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運命の人  作者: 梅干 茶子
3/6

似てる・・・?



 受付の、手配を忘れていた。

 これは俺の完全なミスだ。


 機械操作や司会進行は春斗の会社の同僚達に依頼した。彼らは早めに到着してくれて、今は音響チェックを行っている。

 飾りつけは大方終った。こちらは江藤さんが手配していてくれた夢香さんの友人達だ。

 店内の壁の下半分や椅子等は特にひねりの無い濃い目の茶色。マボガニーってやつだ。

 壁の上部は白。照明は落ち着いた橙。暗くなると雰囲気のある店になる。

 その白い壁の部分に、白と鮮やかな青を中心とした花をいくつも飾っていた。

 受付用のテーブルを用意して、そこに店にあった薄緑のテーブルクロスを掛け、今日新郎新婦がもらったお祝いの花を置く。

 あと、新郎新婦の衣装を着た猫の人形。これは夢香さんから「絶対置いて!」と頼まれたものだ。

 そこに、来賓帳(ゲストブック)を二冊と、お金を入れる箱、筆記用具を揃えた。


 開場まであと数分の時だった。

 そこで、気づいてしまったのだ。受付の不在に。

 俺の顔は若干青くなった。

 男連中は俺がやればいいとして、女性はどうする?

 誰か頼める人を探さないと・・・

 そう、店内をうろついている時だった。


 「あの、凌空さん。どうしたの?」


 一緒に作業するうちに多少打ち解けてくれた琉亜さんが、俺に声を掛けてくれる。

 ああ、もう。こうなったら、頼むしかない。


 「琉亜さん、すみません。俺と一緒に受付やってもらえませんか?」

 「受付?いいけど・・・どうしたの?」

 「頼むの忘れてたんです・・・」


 俺は思わず額を抑えて溜息を吐いた。

 詰めが甘かった。自分の使えなさに呆れてしまった。


 「大丈夫よ。分かったわ」


 そんな俺を見て、琉亜さんは背中をポンと叩いてくれた。


 「私が受付に立ったら、凌空さんは御客様の誘導をお願いね?終わったらすぐ戻ってね」


 それだけ言って、よく見たら腿までスリットの入ったスカートを翻し、颯爽と受付に向かう。

 その後ろ姿が格好良くて、俺はしばし見とれてしまった。


 「凌空さん?どうしたの?」


 受付に入った彼女が、動かない俺に声を投げかける。


 「あ、はい!すみません!」


 俺は急いで店のドアを開けた。

 外にはもう歓談している参加者が数組待っていた。


 「お待たせしました!井口家と立浪家の結婚披露宴パーティー二次会!開場します!受付お願いします!」


 大きめの声で言って、来客を促す。

 俺は直ぐに取って返して、受付に着いた。


 「いい声してるわね」

 「そ、そんなことないですよ・・・」


 琉亜さんに言われて、俺は顔が赤くなるのを自覚した。


 正直、嬉しかった。




 ※ ※ ※




 無事、二次会が終了して、撤収作業もあらかた終わった。

 客の大半も送り出して、後はオーナーの木乃美と、新郎新婦、俺と、琉亜さん、というメンバーしか残っていなかった。

 俺は幹事として、完全に裏方に回ったので、料理もロクに食べられていない。

 それよりも気になる事があって、俺の目はせわしなく琉亜さんを追った。


 彼女は出口で、最後の客の送り出しをしていたが、その客の集団が帰らなくて困っていた。

 周りには、独身男性の人だかりが出来ている。

 そりゃそうだ。彼女は綺麗だしスタイルも良い。

 あれで独身ですと来れば、男達が声を掛けないわけがない。

 正直、声を掛けている男たちに嫉妬してしまう部分もある。


 だが、俺が気になってるのはそこじゃない。

 彼女の周囲に対する素っ気ない態度。あれは俺と同じものじゃないだろうか。

 当たり障りのない返答、頷くだけで特に会話らしい会話も無い。

 何より、死んだ魚のような眼。

 ウンザリだと、琉亜さんが言う声が聞こえる気がする。


 「今日こそは飲みに行きましょうよ、松下先輩!」

 「ええと、私君に興味が無いって、前にも言わなかった?」


 口調に遠慮が無くなっている気がする。

 あれはそろそろ限界かも知れない。少なくとも、俺の言動に余裕がなくなった時はそうだ。


 「そんなこと言わずに!一回!一回だけでいいですから!」


 完全にナンパな目的の、後輩らしき茶髪の男。

 琉亜さんの大きなため息が聞こえた気がした。


 奴の笑顔は可愛い部類に入る。犬っぽくて、人懐っこそうだ。


 そんでもって、スペックは―――よし。俺の方が上だな。


 俺は、勇気を振り絞った。

 今彼女を助けられるのは、たぶん自分だけだと自惚れて。

 男たちに近づく。俺の身長は、そいつらより頭一つ高い。

 後ろからでも、琉亜さんが良く見えた。額に手を当てて、今にも切れそうな琉亜さんが。

 その人混みの後ろから、声をかけた。


 「―――琉亜さん」


 決して大声を上げたわけじゃない。

 ただ、俺の声はよく通るんだ。


 後ろに居た何人かが振り返って俺を確認すると、人混みが割れる。男達は俺と自分を見比べて、負けを痛感していることだろう。

 結構だ。その為に人前に出たのだから。本当は女が来るから嫌なんだ。


 俺は琉亜さんに近づく。


 最後まで残ったのは、犬顔の男だ。


 「ちょっとちょっと!俺今先輩と大切な話してるの!邪魔すんなよ」


 キャンと吠えられた気がした。

 俺はそいつを一瞥し、笑顔を向けてやった。

 奴はビクッとなって一歩後ずさる。


 別に普通に見ただけのつもりだったんだが、射殺しそうな視線でも投げてしまっただろうか。

 まあ、だとしても奴の自業自得だが。


 「お話中にすみません。お店側の閉店時間ですので」


 そう言って、琉亜さんの手を下からすくい上げるように取る。お姫様にするみたいに、俺の手の上に彼女の手が乗った。


 「控室へ戻りましょう?」


 言ったのはそれだけだ。

 とびっきりの笑顔付きで。


 それだけで彼女の顔に、ボンと赤い花が咲いた。両頬に。


 「そ、そうね・・・丁度、引き揚げようと、思ってた所なの」


 赤い顔を隠すように、彼女は俺から目を逸らした。


 俺はそれを見て、満足げに頷いた。

 彼女の手を引ひて、人垣の中を移動する。

 ゆっくりと、堂々と、見せつけるように。


 人垣を抜けて、くるりと振り返った。


 「今日はご来場、ありがとうございました」


 笑顔で軽く頭を下げる。


 「お帰りはあちらです」


 空いた手で、入り口を指し示すと、ため息と共に男たちは出て行った。

 ついでに、入り口で俺を待ち伏せしてただろう女性達も去っていく。


 あの二組で合コンでもすればいいのに。

 フン、と鼻を鳴らしてしまった。


 「あ、ちょっと!?」


 俺は再び琉亜さんの手を引いて、控室という名の厨房に逃げ込んだ。


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