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運命の人  作者: 梅干 茶子
4/6

俺の出来る事


 「おー!凌空!やるー!」


 そんな冷やかしで出迎えたのは、衣装を着替えた春斗だった。


 「・・・ぶはああ!」


 おれは押えていた息を吐きだした。


 「・・・え?」


 琉亜さんは後ろで困惑している。


 「ほら、お前達碌に食べて無いだろ。そっちに料理置いてあるから食べていけよ」


 木乃美が調理台の所に料理を並べておいてくれた。

 まかない料理だ。メインはピラフかな?


 「まずは、座りましょうか、琉亜さん」

 「え、ええ」


 俺たちは厨房に持ち込まれた折りたたみ椅子に並んで座った。

 俺は、そのまま、ずうんと沈み込む。


 「ど、どうしたの?」

 「あはは。琉亜姉、そいつ今すっげえ緊張してたの」


 春斗が笑って琉亜さんに説明している。


 ん?琉亜姉?


 「・・・なんだその呼び方?」

 「あれ?言ってなかったの?琉亜姉は夢香の母違いの姉さんだよ」

 「は!?」


 親族!?ていうか姉妹!?全然気が付かなかったぞ!?

 だって、似てないじゃないか!

 夢香さんは黒目が大きなふんわりとした小型犬みたいな可愛らしい人だ。

 対して琉亜さんは、スラリとした美人系・・・


 そう思って、思わず琉亜さんを見る。

 見て、気が付いてしまった。


 「あ、目」

 「そう。目が一緒」


 そうなのだ。

 黒目がちの大きな目。

 琉亜さんはアイラインを釣り目の形に入れているから印象が違うだけ。


 「・・・親族の手前、あまり似せないようにしているの」


 琉亜さんは困ったように微笑んだ。


 「お前、夢香に最初に会った時に、目が良いねって言っただろ」

 「言った。綺麗だなと思った」

 「夢香はお前の好みとはだいぶ違うが、琉亜さんはドンピシャだ」

 「・・・仰る通りだ」

 「え?」


 俺は項垂れた。

 春斗の言う通りだ。


 「だけど、お前があんな行動できるなんて思わなかったぜ」

 「・・・言うなよ。すっげえ頑張ったんだから・・・」


 なけなしの勇気を振り絞ったんだ。精神的な疲労で、俺はまだ回復できていない。


 「琉亜姉、こいつこう見えて人見知りなの。あと争いごととかてんでダメな臆病者」

 「そこまで言うか」

 「事実だろ?」

 「・・・おお」


 春斗が笑ってる。

 お前の言いたいことは分かる。俺は確かに臆病者だ。


 「こいつの笑ってる顔は、もう癖みたいなもんで、人と争わないためにずっと笑ってるんだよ」


 だから女が寄って来るんだ。

 わかってる。

 それを遠ざけるために、口調がきつくなる。

 顔は良いけど口の悪い人の出来上がり。

 印象最悪だな。俺。

 俺は額に手を当てた。


 「さっきみたいな行動はしたことが無い。女をエスコートしたことも無い。これで分かんねえかな?」

 「え?・・・あ」


 琉亜さんの戸惑う声が聞こえる。

 これ、振られるの確定じゃね?

 そういう事を言ってしまった春斗に、ムカついた。


 「なんで、お前が言うんだよ」


 恨みがましい目で春斗を睨む。


 「お前、自分から言えんのかよ?」

 「・・・」


 俺は黙りこくってしまった。

 この野郎。俺を知り尽くしてやがる。


 「・・・あの、凌空さん」

 「え、はい」


 琉亜さんを振り返ると、彼女は顔を赤くしていた。

 あれ?さっき戸惑っていると思ったんだけどな・・・


 「手・・・」

 「・・・あ」


 俺は、左手で琉亜さんの手を握ったままだった。

 全然気が付いていなかった。


 「す、すいません!」


 慌てて離す。ところが、今度は彼女から手を握ってきた。


 「あの!・・・ちょっと外行きません?いいわよね春斗君」

 「勿論。夢香の着替えにまだかかるみたいだから、どうぞどうぞ」


 春斗はニヤニヤ笑ってる。

 一発ぶんなぐってやりたい。そう思う顔をしていた。


 「木乃美さん、テラス借りるわね」

 「おう。食事が冷めるから早めにな」

 「ええ」


 琉亜さんが俺を促して立ち上がる。

 俺は琉亜さんに促されて立ち上がる。

 立場が逆転した。恥ずかしい。


 「おい、凌空」


 俺の背中に春斗が声を掛ける。


 「女に言わせるんじゃねえぞ」

 「・・・分かってる」


 それだけ返すと、俺は琉亜さんに手を引かれて厨房を出た。




 ※ ※ ※




 テラスに出ると、梅雨時のむわっとした熱気が体を包んだ。

 もう、夏が来るんだな。

 そんなどうでもいいことを思う。


 俺の左手は、琉亜さんの右手に繋がれたまま。

 その手の柔らかさが、俺の頭を混乱させる。

 顔が熱い。これは気温が高いせいじゃない。


 「ああ、いい風」


 テラスを海の方へ進んで、端の手すりに並んで立った。

 琉亜さんは繋いでいない方の手で手すりを掴んで、海を見てる。

 海からは、塩の匂いがきつい風が流れてくる。


 俺も、この匂いは好きだった。


 「・・・あの、琉亜さん」

 「私ね、男の人が苦手なの」

 「・・・」


 これ、言う前に振られたんだろうか。

 俺は二の句が継げなくなった。


 「きっと凌空君と同じね。見た目の所為でやたらと声を掛けられるの。六での無いのばっかり。一回やらせてくれとか、ホントそういうのばっか。ウンザリよ」


 彼女は俺の手を放して、手摺りに両手を載せてその上に寄り掛かった。


 「本当は六での無い人以外も居たのかもしれないけど、もう分からなくなっちゃったわ。女の人からは嫉妬の対象。同じような立場だった夢香は上手くやってたのに、私は全然ダメ。おかげで友達も少ないし、人付き合いも苦手。だから、余計に男の人が苦手になっちゃって」


 その気持ちは良く分かる。俺も全く同じだ。

 俺は、琉亜さんと同じように手摺りにもたれかかって海を見た。

 真っ黒で何も見えない海。それが、俺の心の中の様だと思った。


 「俺も、同じです。春斗が同じような立場だったのに、やっぱりあいつは上手くやってて。俺は全然で」


 笑えた。

 春斗が同じ?いいや違う。あいつは俺より何倍も凄い。

 あいつは俺と並ぶ高スペックだ。でも、あいつは社交的で、俺みたいにうじうじしてない。

 自分の外見すら武器にして、あいつは大手広告会社で営業をしている。

 ガンガン仕事を取って来るし、気立ての良い性格は先方に気に入られてるとか。

 人付き合いもおろそかにはしない。先輩や同僚、同姓にも好かれる。

 今日の結婚式だって、相当な人数だった。

 これでも削ったんだって言ってた。それが二次会に来たんだから、こっちも大盛況だった。


 きっと、夢香さんも同じなんだろうな。

 女性客も相当多かった。


 その二人の凄さに、今更気が付いたような気がした。


 俺は何だ。自分自身をただ、持て余しているだけだ。

 でも、今の琉亜さんの話を聞いて、俺でも出来る事があるんじゃないかって思った。


 「あの、琉亜さん」

 「うん?」

 「俺と、付き合ってくれませんか」

 「え?」


 琉亜さんは驚いてこっちを見た。

 話聞いてた?って感じだ。

 聞いてたし、分かってる。

 だからこそだ。

 そう思ったら、言葉がするっと出た。

 今まで誰にも自分から言ったことが無いのに。


 「俺、琉亜さんの壁になります。こんなこと言うと己惚れてるのかと思うでしょうが・・・俺なら、成れます」


 断言した。

 本当に、不思議だな。

 心臓はバクバクしてるし、きっと俺の顔は今凄く赤い。

 でも、言葉はするっと出て来る。


 「琉亜さん。俺の壁になってくれませんか」

 「壁?」

 「そうです。俺も女性が苦手なので・・・というより、俺はもう貴女以外要らないので」

 「え?」


 琉亜さんの顔が、見る間に赤くなっていった。

 俺の顔はもうずっと赤いままだ。

 頭に血が上ってしまっているんだろう。

 何かとんでもないことを言っている気がする。

 目を見ているのが辛くなった。俺は海を見る。


 「俺、一目惚れなんです。琉亜さんがタクシーの運転手さんを話してるの見てから、目が離せなかったんです」

 「でも、貴方窓の外見てなかった?てっきり私じゃダメなのかと・・・」

 「違います。貴女が見れなかったんです。恥ずかしくて。俺、窓越しにずっと見てました」

 「・・・同じ、だったの」

 「え?」


 琉亜さんの方を見ると、琉亜さんも海を見ていた。


 「貴方の笑顔、凄いのよ。私も直接見れなくて、窓に反射する貴方を見てた。でも・・・」


 琉亜さんが、自嘲気味に笑う。


 「駄目ね、これじゃ他の女の子と変わらない」


 そう言ってため息を吐いた。

 俺は思わず、琉亜さんの手を握っていた。


 「俺だって、他の男と同じです。外見がいくら良くたって、中身はそう変わりません」

 「凌空君・・・」

 「俺じゃ、駄目ですか?」

 「・・・いいの?貴方より四つも上よ?三十も過ぎてるし、結構おばさんよ?」

 「俺は、貴女が良いです。貴女じゃないと駄目です」


 目は逸らさない。真っ直ぐ彼女を見る。

 彼女の眼は大きく開いて、見る間に涙を溜めていく。


 「泣くほど、嫌ですか?」


 俺は不安になった。

 彼女はぶんぶんと首を振った。


 「・・・違うの。私、もう結構前から諦めてて・・・」

 「じゃあ、俺で、良いですか?」


 そう聞くと、彼女はこくんと頷いた。

 長いまつげを伏せた目から、涙が落ちた。


 俺は手を引っ張って、彼女を抱き締める。

 強く抱きしめ過ぎてしまったのか、腕の中から彼女が「きゃ」っと言った。

 慌てて腕を緩める。


 「・・・すみません。こんな事言うと引くかもしれませんが、俺こういうの十年位ご無沙汰で・・・」

 「ふふっ。私もよ。もっと長いくらい」


 腕の中の彼女を見る。彼女も俺を見上げている。

 その頬に、触れたい。

 そう思った時には手が伸びていた。

 触れた頬は柔らかい。ほんのり赤くて、食べてしまいたくなる。

 肌の感触はさらさらしてて、思わず指で撫でてしまった。

 彼女がくすぐったそうに笑う。


 「琉亜さん、好きです」


 生まれて初めて、告白と言うやつをしたんじゃないだろうか。

 俺は真っすぐ琉亜さんの目を見て言った。

 琉亜さんの目が潤んでいる。


 「俺と、結婚を前提に、付き合ってくれませんか?」


 半端な気持ちじゃない、と言うつもりだった。

 会って一日で結婚前提とか言われても嘘くさいかもしれないが、本心だ。

 これからお互い知っていくのに、色々齟齬も出るかもしれないが、俺はこの人となら乗り越えられると確信している。

 なんでだろうな。本当に不思議な感じだ。


 頬に触れた手の上から、琉亜さんが自分の手を重ねた。

 俺の手に頬擦りして、幸せそうに俺を見る。


 「はい。不束者ですが、宜しくお願いします」


 今日一の笑顔を俺に向けてくれた。

 彼女の目尻から流れた涙が、俺の指を伝う。


 どくん、と俺の心臓が大きく鳴る。


 「琉亜さん、可愛過ぎますよ」


 そう言って、俺は彼女の顔を引き寄せて、自分の顔で覆い隠す。

 彼女の目が閉じられる。長いまつげが頬に影を落とす。

 俺も目を閉じて・・・


 彼女に、優しくキスをした。


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