表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャイアント・ハンズ  作者: 倭人
第一章 胎動編
7/56

7.ブルー・トリム

「いやーな奴……」


 ヨーコが小声でぼそっとつぶやく。


「ねえ、甚命機動救助隊って、あんな奴ばっかりだったらどうする? そもそもクラッチはなんで甚命機動救助隊に入りたいのよ?」


「カッコイイじゃないか。流れ出る溶岩流が住宅街へ押し寄せる、リゾネーター使いが暴れている、テロリスト達が発砲爆破してる。そんな危地へ先頭切って飛び込んでいって困ってる人達を助けだす!」


「でもそれだけ?」


「それだけって、お前、困った人を前にして助けたいって胸に突き上げてくるのは理屈じゃないだろ? 自然とあふれ出るもんだろ?」


「それだけなら消防士でも警察でも良いんじゃないの? 甚命機動救助隊でなくたって、いいんじゃないの?」


 クラッチは黙り込んだ。

 少し考えてから意を決して胸元を探った。中から小さなペンダントを引き出す。そこにはコバルトブルーに輝く八面体の宝石がしつらえてある。


「ブルートリムって言うんだ」


 そう言ってクラッチが念じると、ブルートリムが光り出す。そして同時にレッドペッパー・レフトハンドがクラッチの前に現出する。


「実は小さい頃、もっと大きなブルートリムを持っていたんだ。俺はそれを無理強いされて、この小さいのと交換されちゃったんだ」




 クラッチが七歳の時だった。

 クラッチは、その瞬間に何が起きたのか分からなかった。

 パジャマ姿で自室のベッドに座って、手にしたブレスレットを見ていたはずだった。

 長く幅広のそれはクラッチの腕には大きすぎて、はめてもぶかぶかだった。けれどもそれはクラッチが奥地で祖父に『発見』されたとき、一緒に置かれていたものだった。いつか、自分が何者なのか分かるかもしれない、ただひとつ残された手掛かりで、そのブレスレットは金地に彫紋が施され、7つの平板をしたブルートリムが据えられていた。

 そのときは、夜明け間近の頃だった。どうしたわけかクラッチは眠りから覚めた。起き上がりベッドに腰掛けてぼんやりしていた。そのうち枕元に置いていたブレスレットを手に取り腕に通して見ていたらブルートリムが輝きだした。その瞬間、ベッドの上にいたはずのクラッチは吹き荒れる突風の中にいた。

 そして目の前に女性の姿をした天使が居たのだ。大人と言うにはまだ子供らしさをどこか残したような、穏やかな笑みを浮かべていた。




「天使? クラッチ、五歳にして怪しい宗教団体に足突っ込んだとか?」


「それじゃあ今度教団本部に拉致してやるよ」


「やだ」


「まあそう言わずに」


「与太話はどうでも良いから、先、続けてよ」


「うーん、その人を見て何となく天使って感じたんだ。ヨーコはそういうことないか? 誰かを見て、ぱっと閃くこととか」


「あー、見ず知らずの人とすれ違いざまに、ああ、この人と自分は結婚する運命なんだって唐突に閃いちゃうっていう、アレ?」


「……うーん、そういうのかもしれない……お前、そんなこと感じたりするの?」




 彼女の背中に白い大きな翼は無かった。でも凜とした不思議な気品があって。もっともそれは神様とするには偉すぎるような気がした。それで、翼は無くてもやっぱり天使が良いとクラッチが勝手に思ったのだ。


「見て」


 彼女の呼びかける声は吹き荒れる風に切れ切れな音だった。

 天使は手を上げようとしたが、風圧で手が上がりきらない。

 プラチナのロングヘアも、強烈な風に荒々しく吹きさらされていた。

 強風の中、天使の白く細い腕もこの風圧には抗えないようだった。でも天使が見てと示そうとした方角を、水平方向から上にかけてクラッチは目だけで追った。

 顔や手足に吹き付けてくる風が痛い程寒かった。

 クラッチの瞳に大パノラマが映った。

 水平方向に、鮮やかに青く輝く大空が広がって、遙か遠くに白く小さく輝く一円がある。

 太陽だ。

 更に頭上の方を目で追うと、そこには大河がうねり、細かな皺のような山並みに降り積もった雪がキラキラと輝く。

 自分達が住まう大地が、遠く頭上の彼方にある。

 慌てて、風に乾いた目をしばたかせ、足元の方を見た。足元の方は暗く、星が見える。

 クラッチは天使と共に、宇宙から地表へ向かって真っ逆さまに墜落していたのだ。


「うわあああああああ!」


 クラッチは驚き手足をばたつかせた。


「大丈夫。私が一緒にいる」


 天使がクラッチの片手を握って引き寄せた。


「でも、このままでは二人とも地上に激突して死ぬ。あなたのブレスレットを貸して欲しい」


 天使の胸元が光りを帯びた。淡く静かな青い輝きだった。

 天使の胸元にブルートリムのペンダントが下がり、それが光りを帯びだしたのだ。




「女性の胸元を覗き込むなんて、七歳にして盛ってるねー」


「七歳だぞ、七歳! 普通そんなよこしまな考えチリとも浮かびやしねえよ」


「そっか、七歳でよこしまになってたのかぁ」


「よこしまから離れられないんなら、今度草むらに拉致してやるよ」


「ハナからそんな度胸無いくせに。いいからさっさと続きを話しなよ」


 ヨーコの混ぜっ返しに行きつ戻りつする理不尽さに耐えながら、クラッチは続けた。




 天使の胸元でブルートリムのペンダントが光りだすと地表への落下速度が緩み、緩やかな降下へと落ち着いていった。吹き付けてきた風も収まってきた。


「でも、このブルートリムの小さなペンダントでは力が弱くて、速度は緩められても地上に落ちることは止められない。あなたのブレスレットは戦士の力を持つブルートリム。それを私に貸して。戦士のブルートリムはもっと強い力が出せる。私達は助かる」


 クラッチは助かりたい一心で頷いていた。

 天使がブレスレットを手にすると、ブレスレットのブルートリムが強烈な閃光を放ち、気付いたとき、クラッチは元の自分の部屋に戻っていた。

 天使は胸元に下げていたブルートリムのペンダントを外してクラッチに手渡した。


「私はルミ。戦士のブルートリムを借りていく代わりに、これを預けていきます」


「あの……それがないと困るんです。俺は爺ちゃんに奥地で拾われて、そのとき一緒に置いてあったのがそのブレスレットなんです。たぶん、俺がどこの誰か分かるただひとつの手がかりだから大事にしろって言われてるんです」


「もらうと言ってるんじゃないの。いずれ返すわ。だからそれまでは、私にとって大切なそのブルートリムを預けていくから。そのとき交換するわ」




 そしてルミはクラッチの部屋から忽然と消えた。以来七年経ってもルミは現れない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ