お前ソレ食えるんだぞ?パート2
漁船の近くで、網の片付け作業をしている男性を見つけた。
髪を短く切りそろえ、真っ黒に日焼けした、いかにも海の男といった風貌だ。
「すいませーん、ちょっといいですか?」
「ん、お前みたいな金持ちのボンボンが何の用だ?」
「え?」
言われて気づいた。
俺は今、学校の制服姿だ。
暑いのでブレザーは脱いでいるが、革靴にスラックス、革のベルト、白のワイシャツにネクタイを締めた十代の若者は、なるほど、この国の人からすれば、どこぞの金持ちのお坊ちゃまに見えるんだろう。
でも、この服装が武器になるとわかれば使いようはある。
「いえ、私は新政府から派遣されてきた、高橋翔太という者です。この度、食料問題を解決するための政策で、漁師の皆さんにお願いしたいことがありまして」
自分でも驚くぐらい、すらすらとセリフを語ると、男性は顔色を変えた。
「へぇ、噂には聞いていたけど、本当にクーデター成功したのか。で、何の相談だ? 魚をタダでよこせって言うならやらねぇぞ」
いきなりそんな考えに行きつくあたりから、前の政権がどれだけ横暴だったかがうかがえる。
もっとも、俺もやろうとしていることは同じだが……。
「いえ、何と言いましょうか、似て非なることなのですが、畑の肥料にするために、魚の残飯は捨てず、こちらで回収させてもらえないかと。あと、貝殻を頂きたいのです」
途端に、男性はへの字口になる。
「悪いが無理だな。ここ最近は不漁で魚も貝もまともに獲れねぇんだ。全部市場に売っちまうからここに残飯や貝殻なんざねぇよ」
当てが外れて、頭を抱えたくなる。
どうしてこう上手くいかないんだろう。
やっぱり、ラノベと現実は違う。
現代知識無双なんて、机上の空論なのか。
それでも、なんとか食い下がろうと、諦めずに尋ねた。
「そうですか、それで、不漁の原因はわかっているんですか?」
「フンッ、海の雑草のせいだよ。全部あいつらが悪いんだ」
吐き捨てるように言って、男性はそっぽを向いた。黙々と、網の片付け作業を再開する。
「海の雑草?」
「なんでしょうか?」
俺とナナミが顔を見合わせると、海の方から、苛立ちの声が聞こえてきた。
「あっ、チキショウが! まぁたスクリューに絡まってやがる! この雑草共はなんなんだよ!」
「急にうじゃうじゃ湧きやがって。こいつらのせいで仕事になんねぇよ!」
怒り心頭の漁師たちへ歩み寄ると、彼らは小舟のスクリューに絡まった黒いモノを、ナイフで切り刻みながら取り除いているところだった。
――へ……これが、海の雑草? これって……。
「ワカメじゃねぇか!」
思わず、素っ頓狂な声を上げた。
漁師たちが、何事だと顔を上げ、俺に注目してくる。
「なんだ兄ちゃん、あんたこれ知っているのか?」
「知ってるも何も、ていうか、え? それそんなにうじゃうじゃあんのか?」
「パシク周辺の海域はこいつで埋め尽くされているよ。おかげで船のスクリュー絡まるし網に引っかかるし、潜ってもワカメが邪魔で魚が見えないし」
「ほんとにこのわかめとかいう雑草邪魔だよな」
「おまえらそれ食えるんだぞ!」
『は?』
漁師たちが、不思議そうに首を傾げた。
そういえば、聞いたことがある。
ゴボウと同じで、ワカメも基本的には日本でしか食べられていないと。
そして、船底にくっついて世界中の海に拡散し、大繁殖して外来生物として迷惑をかけていると。
どうやら、パシクもその例に漏れないらしい。
ナナミが感嘆の声を漏らした。
「このワカメというのが食べられるのですか? 信じられませんねぇ」
「いや、お前が握っているのはタマハハキモクっていう別種な。それも日本からの外来生物だけど……」
硬くて食べられないけど、海藻なので肥料にはなるだろう。
でも、ここで俺に天啓が下った。
――待てよ。貝のエサは海藻だ。なら。
「なぁ、海藻が大繁殖しているなら貝もいっぱいいるんじゃないか?」
「いるぞ。海の底を埋め尽くすどころか積み上がってるぜ」
「でも網が使えないから潜って一つ一つ手づかみしないといけないからあまり獲れないんだよ」
「よし、じゃあ海藻は取れるだけ取りまくってくれ! どうせ外来生物だし!」
拳を固めて、俺は口角を上げた。
「ワカメは食えるしタマハハキモクは肥料になる。どっちも有用性抜群だ!」
「兄ちゃんそんなことよく知ってるなぁ」
「これでも新政府から派遣されてきた者ですから」
と、胸を張って言っておく。
――ゴボウといいワカメといい、ちょっと確認しておくか。
「あの、ちなみにタコ、ナマコ、ウニって食べます?」
「知ってるけどあんな気持ち悪いの食べるわけないだろ」
「それも全部食べられますよ。ていうかマジで美味い」
「嘘だろ? あんちゃん俺らのことを騙そうとしていないか?」
「新政府つっても政府は政府だろ、信用できねぇな」
村の人たち同様、疑って目で見てくる漁師に、俺は言ってやる。
「じゃあ俺が食ってやるよ、台所借りるぞ!」
そして、ナナミの村での再現である。
◆
網にひっかかり、食えないから海に捨てるつもりだったというワカメ、タコ、ナマコを刻んで塩茹でにして、ウニは叩き割ってから中の身を直接スプーンですくって食べた。
日本で舌の肥えているので、塩茹でのワカメ、タコ、ナマコはまぁまぁ、でも、ウニは日本でも食べたことが無いほど絶品だった。
海の旨味が凝縮されだけどさっぱりしていて舌触りはクリーミー。なによりも、スーパーで売っているウニとは新鮮さが違う。
——ヤバイ、今まで食べてきたものの中で一番うまいかもしれない!
つい、みんなに食べさせるのが惜しくなる程の美味さだった。
漁師たちの集会所前に出したテーブルの上に塩茹で料理を広げながら、包丁でウニを次々断ち割っていく。
「ほらほらどんどん食え、日本じゃウニは高級食材だぞ」
邪念を払いつつ、みんなにウニを薦める。
すると、みんなウニの美味さに感動しながら、塩茹でのワカメ、タコ、ナマコも気に入ってくれた。
「うまいーうまいーうますぎるぅ!」
「ウニってこんなおいしかったのかぁ!」
最初に会った漁師の男性が、俺の首に腕を回して、強引に抱き寄せてきた。
「ありがとうな兄ちゃん。これでまた稼げるぜ」
歯を見せて豪快に笑う様に、俺は腹の底でニヤリと笑い、態度を合わせた。
こちらも肩を組んで、荒っぽくしゃべる。
「それは良かった。ところで感謝してくれるなら、もう一口儲け話を聞かないか? ワカメと一緒にタマハハキモクも一緒に獲ってくれ。そっちは食えないけど肥料には使えるんだ。お前らがとってくれた分だけ畑が潤って食料が増える」
「農村の連中に売れるのか?」
「のちのちな。俺はお前らの味方だ。そのために協力させてくれ」
貴方の味方ですよと言って警戒心を解いてから、俺は舌を回した。
「お前らがタマハハキモクを取る。俺がそれを農村に配って肥料にする。作物の出来がよければ、農村の連中はもっとくれって言ってくる。そうしたら来年からは言ってやるのさ。『漁村で買ってくれ』って」
俺は、ちょっと悪い笑みを作った。
「もちろん、農村の連中は渋い顔をすると思うぜ。タダでもらっていたものが急に有料になるんだから。でも、肥料としての効果に味を占めたら、連中は買わざるを得ない。そしてお前らは儲かるって寸法だ」
「おぉ、いいなそれ。邪魔な雑草が金になるってわけか」
「その代わりと言っちゃなんだが、わかめを市場に流通するとき、魚屋に貝殻の回収ボックスと魚の残飯の回収ボックスを設置するよう伝えて欲しいんだ」
ようは、スーパーにあるリサイクルの回収ボックスだ。
「そんなことでいいのか?」
「おう、あと魚で売り物にならないのってないか?」
「死んで腐った魚や病気の魚や毒のある魚は売れないし俺らも食わないな」
ナナミは無いと言ったけど、確認してみるもんだ。
「それもくれ。魚の毒は土で分解されるから肥料にはなる」
「いいぜ」
「商談成立だな」
俺と漁師の男性は、笑顔と拳を合わせた。
その様子に、ナナミは口を開けて、愕然としていた。
◆
ケースいっぱいのワカメ、タマハハキモク、タコ、ナマコ、ウニをジープに積み込み終わった午前11時。
農村へ戻る道すがら、助手席に座るナナミは、信じられない、と言った様子で尋ねてきた。
「あれはどんな魔法ですか? 本来ならこちらでお金を払い、買わないといけない魚、貝、海藻が全部タダで手に入る上にこちらが恩を売った形になりました」
「交渉術の基礎だな。交渉は相手に、自分が得した、と思わせるのが秘訣だ」
さも当然とばかりに言う俺に、ナナミはますます愕然の色を強めた。
「先進国の学校はそんなことを習うのですか?」
「いや、ライトノベルだ」
「昨日、会議室でも言っていましたね。なんですかそれ?」
「小説だよ。小説はいいぞ。色々な人間の人生、価値観、経験値を数時間で自分のものにできる。人生の教科書だよ」
ラノベの名言集を見れば、学校の先生よりも深く、心に響くことを言っている。
国語や道徳の教科書の話を読んでも何も感じなかったけど、ラノベを読んで、俺は多くの感動を得た。
そして今、異世界転移ラノベから得た知識で、俺は日本へ帰るための道筋をつけている。
ラノベは財産。
それが、俺の座右の銘だ。




