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ジャイアント・ハンズ  作者: 倭人
第一章 胎動編
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6.スナッカーズボーイ


 ヨーコがぶんむくれて、床に投げ出した両足を子供のようにばたつかせて、精一杯オレンジ色の声を張り上げて抗議する。


「だーかーらー! 私らは被害者だってーの! 手錠をはめられるなんてことは、なんにもやってなーい! 外せってーの!」


 クラッチ達を見下ろしながらスナッカーズ(棒状のチョコ菓子・高カロリー)をおやつ代わりに囓っている少年は、ヨーコよりも小柄で身長は160cm前半くらいだろうか。色白で頬にそばかすの浮いた顔つきは中学生だ。何より頭にかぶった銀色金属フレーム製のヘッドギアが少年の小さな頭とサイズが合わないらしく、クラッチ達が逮捕されヘリコプターへ乗せられる間も、しばし位置ズレを直していた。それを見て、こんなボーヤ与しやすしとばかりヨーコは手錠を外せ、ちゃんとした座席に座らせろとまくし立てている。


 少年の方はしまいに額へ癇筋を浮かべてうるせえ黙れと言い返した。


「お前らは容疑者だ。即、豚箱にぶち込まれないだけでも有り難く思え!」


 目一杯口汚く罵るのは本人の精一杯な虚勢か。けれど声変わりすらしていなさそうな少年の声で強がっても、微笑ましくなるばかり。笑っちゃいけない、丁重にとクラッチは質問した。


「ねえ、君。質問なんだけど留置所送りにならずにヘリコプターで輸送されるのって、ただ事じゃ無いと思ってるんだけど……」


 最後までクラッチに言わせず、少年はブチブチと癇筋を浮かび上がらせ、不機嫌を声にまぶし付け怒鳴った。


「ヤイコラ、お前ら! やっぱり誤解してるようだから先に言っておく。俺はお前らより年上だからな! 一八歳だ!」


「……ウソ……」


「おい女、その心底意外な顔はやめろ! 慎め! 年上を敬え!」


 クラッチもあまりのことに驚きを口にしかけた。


「でも声変わり……」


 ビクトルにギロリと睨まれ、それ以上はあははと笑って誤魔化した。


「あの、口の端にチョコが付いてます」


 クラッチの敬語使いに、見た目少年は改まってぺろりと舌で舐め取ってカカカと笑った。感情は瞬間湯沸かし器でも理性は急速冷却装置付きなタイプらしい。


「俺は甚命機動救助隊第二小隊のビクトル・フォスターだ」


 ビクトルは残るスナッカーズを口に放り込むと、ムシャムシャ咀嚼しながら袖の腕章を誇らしげに見せた。


 途端、甚命機動救助隊に憧れるクラッチの目がキラリと光った。


「……お……おおおお!」


 見まごう事なき、甚命機動救助隊の腕章にクラッチは目をむいて反応する。


「よーし。おまえは帝国一般市民として正しい反応だな。その羨望のまなざしが心地良いぞ」


「えらっそーに」


 ふんぞり返るビクトルを歯牙にもかけないとヨーコが文句を続けるが、クラッチの目の色はもうそれどころではない。見た目は小さくとも、甚命機動救助隊の隊員を生で見るのは初めてだったから。


 収容された大型輸送ヘリコプターは警察のものでも軍用のものでも無かった。クラッチはもしかして甚命機動救助隊のヘリコプターかもしれないと想像していたが、それにしては自分より年下に見えたビクトルがまさか本物の甚命機動救助隊とは思えずにいた。


「本当に甚命機動救助隊なんですね?」


「当然だ! 出向の身だけどな」


 クラッチはもう羨望のまなざし一点張りでいて聞き落としていたが、ヨーコは出向という言葉に少しばかり反応していたようだった。


 ヘリコプターには、他に前方コクピットに操縦する女性パイロットと技術者らしい男がいるだけ。たった三人しか乗っていない。もっとも、女性パイロットが身分証を示すと、駆けつけた警官が全員敬礼していた。


「フォビー、子供相手に遊んでないで。さっさと、状況説明してやって! 全速で飛ばしてるんだから、10分もすれば現場到着だよ!」


「分かってるよ、姉御」


 女性パイロットに文句を言われて、ビクトルはぞんざいに返す。


「今のが元帝国陸軍近衛師団のレニア・フォルスター少佐。俺の従姉にして上司。足を負傷して今は甚命機動救助隊に出向してDAHSコマンダーを勤めている」


 ビクトルが親指で指し示す操縦席のレニアは、見た目子供のビクトルと違って標準的な女性より少し背が高めな上、コンバットスーツ越しにも肩の張りや腕っ節に鍛えられた体つきなのがわかる。名前のレニアという赤の大輪の花の名そのもので、華やかなオーラをまとっているが、頬には大きな傷跡と足元に杖が横たえられている。


「今現在の状況だ。ルプソールダムをガルディア解放戦線のテロリスト達が襲撃し、守備警戒していた帝国軍が交戦している」


「ルプソールって、目と鼻の先じゃないですか!」


 ガルディア自治州の分離独立を要求する過激派が帝国内でテロ行為を行っているのは新聞テレビでも知っていた。けれどガルディア自治州はここから遙か2000kmも東方の遠隔地だった。一方ルプソールダムのあるルプソール山域は、クラッチ自身がワンダーフォーゲル部の合宿で入り浸っていた、言わば自分の『日常生活圏』だった。そこへ警察どころか帝国軍までが出動・交戦しているという。異常事態が現実に今、自分の近辺で進行している、何かこわばりのようなものが全身に迫るようだった。


「おまけに、テロリストに異形やリゾネーター使いが混じっているとの連絡で、甚命機動救助隊に出動要請が来た」


「ビクトルさん、ちょっと待ってください。軍が出動するだけでも一大事なのに、リゾネーターまで現れたテロですか?」


 ビクトルが頷いた。


「そうだ。だが、既に同時多発的にテロが発生していて隊もほとんどもぬけの殻状態だ。ルプソールダムへは、残る俺達三人だけで出動と相成ったが……」


「なんだ、あんたリザーブなんだ」


 駱駝色なつまらなさ漂うヨーコの声に、またビクトルの眉がつり上がる。


「アホウ! 俺と姉御は第二小隊のエースで、最後の切り札だ! 場の雰囲気を考えて発言しやがれ!」


「状況説明が長すぎて、私は暇なんだい! 20字以内で言ってよ」


「戒厳令すら出かねん事態に、今現場急行中だ」


「おー、やればできるじゃん!」


 緩慢なヨーコの拍手に、つい翻弄されてしまったビクトルが額に癇筋を浮かべている。


「で、戒厳令すら出かねないこのクソ忙しい非常時に、町でリゾネーターを使ってチンピラ相手に暴れているバカヤロウがいると通報があったんだ。間違いのないよう、よくよく言い聞かせてやろう。バカとヤロウとはお前とお前だ!」


 ビクトルはおおげさにふりかぶって、スナカーズの空き袋をつまんだ手先でヨーコとクラッチを順に指さした。


「下っ端も全部出払ってるから、仕方なくエースの俺が真打ち登場と喝采浴びて、袖幕から花道を颯爽と行きかけた。そしたらムダな寄り道をさせやがって、てやんでい、こんちくしょうの……」


 パイロット席のレニアが声を張り上げる。


「こーら、フォビー! 芝居がかってまた話しを発散させてんじゃないの!」


「わかってる! いいか、ともかくこっちは忙しいんだ、時間が無い! テロリストを退治するまで、お前らは後回しだ。それまでここでおとなしくしてろ、以上だ!」


「ねえビクトルさん、コンガーは大丈夫? 病院と連絡は取れないかな?」


 クラッチとヨーコは、ランザらが逃げたあとも、ただ鈍くさくその場に留まっていたわけではない。全身火傷に顔面裂傷のコンガーを二人で抱えて病院へ連れて行こうとしていたところをビクトルと警官隊に身柄を拘束された。コンガーは到着した救急車で運ばれていったきりだった。


「人の心配より自分の心配をしろ」


 ビクトルがクラッチをぎろりと睨み付けた。


「これから行く先は戦場だ。全身火傷の坊主は、病院で然るべき手当をすれば治る。だが、腕がもげたり目が潰れたら治らない。俺達が今向かっている先はそういうとこだ。分かったらおとなしくしてろ」


 結局、ビクトルはクラッチの質問もまともに取り合わず、前方コクピットの方へ行ってしまった。


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