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階段を駆け下りて瑠璃花は下駄箱で座り込んだ。
息を整える前に口から小さな呻き声が漏れる。
皐月に忘れてほしいと言われたことがこんなにショックだとは思わなかった。
瑠璃花は漸く気持ちを決めて皐月に会いにいったのだが、確かに皐月には関係ない話なのかもしれない。
でもそれなら、あんな思わせ振りな事はしなければ良かったのだ。
そう思うと涙も引っ込み、代わりに怒りがまた沸々と沸いてくる。
ぐっと鞄を握りしめた瑠璃花の上から声がかかった。
「…一ノ瀬、さん?」
本当に瑠璃花で合っているのか少し不安そうな声に、瑠璃花は顔を上げた。
そこには雄大が訝しげに立っていた。
「何して……え…泣いてる…?」
目の赤い瑠璃花に雄大はぎくりと動きを止める。
瑠璃花は目の端に残る涙を拭い、ふるふると頭を振った。
「泣いてないから」
「…えっと…そう、デスカ…」
思わず片言で返答する雄大を見て瑠璃花は立ち上がった。
「…ごめん、帰ります…」
気まずい雰囲気に瑠璃花はとぼとぼと歩き出す。
その背に雄大の声がかかる。
「一ノ瀬さん!…あの…えーと…あ、牛丼!牛丼食べに行きませんか!?」
「……は?」
「あぁ!食べないッスよね!?すいません!…いや、落ち込んでる時は何か食べるといいかなって…」
しどろもどろに話す雄大を見つめて瑠璃花は思わず笑った。
「……ありがとう、大畑くん。…牛丼、食べようかな」
確かに泣いたらお腹がすいた。
瑠璃花が自分に苦笑すると雄大は頬をかいた。
「何か、自分馬鹿ッスよね…すいません…」
苦笑されたと勘違いした雄大がうつむくのを見て、瑠璃花は顔の前で手を振った。
「違うよ、私自身に笑ったの。大畑くん、ありがとね。…牛丼、食べに行こう」
瑠璃花が促すと雄大は頷いた。
靴を履き替えて玄関を出た瑠璃花は校門に向かいながら化学実験室を見上げた。
そこには当然ながら皐月の姿はなく、瑠璃花は小さくため息をついた。
大手チェーンの牛丼屋で、瑠璃花は並盛を頼み、雄大は大盛と豚汁を頼んだ。
黙々と丼を口に運び、瑠璃花は雄大を見た。
雄大は早々に大盛と豚汁を食べきり、瑠璃花が食べ終わるのを待っている。
「食べるの遅くてごめんね」
お肉を箸でつまみながら瑠璃花は雄大に言う。
雄大はぶんぶんと首を振った。
「いや、全然ッス。…ゆっくりどうぞ…」
もぐもぐと口の中の物を咀嚼しながら瑠璃花は頷いた。
残少しの牛丼を食べきり、瑠璃花は雄大に首を傾げた。
「大畑くんって…なんでいつも敬語なの?敬語いらないよね…?」
「え、あ、そっ…うだよな…」
ぎこちない返答に瑠璃花は笑う。
その笑顔を見ながら雄大は困ったように頭をかく。
「一ノ瀬さん、やっぱ笑ってた方がいいと思う」
顔を赤くする雄大に瑠璃花もつられて頬を染める。
「…ありがとう。…出ようか」
焦って席を立ち、会計を済ませて外に出ると辺りは暗くなりはじめていた。
「…美味しかったね。気を使ってくれてありがとう」
駅に向かって歩きながら瑠璃花は笑う。
雄大はそんな瑠璃花を見て急に足を止めた。
不思議そうに振り返った瑠璃花を雄大はじっと見つめてくる。
「…好きです」
「……ん?」
「一ノ瀬さんが好きです。俺と付き合って下さい」
雄大の言葉に瑠璃花はピタリと動きを止める。
好き、と聞こえた気がする。
付き合ってとも聞こえた。
驚き過ぎて思考が回らない。
冗談だろうかと瑠璃花は雄大を見る。
そこには恥ずかしそうにうつむく雄大がいた。
その姿を瑠璃花はまじまじと見つめた。
歩道を歩く見知らぬ他人が興味深そうに瑠璃花と雄大を見ていく。
そこに居づらい空気を感じ、瑠璃花は雄大の制服の裾を引いた。
「…あの、ここだと見られるから…」
「あ、すいません」
瑠璃花は指で少し離れた公園を示す。公園には少しのイルミネーションが飾られているが、その微妙な光量のせいか、人影はまばらだった。
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