12
数少ない三年生全員の登校日の朝は冷たい雨が降っていた。
卒業式の練習である今日はほぼ1日を体育館で過ごす。
午前中で終わりとはいえ、冷える体育館には長いしたくないとほぼ全員が考えているだろう。
瑠璃花もその一人で冷えた指先を息を吹き付け温めていた。
教師の指示で全体の流れを確認し、最後に教頭先生が総括を行う頃にはお昼まであと少しと迫る時間になっていた。
自由解散の指示が出され、生徒はバラバラに動き出す。
瑠璃花も祥子と連れ立って歩きながらキョロキョロと辺りを見渡した。
「ねぇ、なんかカップル増えてない?」
あっちでイチャイチャ、こっちでもイチャイチャ、戸惑う瑠璃花に祥子は頷いた。
「増えてるよ。バレンタインデーに告白されて付き合ったカップル多いみたいだねー」
バレンタインデーの言葉に瑠璃花は準備室の出来事を思いだし、顔を赤く染めた。
その姿を眺め、祥子は瑠璃花に詰め寄った。
「…あのさー、バレンタインからなんかあったでしょ?お姉さんに相談してごらん」
バン、と壁ドンする祥子に瑠璃花は困ったような顔をする。
「お姉さんて…年一緒じゃん…」
「そこじゃない。瑠璃花、君が気にするのはそっちじゃなくて、このカップルの多さとチョコの行方だ!」
何故か演説口調で周囲を指差す祥子に瑠璃花は眉を寄せる。
祥子はそんな瑠璃花を見てニカッと笑った。
「じゃあ、カラオケでも行きながら話そー」
「…カラオケ行きたいだけじゃん」
ハハハと声をたてながら祥子は瑠璃花の肩を押す。
瑠璃花は苦笑してそれに合わせた。
カラオケの部屋では大音量で音楽を流しながら瑠璃花は祥子にバレンタインデーについて話した。
勿論、皐月の名前は伏せたのだが、祥子は勘づいているかもしれなかった。
「ふーん…じゃあ、瑠璃花は結局その人のこと好きかどうかはわかんないんだ?」
ポリポリと頼んだポテトを咀嚼しながら祥子は瑠璃花を見た。
瑠璃花はジュースのストローを弄る。
「…まぁ、そう…。……あのさ、好きって何なの?ぎゅってされたら相手が誰でもドキドキするんじゃないの?」
眉を寄せる瑠璃花に祥子は頷いた。
「まぁ、するよね。相手が嫌いだったら不快だろうけど。普通に友達くらいの相手でもドキドキはするね」
「やっぱりそうだよね…。ドキドキするから好きって単純過ぎるよね…」
何故か気分が落ち込んで、瑠璃花は下を向く。
その様子を見ながら祥子は首を捻った。
「でも、チョコに嫉妬はしなくない?」
その言葉に瑠璃花はパッと顔を明るくする。
その様子を見ていて、祥子は顔をしかめた。
「瑠璃花、顔。喜びすぎだよ」
えぇ、と小さな声を上げて瑠璃花は頬を触る。
「…その人の事、好きだって認めたいんでしょ?……チョロくたっていいじゃん」
祥子は瑠璃花にマイクを差し出す。
「青春は今しかないんだぞ。歌うぞー!」
アップテンポの賑やかな曲が流れてくる。
少し昔の流行りの歌は、片思いの女の子の歌だ。
希望に溢れた歌詞を歌いながら瑠璃花は考える。
認めたくないだけで、瑠璃花は多分、皐月の事が好きなのだろう。
低い声も、じっと見つめる視線も、子供のようにからかう姿も、知ってしまったらもう戻れない。
自分だけに見せてくれる姿ならいいのに、と思ってしまう。
少し意地悪な皐月の声が耳に甦って、瑠璃花は熱くなった頬をグラスで冷やした。
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