似てる・・・?
受付の、手配を忘れていた。
これは俺の完全なミスだ。
機械操作や司会進行は春斗の会社の同僚達に依頼した。彼らは早めに到着してくれて、今は音響チェックを行っている。
飾りつけは大方終った。こちらは江藤さんが手配していてくれた夢香さんの友人達だ。
店内の壁の下半分や椅子等は特にひねりの無い濃い目の茶色。マボガニーってやつだ。
壁の上部は白。照明は落ち着いた橙。暗くなると雰囲気のある店になる。
その白い壁の部分に、白と鮮やかな青を中心とした花をいくつも飾っていた。
受付用のテーブルを用意して、そこに店にあった薄緑のテーブルクロスを掛け、今日新郎新婦がもらったお祝いの花を置く。
あと、新郎新婦の衣装を着た猫の人形。これは夢香さんから「絶対置いて!」と頼まれたものだ。
そこに、来賓帳を二冊と、お金を入れる箱、筆記用具を揃えた。
開場まであと数分の時だった。
そこで、気づいてしまったのだ。受付の不在に。
俺の顔は若干青くなった。
男連中は俺がやればいいとして、女性はどうする?
誰か頼める人を探さないと・・・
そう、店内をうろついている時だった。
「あの、凌空さん。どうしたの?」
一緒に作業するうちに多少打ち解けてくれた琉亜さんが、俺に声を掛けてくれる。
ああ、もう。こうなったら、頼むしかない。
「琉亜さん、すみません。俺と一緒に受付やってもらえませんか?」
「受付?いいけど・・・どうしたの?」
「頼むの忘れてたんです・・・」
俺は思わず額を抑えて溜息を吐いた。
詰めが甘かった。自分の使えなさに呆れてしまった。
「大丈夫よ。分かったわ」
そんな俺を見て、琉亜さんは背中をポンと叩いてくれた。
「私が受付に立ったら、凌空さんは御客様の誘導をお願いね?終わったらすぐ戻ってね」
それだけ言って、よく見たら腿までスリットの入ったスカートを翻し、颯爽と受付に向かう。
その後ろ姿が格好良くて、俺はしばし見とれてしまった。
「凌空さん?どうしたの?」
受付に入った彼女が、動かない俺に声を投げかける。
「あ、はい!すみません!」
俺は急いで店のドアを開けた。
外にはもう歓談している参加者が数組待っていた。
「お待たせしました!井口家と立浪家の結婚披露宴パーティー二次会!開場します!受付お願いします!」
大きめの声で言って、来客を促す。
俺は直ぐに取って返して、受付に着いた。
「いい声してるわね」
「そ、そんなことないですよ・・・」
琉亜さんに言われて、俺は顔が赤くなるのを自覚した。
正直、嬉しかった。
※ ※ ※
無事、二次会が終了して、撤収作業もあらかた終わった。
客の大半も送り出して、後はオーナーの木乃美と、新郎新婦、俺と、琉亜さん、というメンバーしか残っていなかった。
俺は幹事として、完全に裏方に回ったので、料理もロクに食べられていない。
それよりも気になる事があって、俺の目はせわしなく琉亜さんを追った。
彼女は出口で、最後の客の送り出しをしていたが、その客の集団が帰らなくて困っていた。
周りには、独身男性の人だかりが出来ている。
そりゃそうだ。彼女は綺麗だしスタイルも良い。
あれで独身ですと来れば、男達が声を掛けないわけがない。
正直、声を掛けている男たちに嫉妬してしまう部分もある。
だが、俺が気になってるのはそこじゃない。
彼女の周囲に対する素っ気ない態度。あれは俺と同じものじゃないだろうか。
当たり障りのない返答、頷くだけで特に会話らしい会話も無い。
何より、死んだ魚のような眼。
ウンザリだと、琉亜さんが言う声が聞こえる気がする。
「今日こそは飲みに行きましょうよ、松下先輩!」
「ええと、私君に興味が無いって、前にも言わなかった?」
口調に遠慮が無くなっている気がする。
あれはそろそろ限界かも知れない。少なくとも、俺の言動に余裕がなくなった時はそうだ。
「そんなこと言わずに!一回!一回だけでいいですから!」
完全にナンパな目的の、後輩らしき茶髪の男。
琉亜さんの大きなため息が聞こえた気がした。
奴の笑顔は可愛い部類に入る。犬っぽくて、人懐っこそうだ。
そんでもって、スペックは―――よし。俺の方が上だな。
俺は、勇気を振り絞った。
今彼女を助けられるのは、たぶん自分だけだと自惚れて。
男たちに近づく。俺の身長は、そいつらより頭一つ高い。
後ろからでも、琉亜さんが良く見えた。額に手を当てて、今にも切れそうな琉亜さんが。
その人混みの後ろから、声をかけた。
「―――琉亜さん」
決して大声を上げたわけじゃない。
ただ、俺の声はよく通るんだ。
後ろに居た何人かが振り返って俺を確認すると、人混みが割れる。男達は俺と自分を見比べて、負けを痛感していることだろう。
結構だ。その為に人前に出たのだから。本当は女が来るから嫌なんだ。
俺は琉亜さんに近づく。
最後まで残ったのは、犬顔の男だ。
「ちょっとちょっと!俺今先輩と大切な話してるの!邪魔すんなよ」
キャンと吠えられた気がした。
俺はそいつを一瞥し、笑顔を向けてやった。
奴はビクッとなって一歩後ずさる。
別に普通に見ただけのつもりだったんだが、射殺しそうな視線でも投げてしまっただろうか。
まあ、だとしても奴の自業自得だが。
「お話中にすみません。お店側の閉店時間ですので」
そう言って、琉亜さんの手を下からすくい上げるように取る。お姫様にするみたいに、俺の手の上に彼女の手が乗った。
「控室へ戻りましょう?」
言ったのはそれだけだ。
とびっきりの笑顔付きで。
それだけで彼女の顔に、ボンと赤い花が咲いた。両頬に。
「そ、そうね・・・丁度、引き揚げようと、思ってた所なの」
赤い顔を隠すように、彼女は俺から目を逸らした。
俺はそれを見て、満足げに頷いた。
彼女の手を引ひて、人垣の中を移動する。
ゆっくりと、堂々と、見せつけるように。
人垣を抜けて、くるりと振り返った。
「今日はご来場、ありがとうございました」
笑顔で軽く頭を下げる。
「お帰りはあちらです」
空いた手で、入り口を指し示すと、ため息と共に男たちは出て行った。
ついでに、入り口で俺を待ち伏せしてただろう女性達も去っていく。
あの二組で合コンでもすればいいのに。
フン、と鼻を鳴らしてしまった。
「あ、ちょっと!?」
俺は再び琉亜さんの手を引いて、控室という名の厨房に逃げ込んだ。