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ジャイアント・ハンズ  作者: 倭人
第一章 胎動編
3/56

3.スコア2700

「やったぜクラッチ! カッチョエエ!」


 はしゃぐヨーコに対して、クラッチの方はそれきり深呼吸して、気負った顔を緩めた。


「ああ、お願いだ、待ってくれ、あんたたち。見たろ? 俺のリゾネーターは射程距離がべらぼうに遠いんだ。10m離れた場所にも現出する。ナイフじゃ到底、俺に届かない」


 そしてクラッチはこれ以上争わないことを示そうと、自身のリゾネーターを消した。言葉使いもフレンドリーに、努めて物腰は低くして。


「だからさ、今なら他に誰もいない! ほら、ここにいるのはあんたらだけだ! 俺、暴力は嫌いだ。見失ったことにして、俺たちを逃がしてくれない? その方がお互いのためになる。win・winってやつだよ」


 二人のヤンキーは顔を見合わせた。


「こらー、クラッチ! 何を悪党相手に下手に出てるー! 姑息な取引するなー! 正義を振るえ、悪党どもをぶっ飛ばせ!」


「だから、ヨーコは黙ってろって!」


 だがヤンキーの怒りは収まりそうになかった。あきれかえった軽蔑のまなざしを向けている。


「何言ってやがる。先に手を出したのはそっちじゃねえか。話もせずに、話を聞こうともせずに、駆けつけざまにいきなりアニキをリゾネーター使って殴り倒して。こっちが止めても一方的に三人も立て続けに殴り倒しやがって。どこがwin・winだ?」


 あれ? とクラッチの顔つきが変わる。

 クラッチは眉間にしわを寄せて思い出そうとして、それから焦りの表情を浮かべだした。


「……そう……だったっ……け?」


「とぼけるんじゃねぇ! 言ってることと、やってることが全然違うじゃねえか! 何が暴力は嫌いだ!」


「……いやあ、三十人からの人がいる中、中学生が一人で突っ込んでいったから、無我夢中だったって言うか……分かるでしょ? 死にものぐるいだったって……」


「クラッチ、後ろ!」


 ヨーコのかすれた声に視線を移すと、エンジン音とともに群れるバイクの一団が殺到し、ヤンキーたちが十人二十人とバラバラ降りて、手に手に得物を持って身構え出す。

 殴り倒したアニキが額にかん筋浮き上がらせてクラッチへ迫る。


「話し合いもナシに一方的に人を殴ってトンズラとは、見下げ果てた野郎だぜ」


 ヨーコが小声でクラッチへささやく。


「ねえ、何をそんなに慌ててたの?」


「こっちにも事情があるんだ、いろいろ。さっさと切り上げないと大変なことになっちゃうから。ヤンキーさんたちが……」


 途端アニキがブチ切れた。


「うるせえ! くっちゃべってるんじゃねえ! 人の風上にも置けねえとはお前みたいなやつだ。二人ドラム缶の中へコンクリ詰めにして海に放り込んでやるぜ」


 ヨーコがヒッと小さく悲鳴を上げる。でも、囲まれたところでクラッチの目つきが据わった。さっきまでの下手から変わって、クラッチは腕を伸ばし、ヤンキーどもを指さした。


「さっき、あの二人にも言ったけど、あんたと仲間を殴り倒したのは謝る。でも手打ちにしてくれないか。こう言うとあんたらが怒るとは分かっているけど……あんたらのためだ」


「何、なめたこと抜かしてやがる! リゾネーター使いだろうが、たった1人だ。虎を狩るには大勢のチームワークで仕留めるってものよ」


「そういうことじゃないんだ。虎どころじゃないやつが来ちまう前に解散して……」


 クラッチはそこで吐息した。ああ、来ちまったと小声でつぶやいた。

 クラッチはヨーコを抱えて逃げていた。けれどそれは自分たちが逃げることも目的にあったが、ヤンキーたちを死地から引き離そうとしたからでもあった。

 暗がりから身長194cmの巨体が現れた。クラッチは苦虫をかんだ。それでもとアニキへと警告した。


「ダチのコンガー・グランド。スコア2700点台のリゾネーター使い。陸軍特殊部隊の父親に小さい頃から身体もビルドアップされている熊……もといサラブレットだ。この辺でお互いに引き上げないか?」


 クラッチの思案はせめてこの紹介でヤンキー衆が用心して手を引いてくれればとの思いがあったが。アニキを含め、コンガーの方をチラ見しただけでヤンキー衆はクラッチへの因縁を晴らすことに固執した態で、ジリジリ歩み寄っていく。一方でヨーコは現れたコンガーにうれしくなって、のんきに手を振っていた。


「コンちゃんまで来ちゃったのっ?」


 頓狂なヨーコの声に、呼ばれたコンガーはじろりとヨーコを一べつした。


「受験生が不良とお遊びなんて、良い御身分だなヨーコ」


「違うよ! あたし、遊んでなんかいないよ!」


 手をばたつかせ首を左右にぶんぶん振って。次に今日ここに至った経緯を時系列無視の思いつくまま、まくしたてる。そんないつものヨーコのパターンを見透かして、コンガーは手を突き出し途中で遮った。


「お前はうるさいから黙ってろ。あとでパフェをおごってやる」


「プリン付きのやつで黙る」


「好きにしろ」


「よし分かった。黙る」


 ヨーコはほっぺたを膨らめぱくっと口を結んだ。


「金持ちは懐柔も楽で良いよなー。イッパツで黙らせられるもん」


 コンガーはクラッチを指さした。


「俺が行くまで待てと言ったはずだ」


「いやあ、お前が出る程のもんでもなかったし……」


「だったら、虎と言われたくらいには悪党どもをぶちのめせ」


「ああ、でもあんまり事を荒立ててもなあ……」


「研究薬品の横流しに、仮にそうでなければ詐欺行為。犯罪者どもだ、お前も国立を目指すなら、悪を見て見ぬフリをするな。お前の信念に正義はないのかっ?」


 クラッチとコンガーの会話の間にもヤンキーどもが一斉にクラッチとヨーコに飛びかかっていった。

 コンガーが膝を曲げて腰を落とし身構えた。大きく振りかぶる腕に両手手の平を開き、胸元で合わせると青白い光を帯びながら、一瞬辺りの空間がゆがんだかのように曲がって見えた。コンガーの手の平先に大気が引き寄せられ圧縮していく。


「せいっ」


 気合いとともに圧縮空気が手の平からはじかれると、引き裂くようなごう音とともにヤンキーどもに瞬時に命中。30人からをまとめて吹き飛ばした。クラッチは吐息していた。


「……正義にかこつけるやつって、容赦ないんだよな……」


 全員折り重なって倒れ、嫌な方向に手足が曲がったもの、烈風に切り裂かれ血まみれになった者、かすかにうめき声を上げる者もいたが、暗闇に三十人近い人間が塚のように折り重なって動けずにいる様は近寄り難い不気味さがあった。残っているのは最初にクラッチを追いかけていた二人だけになった。二人はすっかり血の気が引いている。


「おいクラッチ、元々はお前が一緒にヨーコを探してくれと誘ったんだ。俺一人にやらせないで、シメくらいはお前がやれよ」


 コンガーの声には格別な満足感も嫌悪感もなく、この程度のことをと色すら帯びていない。


「別にリンチをしろと言っているんじゃない、逃げられないように両足を折っておけ。ナイフで脅されたんだ。その程度は正当防衛だ」


「お前怖いよ」


「帝国は法治国家だ。あとは警察に連絡してしかるべき司法手続きにのっとって処分だ」


「それに変なとこで硬いよね」


「処分は正しい法の下で行使しなければならない」


「三十人近く瞬時にノックアウトして、もう処分しちゃったじゃん。とても司法とか言えた義理じゃない気が……」


「正当防衛だ」


「うーん、まあ俺ら助けてもらった身だから、あんまり言いたてないけど」


「じゃあ、俺はもう帰る。勉強で忙しい。必要だったら電話で……」


 背を向けさっさと行ってしまうコンガーに、ふと気付いたヨーコはパフェー! パフェー! と放心したように呼びかけるが。クラッチはヨーコに耳打ちする。


「あいつ仏頂面してごまかしているけど、実はヨーコが何やら怪しげな薬の買い付けに行ったって話したら、血相変えていたんだぜ」


「へえー」


「その勢いのままで三十人ぶっとばしちゃったのさ。あれこれへ理屈述べ立てて、照れ隠しをしているけどさ」


「コンちゃん恥ずかしがり屋だもんね。ニシシシ」


 コンガーは聞こえよがしな背後のささやきに、忌ま忌ましげに口をへの字にしていたが。ふと、コンガーが様子を改め立ち止まった。


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