アスラ
その男は類まれな魔力と才を持って生まれた。誰に教わるでもなく、年齢が十の位になる頃には既に独学で数多くの魔法を習得したという。彼の周りの人々はきっと誰もがこぞってこう思っていた筈だ。
この子はきっと立派な魔導師として国で名を上げてくれる。
事実、いち早く彼の身近の人々は多大なる期待を寄せていた。しかし、彼は人々が自らに抱く期待の裏側をなんとなく感じ取っていた。ただでさえ人の気持ちに敏感な時期であるのに加えて、幸か不幸か"そういったモノ"を感じ取る力にも長けていたのだ。
だが、あくまでも彼は応え続けた。否、応えるフリを続けていた。
そして十五歳を迎えた日の夜。街が寝静まった夜更けを見計らい、彼は一人で街を出て姿を消したのだった。
「ははは・・・ようやく始まる。魔法もみんなの言う才能ってやつも俺のものだ・・・なんのために誰のために使うかなんて自分で決める!これで自由だ!」
こうして、とある王国の領地にある小さな街始まって以来の天才と言われた少年は長い旅に出るのであった。
「ーーう、ん・・・」
随分と懐かしい夢を見たな。アスラは今の自分が始まった遠い日のことを思い出しながらも重い体を起こし、すぐに現実に帰った。
「おはようございます。流石ですね。あれだけの力を使ってもこれだけ回復が早いだなんて・・・」
「お前は・・・確かエリスって言ったか。何者だ?」
あんな状況下でも名乗ったことをアスラが覚えていたことが嬉しかったのだろう。にこりと微笑みながらエリスはゆっくりと口を開いた。
「改めて・・・わたしはエリス。この村から依頼を受けてやってきたギルドの者です。・・・と言っても少しばかり遅かったようで非常に悔やまれますが。」
「なるほど、お前がゴンのじいさんが言ってたギルドの人間か。・・・他のメンバーは?」
「そのことについては後ほどお話させて頂ければと思います。それよりも今は・・・」
エリスにそう言われると、アスラは先程まで倒れて眠っていたことを忘れたかのように立ち上がりヨロヨロと歩き始め
「みんなは・・・どうなったんだ・・・」
昨日の騒乱に巻き込まれた村人達の安否を確認するべく、険しい顔をしているエリスを置いてふらつく体を引きずって一人家を出た。
「・・・まさかこんなことになるとは思わんかったわい。」
ゴンは一夜にして変わり果ててしまった村を眺め悲しそうに呟き座り込んだ。戦えない人たちは一箇所に集まって身を隠していたから無事だったが、広場を中心にかなりの被害が出ているようだ。そして、何より
「・・・こんなに大勢が殺されたってのか。」
歩いてきたアスラが見たのは壮絶な光景だった。村を守るため必死に戦った者達の亡骸と無念にも破壊されてしまった村。やり切れない感情が湧き出してきそうだったがアスラはなんとか冷静さを保とうと努めている。大事なことを確認するために。
「なぁゴンさん。あんた、精霊とハイルーンについて何か知らないか」
「ハイルーン・・・どうしてお前がその名を知っとる!」
ハイルーンと聞くとゴンは珍しく取り乱した様子を見せ逆にアスラに詰め寄った
「昨日攻め込んできた奴らがそれを探していると言ったんだ。もっともあんたは知らぬ存ぜぬと返したそうだが。」
「なんてことじゃ・・・では昨日村を襲ってきたのはあやつらだったのか・・・」
ゴンは震えながらかすかに嗚咽を漏らしている。しびれを切らしてアスラが「なぁ」と声に出しそうになった時だった
「ハイルーンとは高位精霊の力そのものです。いえ、むしろ彼らそのものと言った方が正しいですね。」
「だ、誰じゃ!」
ゴンとアスラが声のした方へ振り向くとそこにはエリスがいた。
「わたしはギルド・最果ての夢から参りましたエリスと申します。・・・今回は遅くなりお役に立てずに申し訳ありません。」
「最果ての夢・・・あ、あんたのような女子が一人で来たって言うのか。」
「はい。訳あって今回はわたし一人で。しかし予想外の事態が起こりました。まさか彼らが噛んでいるなんて思ってもいなかったので。」
「う・・・そうじゃな・・・ここであんたらを責めるのはお門違いじゃな。・・・二人とも、今夜ワシの家へ来てくれ。・・・ワシの知っていることを全て話そう。今は疲れてるだろうからゆっくり休んでくれ。」
ゴンは感情の整理が追いついていないようだったが、二人にそう言い残すと立ち去って言った。
「ゴンのじいさん・・・やっぱり何か知ってたんだな。」
「・・・仕方ありませんよ。今では精霊なんて所詮言い伝えの中だけの存在に過ぎませんから。」
エリスにそう諭されると何も言えなかった。つい昨日自分自身もその目でアイリスと出会うまでそう思っていたからだ。
「そうだな。あの人を責めるつもりはないよ。・・・俺は夜まで休ませてもらうぜ。あんたは?」
「わたしは少し調べ物をして来ます。夜までには戻りますので。」
「そうかい。じゃあまた後でな。」
日が昇り壊滅しかけた村が照らされ始め、より昨夜の出来事が鮮明になっていく中アスラは早足で家へと急いだ。人が死ぬところを見るのは初めてではない。どころか普通の人よりその瞬間に立ち会う機会は多かった。考えなければいけないこと、確かめなくてはならないことに意識を向けてはいるが依然としてアスラの胸の中はこの村を救えなかったことで溢れている。
(もっと強く・・・)
己の無力を感じつつもアスラは前を向こうと努めていた。
「みんなの仇・・・俺がとるよ。」
そう強く心に秘めると、アスラは今晩へ向けて再び深い眠りについたのだった。