしまったが、特に悪夢は見なかった。今のところ少し暗闇が怖いかなっていう、昔からある不気味なものを恐れる一般的な心だと思う。ので、そう伝える。
「今のところ、いつもどおりだと思います。暗闇が怖いのは、幽霊などの見えないものを怖がる事と同じだと思うので…」
「光と地の精霊に近い君が幽霊が怖いというのも、変わっているがまぁ、いつも通りか」
光属性魔法は日常の明かりからアンデットの浄化まで色々あるが、基本的に攻撃には向いてないとされている。雷は光じゃないのかって?雷は光と風の複合魔法なのだ。ジェダイド様は使えるが私には使えない。そういうことだ。
長く感じた一日だったが皆、無事に帰ってくる事ができたよかった。




