ガーナの憂鬱
サウジーラ王国。大陸南部の温暖な地域にその王国は存在した。巨大な城を中心として円形に広がるその国は中心から順に城下町・貴族街・下町の順に分け隔てられていた。城下町には王族とそれに並ぶ階級の者。貴族街には王族に認められたそれなりの味力や権力といったものを有する者達が。そしてそして下町にはそれら以外の平民がそれぞれ暮らしていた。この大陸に数ある王国の中でも比較的富裕層が多く下町の平民でも普通以上の暮らしはできているので成り上がりを目指して他所の街から移住してくるものも少なくない。
そして成り上がる為に最も手っ取り早いのは魔法だった。王国が誕生して以来繁栄に大きく貢献してきたのが魔法とそれを扱える魔導師の存在だ。重視しているだけあって魔法技術の教育にも力を注いでいて住人の大多数はその力を生活の礎として用いている。
しかし、それだけ魔法と野望が満ちていれば犯罪が発生することも少なくはなかった。もっとも、大きな事件を起こそうものなら王国の魔導師団にすぐさま察知され、晴れて今後の生涯を獄中で過ごすこととなる。だから貴族街以上で犯罪を犯すものはそうそういなかった。が、そういった理由で治安の悪さは下町に集中していたが魔導師団も一番人口が多い下町の事件など余程のことがない限りいちいち動くことはない。
そんな現状に憂い、頭を悩ませる青年がいた。
「団長様ー!!大変です!!また下町の奴らが・・・」
団長と呼ばれたその男は慌てて自分を部屋に呼びに来た兵士にすぐに現場確認に向かうよう指示すると、机に肘をつきため息をついた。
「今日は魔法水道の暴走か。・・・やれやれ。下町が慌ただしいのはいつものことだけど、こうも毎日のように朝から事件事件だと流石に参るね。」
若くして就いた魔導師団長というその立場から軽々しく愚痴も吐くこともままならず、こうして独り言のように誰にも聞かれないように自分で自分の愚痴を聞くのが日課になっていた。
(こんな時アスラがいればな・・・)
アスラがこの国の魔導師団を去って何年が経っただろう。自分と同期で魔導師団の一員となり相棒として数多くの戦いを共にしてきた男のことを、自らの手に余る状況に追い込まれるたびに思い出していた。
「だ、団長様!!ーーーガーナ様!!大変です・・・下町が・・・!」
「・・・わかった。僕も行くよ。」
ガーナは愛用の剣を携え現場へ向かう支度を整えた。
(・・・いない人間のことを考えたって仕方ないのはわかってる。)
ーサウジーラ王国の若き現魔導師団長・ガーナ
かつてアスラが魔導師団に属していた頃、多くの行動を共にした戦友の悩める姿がそこにはあった。
一方その頃。無事に城門で通行証を発行し終えたアスラとエリスはガーナの気苦労など知らずに下町へと足を運ばせていた・・・のだが
「こりゃあ・・・ガーナのやつも大変そうだな。そこら中水浸しじゃねぇか。」
久しぶりに訪れたサウジーラの下町の変わらない慌しさにアスラは苦笑しつつもどこか懐かしさを感じていた。
「これは・・・一体どうしたっていうのでしょうか。」
エリスは街の様子をみて驚いている様子だ。しかし、通常ならばその反応が正しい。
「この街じゃこんなのが日常茶飯事さ。他の国のことは知らねぇけど、どこも下町っていえばこんなもんだと思ってたが。」
「そう・・・なんですね。」
エリスは顔を少し曇らせたものの次の瞬間には辺りを見回し状況を把握しようと努めている。しかしそこらが水浸しになるなんて理由はそう多いものではない。
「まぁ、大方魔法水道の大元に施されてる術式に異常でもあったんだろう。しかしまぁこんな状況じゃ探し物もままならん。話でも聞いて回るか。」
「ええ、そうですね。」
その後何人かの住人に話を聞いて回ったもののやはり原因は水道の術式異常らしいことが判明した。街に水を供給するための術式とあってそれなりに高位の魔法が用いられているが、とは言っても人為的に組んだものだし魔法は永久ではない。組まれた術式も時と共に劣化する。大抵はそういったものの修繕を専門とする魔導師に依頼して解析した術式を"上書き"してもらうのだが
「今回はどうやらそうもいかないらしいな。」
話を聞く限りでは魔導師が術式を修復しても安定せずすぐに異常が発生してしまう状態らしい。
「なんなんだかな。とりあえず俺らも見に行ってみるか。」
こうしてアスラとエリスは異常が発生したとされる術式の様子を見に現場へと足を運んだ。
ーーその頃騒ぎを聞き水道の大元を訪れていたガーナはやはり頭を抱えていた。
聞いていた通りいくら術式を修復してもたちまち元に戻ってしまう。こんな現象は初めてだった。
(どうしたものか・・・修復自体は受け付けてくれるのに維持ができない。これは術式の異常というよりもっと根本的な・・・マナの異常なのか。)
だとしたら到底自分の力では直すことは出来ない。マナの流れの異常は一部の魔導師にしか読み取ることは出来ずもちろん修復も出来ないのだ。そして現在この国にそこまでの魔法を使えるものは存在していない。
「お手上げだな。はぁ・・・」
ガーナは座り込み頭をフル回転させていたが万策尽きたといった様子でため息をついた。
「アスラ・・・君ならどうする?」
いつもの癖でそこにいない筈の友の名を口に出した瞬間
「呼んだか?ガーナ。」
「え!?」
普段なら間違えなく帰ってくることのない返答にガーナは耳を疑いすぐさま振り向くと、そこにはガーナと同じく問題の現場を訪れたアスラとエリスの姿があった。
「久しぶりだな・・・何年振りだ?」
「アスラ・・・どうしてここに・・・」
「ま、とある事情でな・・・なにやら大変そうじゃないか?」
「そうなんだよ・・・じゃなくて!今まで一体どこで何をやってたんだ!?いきなり姿を消してから僕がどれだけ大変だったか!!」
「主に下町の奴らに、な。しかしだ、いずれは去ることになってたかも知れなくとも俺は追放された身だぜ?鬱憤を俺にぶつけるのはお門違いじゃないか?」
アスラにそう言われるとガーナは冷静になったのか深く呼吸を吸い込んだ
「そうだね・・・すまない。君の話はおいおい聞くとして、どうやらこの魔術の異常はマナの流れに問題があるからみたいなんだけど。生憎この国にはそんなものまで直せる魔導師はいないんだ。残念ながらね。」
「マナの流れか。どれ、ちょっと見せてみろ。」
そう言ってアスラが術式に近づくとアイリスと出会った時と同じように、どこからともなく頭の中に直接声が聞こえてきた。
(苦しい・・・誰か・・・)
(この感じ・・・アイリス?いや似ているけどこの感覚は違う。)
アスラは会話を試みたがどうやら自分の念は届かないらしい。あくまでも一方通行のようだ。
「なぁ、ガーナ。この辺りに精霊がいるって話は聞いたことないか?」
「精霊?・・・そんなの言い伝え上の存在だろう?いきなりなにを言うんだい?」
そうだった。とアスラは思いどうしようか悩んでいると「そういえば」とガーナが何かを思い出したかのように続けた
「精霊・・・が本当に存在しているかは知らないけれど。サウジーラの近くに水の聖域と呼ばれている川があるよ。マナの濃度が濃くて通常は立ち入り禁止だけどね。」
「マナの濃度が濃い人の立ち寄らない所・・・アスラ、もしかしたら。」
ここで口を挟んだエリスにガーナはようやく気がついた様子で「君は?」と問いかけた。
「わたしはエリスと申します。ギルド・最果ての夢に属するもので今はアスラの旅に協力しています。」
「最果ての夢?聞いたことないギルドだね。それに旅の手助けまで行ってるギルドも聞いたことないよ。」
「そ、それはわたしのギルドはとても小さいので・・・名も売れていないですし今は依頼は極力なんでも引き受けるようにしているのですよ。」
エリスがそう答えると特に怪しむ素振りもなくガーナは「そうなんだね」と呟き本題に戻ろうとしたが、アスラはこの状況でもエリスの表情が一瞬安堵したのを見逃さなかった。
「・・・で、最近その水の聖域に異変はなかったか?」
「それが、数日前に巡回に行ったらわずかな違いでしかないけど普段よりマナの流れが乱れているように感じたんだ。僕以外は気づかない程度のものだから気にしていなかったんだけど・・・」
(数日前か。セネルの村が襲われたのと重なるな。何か関係があるのか?)
アスラはタイミングよく重なった今回の事件が偶然だとは思わなかった。きっとなにかしら繋がりがある。さっき聞こえた精霊らしき者の声も相まって疑惑は確信へと変わりつつあった。
「決まりだな。おそらくその水の聖域って所で何かが起こってるんだろう。行ってみようぜ。」
「行くって・・・僕や君ならともかくそっちのエリスさんは大丈夫なのかい?下手に近づくと体に異常をきたす可能性だってあるくらいのマナの濃度だよ?」
「だってよ。どうだ?エリス。」
「あ、はい。大丈夫だと思いますよ。」
ニコッと笑いながらあっけなく答えたエリスにガーナは不安を感じつつも、ここで手をこまねいているわけにもいかず二人を連れて水の聖域に向かうことを決めたのだった。
「じゃあ、一時間後に城門に来てくれ。僕は一旦報告をしに城へ戻るよ。」
「相変わらずいちいちめんどくさそうだな。魔導師団様はよ。」
アスラが悪い笑みを浮かべながら皮肉を垂れるとガーナは再びため息をついてアスラの方をじっと見つめた。
「な、なんだよ・・・」
「・・・なんでもないよ。じゃあまた後で」
そうガーナが言いかけた時一人の兵士が走って来て大声でガーナを読んだ。
「団長様〜!!具合はいかかでしょうか〜!?」
「? 団長なんかここにはいないぜ。まさか直々に下町の様子なんか見に来るはずもないしな。なあ、ガーナ。」
「・・・」
ガーナは沈黙していた。出来ることならアスラには知られたくない。そう思っていたがどうやらその願いは叶わなかったらしい。
「ガーナ団長〜!!」
兵士がそう叫んだ瞬間アスラは思わず「え?」と目を丸くしていた。
その後ガーナはこの日一番のため息をつき渋々白状せざるを得なくなってしまう。
「ええええええええええええええええ!?」
そして、エリスとガーナは今までもこれからも聞くことのないであろう、アスラの人生における最大音量の驚きの叫びを耳にするのだった。