加速する誤解
「では、これで失礼するぞ。我々は、この国に新しい産業を興さねばならないのでな」
「新しい産業って何よ?」
「ショウタの発案でな、コーヒーやカカオを作るのだ。それでショウタ、貴君はどうする?」
ショックで腰砕けになりながら、俺はオウカのロケットおっぱいから顔を上げた。
「そうだな。コーヒーとカカオは後で指示書を作るとして、俺は南向きの漁村で、ミカンを作れる場所を探したいな」
「何故、漁村でミカンなのだ?」
「ミカンは太陽を当てれば当てる程甘くなるからな。南の海沿いに石垣を作って、その前にミカンを植えると、一日中太陽が当たるし、海と石垣の照り返しで三倍の太陽が当たって、いいミカンができる。マルチシートとつづら折りの道からも反射すれば五倍になる。段々畑にするんだ。それを、パシクブランドのミカンとして国内外に売り出したい」
「ほう、それはいいな」
「今まで周った漁村に行って丘を見繕って、漁師の副業として、もしくは漁村に住んでいるけど漁師に向いていない人にミカン農園をやってもらいたい。漁村なら肥料の海藻と魚はいくらでも手に入るしな。ただ、種から育てると実をつけるのに数年かかる。国内のミカン農家からミカンの木を直接分けてもらって漁村に移転させよう」
「ミカンなら、うちの村でも作っていますよ」
「ちょうどいい。じゃあナナミの村で木を分けてもらえないか交渉してみよう」
「任せてください」
ナナミが自信たっぷりに胸を張ると、ミイネが酷く悪い顔をする。
「なら、ワタシも連れて行きなさい」
「え?」
「こんなところにいたら息が詰まるわ。監視でもなんでもつけていいから、一度外に連れて行きないよ」
オウカの瞳が、ギロリとミイネをねめつけた。
「そんなことを言って、逃げる気ではないのか?」
ギクリン、とミイネは肩を跳ね上げた。わかりやすい子だ。
「にに、逃げないわよ。それとも、こんな小娘に逃げられるほど、貴方たちは迂闊なの?」
「私たちをバカにしてるのですか!?」
「バカにしてるのはどっちよ? 一国の姫をこんな埃っぽい部屋に何日も閉じ込めて。外に出しなさいったら出しなさいよばかぁ!」
オーバーに騒ぎながら、ミイネは地団太を踏んだ。
その光景に、オウカたちは渋い顔をする。
すると、ミイネはポンと手を叩き、ころりと態度を変えた。
「そうだわ、じゃあ取引にしましょう。もしも外に出してくれたら、知り合いのミカン農家やコーヒー農家やカカオ農家に頼んで、木を分けてもらえるよう口添えするわ。それならいいでしょ!」
オウカの瞳が興味に光る。
「ほほう、そんな知り合いがいるのか?」
「王室に下ろす、超高品質栽培の農家がいるのよ」
その瞬間、俺は気が付いた。
――ハッ!? これはもしや、逃げるチャンス。
彼女なら、国王派の居所を知っているかもしれない。
ミイネを外に出して、二人で一緒に国王派と合流。ミイネ姫を救出した恩を盾にして、日本行きの船を手配してもらえるかもしれない。
逃げられなくても、二人きりになるチャンスがあれば、俺が黒幕という誤解を解ける。そしてミイネに取り入って日本に帰るんだ。
腹の底でニヤリとほくそ笑んで、俺は言った。
「なぁオウカ、あんまりストレスを貯められて自殺でもされたら困るし、ここはガス抜きの意味でも言うことを聞いてやろうぜ。それに、ナナミの村だけじゃ、ミカンの木も足りないし。伝手は多いほうがいいだろ? 王室に下ろす超高品質な奴なら、将来のパシクブランドにもうってつけだしさ」
「貴君がそう言うのであれば許可しよう」
よっしゃ。
俺はガッツポーズをした。ミイネも、小っちゃくガッツポーズを作った。
◆
俺が運転するジープにナナミとカナとミイネを乗せて、ナナミの村へ着くと、いつも通り、住民たちが笑顔で出迎えてくれた。
それにしても、俺の運転も上手くなってきたな。
17歳でジープを自由自在に乗り回すようになるとは思わなかった。
日本に帰ったら、クラスメイトに自慢してやろうと思いながら、俺がジープのキーを抜くと、ミイネが車外へ、いの一番に飛び出した。
「みんな! ワタシこそはパシク国王ヨシマロの娘、ミイネ姫よ! 卑劣なテロリスト共に捕まっていたけど、こうして逃げ出してきたわ! さぁ、忠実なる我が臣民たちよ! この不埒ものを捕まえるのよ!」
が、ミキヒコさんやナミカさん、村の人たちは、目が据わって、テンションが絶対零度まで落ち込んだ。
「え? こいつ姫なの?」
「こいつが、あのミイネ姫?」
「つまり……」
刹那、村人全員が、殺意の波動に目覚めて絶叫した。
『積年の恨みぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』
怒涛の勢いでミイネを取り囲みながら、みんな口々に怨嗟を吐き出した。
「うおぉお! 貴様ら王族のせいで俺らがどんな生活を強いられてきたと思っているぅ!」
「虐げられてきたこの数十年! 貴様らを恨まない日は一日たりとてなかったぞぉ!」
「いやぁあああああああああああ!」
みんなが拳を振り上げ、ミイネが涙をほとばしらせながら悲鳴を上げたところで、俺は慌ててみんなの前に立ちはだかった。
「まぁまぁ、悪いのは国王のヨシマロであってミイネが政策を決めているわけじゃないだろ?」
ミイネは俺が日本に帰るキーパーソンだ。ここで殺されては困る。が。
「そいつの誕生日会を開くためにって特別追加税取られたんだぞ!」
「しかも料理用にって牛をタダ同然で買い叩かれたんだ!」
「うっわ、弁護しにくい。いやでもほら、今は不自由な人質暮らししているし」
村の恩人である俺の顔を立てるためか、みんな、唸り声を上げながらも拳を収めてくれた。
釈然としない表情で、村の人たちが散っていく。
ミイネは恐怖で腰砕けになり、生まれたてのバンビよろしく、地面でガクブルしていた。
彼女を立たせるために、しゃがんで肩を貸すとき、こっそり耳打ちした。
「俺は味方だ。逃してやるから安心しろ」
「え?」
震えながら、ミイネはきょとんと顔を上げた。
「俺は日本人だ。あいつらに拉致されて無理やり協力させられているんだ。だから残党のいそうな場所を教えてくれないか? それで合流したら、俺を日本に帰してくれ」
「そ、そうね、そういうことなら、考えてあげてもいいわ」
――よっしゃ、取り入り成功!
俺が心の中でガッツポーズを作ると、小さな子供たちが集まってきた。
「あ、ショウタだ」
「ショウタまた来てくれたのぉ?」
「ぼくらねぇ、リズム4上手くなったんだよぉ」
「いま大ブームなんだから」
ナナミがジープから降りてくる。
「ショウタ、リズム4とはなんなのですか?」
「前に来た時に教えた日本の遊びだよ。この村、子供の遊び道具とか何もないからさ。しりとり、マジカルバナナ、質問クイズ、あっちむいてほい、いっせのーせ、ノット100ゲームとかそういうのを教えたんだよ。一番気に入ったのはリズム4みたいでさ」
「どういう遊びなのですか?」
「ルールは単純。まず、全員に二文字のニックネームを決める。四拍子で手を叩きながら、名前+1~4の数字を言う。言われた人は数字の分だけ自分の名前を言って、次にまた名前+1~4を言う。数字ではなくチェケの場合はヨーチェケラッチョと言うんだ。お前ら、やってみてくれ」
「うん、じゃあ…………」
次の瞬間、少年の目つきが変わった。
「タクから始まるリズムに合わせてヨシ3!」「ヨシヨシヨシミキチェケ!」「ヨーチェケラッチョサナ1!」「サナミキ4!」「ミキミキミキミキヨシチェケ!」「ヨーチェケラッチョ!」
膝を鳴らし手を鳴らし左右に親指を突き出すジェスチャーに合わせて、子供たちは4倍速の超高速四拍子でゲームを繰り広げていく。
四人の子供たちはまばたきを忘れ、薄笑いを浮かべながら徐々に息を乱し、サムライ同士の一騎打ちにも似た、極限の集中力の中で戦う。
そして、タクがしくじり、敗者が決まると、みんなは額の汗を拭い、爽やかな笑みを浮かべた。
「「「「ふー、いい汗かいたぁ」」」」
――俺の知っているリズム4じゃねぇ!
「あ、それとねショウタ、ショウタが教えてくれた動物リズムゲームだけど、ぼく、新しいの考えたよ、イノシシは木に登れなの」
「お、賢いぞ。偉い偉い」
「えへへ、ショウタ、ぼく大人になったらショウタの秘書になってもいいよぉ」
「お前みたいに賢い秘書なら大歓迎だよ」
俺が頭をなででやると、ヨシは目を細めて喜んだ。
「さっきのとは違うのですか?」
「おう。遊び感覚で危険な動物への対処方法を覚えられたらと持ってさ。チェケの時はヨーチェケラッチョって言うみたいに、ハチは『しゃがめ』、クマは『さがれ』、ヘビは『走れ』って感じでな」
「むぅ、悔しいけどわかりやすいのです」
「ふっ、褒めてデレてくれてもいいんだぜ?」
俺は調子に乗って、への字口のナナミの頬をつっついてやる。ナナミは、抵抗もせず睨み返してくるばかりだった。かわいい。
「あとね、ショウタが教えてくれた将棋も大人の間で流行っているんだ」
ミイネが眉根を寄せた。
「名前は聞いたことあるけど、なんだっけそれ?」
「えっとね、王様を殺したほうが勝ちになるやつ」
「言い方ぁ!」
「王様を、やっぱり貴方は反王政派の人間! ワタシを騙す気だったのね!」
「ちげぇえよ! 将棋っていうのはだなぁ!」
「何を今さら、ショウタ殿は我々の仲間であります!」
「カナは黙っていろ!」
「ほらショウタ、早くミカン畑へ行くのですよ」
「あ、待って、誤解を、せめて誤解を解かせてぇ!」
「ミイネ、貴様もキビキビ歩くであります」
「ちょっと、ライフル向けないでよ。それとショウタ、後で覚えていなさいよ!」
ミイネに思い切り警戒されたまま、俺はナナミに首根っこをつかまれ、引きずられるのだった。




