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人気のない用具倉庫の脇で皐月は瑠璃花を振り向く。

そしてにっこりと笑った。


「卒業おめでとう」


一歩皐月に近づき、瑠璃花は頷いた。


「ありがとう」


じっと瑠璃花は皐月を見つめる。

にこりともしない瑠璃花の様子は怒っているかのようにも見える。

実際、瑠璃花はこれから闘いに挑む戦士のような気分だった。

決してふわふわと夢見心地で意中の相手を見つめる、恋する乙女の表情ではない。


「…皐月ちゃんに言いたいことがあるんだけど」


真顔で口を開いた瑠璃花を皐月は嫌そうに見た。

何か言おうと皐月が声を出すより先に瑠璃花は捲し立てていた。


「皐月ちゃん、この間の何?なんで急に抱きついてきたりしたの?しかも、その後なかったことにしてってどういうこと?冗談だったってこと?そんな悪趣味な冗談ある?…ねぇ、聞いてる?」


じろりと瑠璃花は皐月を睨む。

皐月は感嘆の声を上げて瑠璃花を見つめ返した。


「おぉ……結構不満溜まってたんだな…」


「質問の答えになってない」


憮然とした様子で瑠璃花は皐月を睨み続けている。


瑠璃花の頭の中ではもう一人の自分が警鐘を鳴らす。


おかしい。告白する筈がどうしてこんな責めるような言い方になってしまうのだ。

瑠璃花は脳内で頭を抱えてしまう。

もっと可愛らしく気持ちを伝えるべきなのに。

心とは裏腹に態度はますます大きくなった。


「皐月ちゃん、あんなことして悪いと思ってないの?女子高生を惑わすようなことして罪悪感ないわけ?ふざけてたの?」


「悪いとは思ってないし、ふざけてたわけでもないから」


「…はぁ!?」


皐月の言葉に瑠璃花は眉を吊り上げる。


「じゃあ何であんなことしたの!?」


思わず大声を出した瑠璃花に皐月はため息をつく。

その姿に瑠璃花は更に怒りが込み上げてきた。


「た、ため息までつく!?」


何故、皐月がため息をつくのだ。

怒っていいのは瑠璃花の筈だ。

けれど、皐月は瑠璃花を苛立ったように見つめた。

その眼光に思わず瑠璃花は一歩後退りする。


「何でだと思う?…何で俺がわざわざ教職の危険を犯してまで一ノ瀬に触れたと思う?」


皐月の怒っている声と態度と顔に瑠璃花はもう一歩後退りした。

代わりに皐月は瑠璃花に足を踏み出す。


最初の勢いはどこへいったのか、瑠璃花はびくりと肩を震わせた。


「…だ、だから、その理由を聞いて…」


「聞く前に考えたことある?」


責める声に瑠璃花は首を竦めた。

そして同時に考える。


確かにどうして皐月が瑠璃花を抱きしめたりしたのか、なかったことにして欲しいと言ったのか、理由を考えたことはなかった。


今軽くパニックを起こしている頭で考えても答えはすぐには出てこない。

瑠璃花は恐る恐る皐月を見つめた。


皐月は再度ため息をつき、瑠璃花を見つめる。

その瞳に悪ふざけや、冗談の色はない。

真摯に瑠璃花を見つめる瞳は、勘違いでなければ、熱を帯びているようにさえ見える。


皐月は瑠璃花に言い聞かすようにゆっくりと口を開いた。


「…一ノ瀬のことが好きだから」


噛んで含めるように、瑠璃花にしっかりと伝わるように、皐月は声を出す。

けれど、瑠璃花の頭に皐月の言葉はなかなか浸透してこない。

実際には数秒間、けれど本人達にはたっぷりとした時間をあけて、瑠璃花は思わず叫んでいた。


「嘘でしょ!?」


「ここまできて嘘つく必要性ある?」


苛立ちを隠すこともなく皐月は瑠璃花に更に近づいた。

うっ、と思わず身を引く瑠璃花に皐月はため息をつく。


「そんな怖がらなくても…もう何もしないって。本当は言うつもりもなかったし。…ほら、もう行けって」


追い払うように手を振る皐月に瑠璃花は手を伸ばす。

そっと皐月のスーツの裾を掴み、瑠璃花は呟いた。


「待って。…まだ私の気持ち、言ってない」


「……え…?まだあるの…?」


まだ不満があるのかと身構える皐月を瑠璃花はペシと叩く。


「不満じゃなくて…!だから、その…」


真っ赤になりながら瑠璃花は下を向く。

恥ずかしさに爆発しそうな心臓と体に耐えて、瑠璃花は小さな小さな声で呟く。


「…私も、好き…」


ぎゅっと皐月のスーツの裾を握る。

皐月は瑠璃花の声が聞こえたのか判らない程、少しも動かない。

不安に思った瑠璃花が顔をあげると、皐月はまじまじと瑠璃花を見ていた。


「…いや、雰囲気に流されてない…?」


「…流されてないよ」


皐月の言葉に瑠璃花はイラッとして答える。


「…じゃあ、仕返し?」


瑠璃花の告白を信用していないのか、訝しげな皐月に瑠璃花はいい募る。


「嘘でもないし、仕返しでもないよ!皐月ちゃんが好きなんだってば!」


大きな声を出してから、瑠璃花は真っ赤になる。

そんな瑠璃花を見て、皐月は口元を押さえた。


「…それ、本気?」


「そうだよ!好きなの!…何回言わせるの!?」


真っ赤になったまま瑠璃花は皐月を睨む。

どうしてこんなに疑われているのかと落ち込んできた瑠璃花は、次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。


前にも感じた男の人の匂いが鼻を擽る。

布越しに温かな体温を感じる。

髪に触れる手が優しく慈しむようで、瑠璃花は皐月の胸に頭を預けた。

皐月は自身の腕の中にいる瑠璃花の頭を撫でる。

優しいその手が心地好くて瑠璃花はゆっくりと目を閉じる。


そよそよと風が吹く。

暖かい春を運ぶ風を瑠璃花は皐月の腕の中で感じた。


「…瑠璃花」


名前を呼ばれて瑠璃花は赤くなったまま皐月を見上げた。


そのまま唇が触れる。


「…後で連絡先教えて」


耳元で囁く皐月に瑠璃花は真っ赤になったまま頷いた。

完結致しました。最後までお読み頂きありがとうございました。

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