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暖かい湯船に浸かりながら瑠璃花は、ほぅ、とため息をつく。
日々の疲れを癒す入浴は瑠璃花の癒しだ。
この時間は何も考えず心も体も癒す、それが瑠璃花の習慣だった。
それなのに、今日は全くその習慣ができなかった。
入った直後は何も考えずにいられた瑠璃花だが、暫くすると放課後の事が思い出されてしまう。
今日は帰ってきてからずっとそうだった。
事ある毎に化学準備室の皐月が脳裏に浮かぶ。
あんな風に抱きしめられた事も、耳元で囁く声も、布越しの体の感触も、瑠璃花の許容範囲を超えている。
極めつけに最後に呼ばれた名前の破壊力ときたら。
思い出すだけで体が熱くなる。
瑠璃花は皐月の事が好きになってしまったのだろうか。もしそうならば……。
「…チョロすぎる…」
瑠璃花は頭を抱えて顔をしかめた。
自分の気持ちの移り変わりに絶望する気分だ。
この間まで笹本を好きだと思っていたのに。
バレンタインデーのチョコの山を見た時のあの気持ちは、笹本には感じなかった。
笹本の机の上のチョコを見てもショックは感じなかったのに。
皐月のチョコは瑠璃花にとってとても腹が立つものだった。
関係ない筈なのに。
わざわざ作ったチョコだとしても、あんなに怒ることはない筈なのに。
皐月が嬉しそうに瑠璃花以外のチョコを受け取る想像をした途端、胸に嫌な気分が広がっていく。
まるで夫に手を出された妻のような気持ちになる。
実際には結婚したこともなければ、恋人すらいたことがないのだが。
うぅん、と唸る瑠璃花を2つ年の離れた兄がドアの向こうから呼んだ。
早く出るように促す声にため息をついて瑠璃花は浴室を後にした。
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