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ジャイアント・ハンズ  作者: 倭人
第一章 胎動編
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2.スコア100未満

「だからさ、リゾネーター能力をupさせる薬があるんだよ。有るところには有って……」


「お前たった今それをヤンキーさんたちにだまされたばっかりで、まだ言うか!」


 そもそものことの起こりがそれだった。

 どこからかヨーコが聞きつけてきた。リゾネーターの能力をupさせる薬が開発された。その横流し品が裏でまわっていると。世間は強力なリゾネーターを手に入れて身を守ろう、あるいは悪用しようと画策するやからにつけ込む犯罪も多発している。ただ、中身がただの小麦粉ならばまだしも、麻薬を混ぜて気分をハイにさせるだけの危険なまやかし物なのだ。ヨーコはそんな薬を手に入れようと指定されたこの倉庫街の一角に出向いてきた。

 それと聞いたクラッチが、ヨーコを助けようとはせ参じ、ヨーコを担いで脱出してきたところだった。クラッチの肩に、しょげたヨーコの重みが伝わる。


「ごめん。でも、クラッチはコンちゃんと一緒で国立に行きたいんだよね?」


 クラッチは、やっぱりと、唇をかんでいた。ヨーコがわざわざそんな危ない橋を渡って薬を手に入れようとしたのはクラッチのためを思ってのことだった。


「……ああ。行きたい」


 国立機動救助養成高等学校。その卒業生こそは甚命機動救助隊に入隊できる。

 ジニウス帝国では、巨大地震や台風、リゾネーターを使ったテロ事件の現地救助活動と治安維持を先遣組織する隊として甚命機動救助隊を擁していた。

 クラッチは甚命機動救助隊に憧れていた。災害現場でがれきの中へ率先して人々を助け出し、リゾネーターを使うテロリストたちの暴力を鎮圧する姿をテレビで見て、自分もああなりたいと思っていた。自分もリゾネーター能力を災害救助に役立てたらと望んでいる。


 けれども国立校はリゾネーターグレードテストでも全国トップレベルスコアラーでなければ入学できない。国立に合格するためには、スコアが1000以上なければならない。中学三年のクラッチは、来年二月の国立受験を目指しているが、クラッチはスコア100にも届かない。

 100未満という数字が意味するのは、クラッチは抗体がない、すなわち思念体に感染していない、リゾネーターが使えない、測定誤差レベルということ。今、肩に担いでいる蛍の光程度のリゾネーターしか出せないヨーコですらスコア200台なのに、スコア100未満では、世間から記念受験と軽蔑されるレベルでしかない。

 でもヨーコはクラッチを励ます。


「リゾネーターグレードテストがおかしいだけだよ。現にクラッチはヤンキー衆をペッパーレッド・レフトハンドでぶっとばしてるじゃん。それくらい強いリゾネーターを出せるんだもん」


 ヨーコが言うように、クラッチはリゾネーターを現出できる。しかも人間を吹っ飛ばすほどの威力があり、スコア1000以上があって当然のレベルなのだ。しかしなぜかテストでは数字が出ない。三年間、どんなにリゾネーター現出の練習をしても、どうしても結果が、数字が出てくれない。上がらない。だが、国立校はあくまでスコア1000以上を求める、以上!


 だからクラッチは最近、少しばかり空を仰ぎ見る日が続いていた。

 達観って嫌だなと思う。努力で突き抜けてみせると信じていた中学三年間だった。でも現実には点が伸びなかった。自分は努力を間違ったのか。初めから甚命機動救助隊を目指すこと自体が間違っていたのか。


 でも、かっこいいんだなあと、クラッチは夢を捨てきれない。

 災害に遭って困っている人を救い出し、無法なリゾネーター使いを力でたたき、ねじ伏せる甚命機動救助隊。ニュースや写真を見るだけでも、都度クラッチを身震いさせ陶酔させるヒーローたちの中に、どうしても自分も加わりたかった。

 自分もああなりたい。自分のリゾネーター、ペッパーレッド・レフトハンドを使ってあの人たちと一緒に、仲間として、さっ爽と活躍したいと夢に抱いて。でも、その願いは半年後に迫っている国立校試験でついえてしまいそうだ。クラッチの青みがかった銀色の瞳が沈んでいく。

 ヨーコはそれをいつも見逃さない。


「あーまた落ち込んでる! だーかーらー、クラッチはすぐネガティブになるなってーの!」


 手でクラッチの金髪に近いブラウンの髪をわしづかみにして、クラッチの頭をぶゆんぶゆんと揺さぶる。


「前向けぇクラッチィ! クラッチのリゾネーターは実際コンちゃんに迫るもん。コンちゃんがスコア2000以上出てるんだもん、クラッチだって1000は絶対超えてる! おかしなリゾネーターグレードテスト結果を信じる世間が間違ってる!」


「それを言ってくれるな。それで話が通りゃ、世の中苦労はしねえ。よよよよよ」


「そんな世間に負けた?」


「よよよよよ」


「アハハハ」


 二人が馬鹿を言い合っている間にも諦めずに走りすがってきたヤンキー三人が、すぐ背後に迫ってきていた。


「クラッチ、すぐ後ろに三人来てる!」


「おうっ」


 素早くその場ターンで向き直ると、追ってきた三人は手にナイフを持っている。

 クラッチはヨーコを担ぎ上げた両手を離せない。けれど目線で三人の位置を素早く確認すると体の向きをわずかに揺らした。

 夕日にクラッチの半身が陰る。

 まだ5mほども距離はあるが、三人が慌てて立ち止まった。

 クラッチが念じると、周囲の大気が水面に波紋が広がるようにざわめき揺らぐ。

 するとヤンキー一人の眼前にクリムゾンレッドの光が淡く、ぼんやり浮かび上がる。明るさを増すとコイル状の光の束をかたどっている様があらわになっていき、ゆがみ変形すると右手の形にかたどられていく。それがクラッチのリゾネーター、ペッパーレッド・レフトハンド。物質としてモノが実在しているわけではなく、強力な精神エネルギーが可視化して現れたもの。

 クラッチのリゾネーターは、クラッチから遠く離れた距離でも現出する。その精神エネルギーが右手の形をした波打つコイルとして見えている。クラッチが脳裏で念じると、ペッパーレッド・レフトハンドが指を曲げ、拳を握りしめる。


「ガッツ!」


 クラッチの掛け声で、自身も右拳を振り抜く動作をすると、ペッパーレッド・レフトハンドの握り拳がヤンキーの顔面を殴りつけた。殴打の衝撃でコイルが細かく伸縮振動し、一方のヤンキーは打突で数m先まで水平に一直線に吹っ飛んだ。ヤンキーは傍らに積み上げてあった空ケースの山に突っ込み、崩れたケースの山に埋もれて動かなくなった。


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