兆し
遥か昔、この世界は大きな繁栄を誇った。いつの頃からか人間はこの世界に満ちるエネルギーを自らの体に取り込み、様々な現象として発現させる能力を得た。その力は元来人間に備わっていたものとして急速に広まっていき、あらゆる分野においてめざましい発展の礎になり少しずつ人々の生活は変わり始めていた。人々はこのエネルギーにマナと名付けマナの使役によって巻き起こる現象を魔法と呼んだ。しかし人間はまだ気づいてはいなかったのだ。魔法技術が世に広まり一般的になった頃と時を同じくしてこの世界に生まれた邪悪なるものの存在に。
この世に魔法という特異な力が広まり遥か千年の時が流れた。この大陸に存在するいくつかの強大な王国は各国に存在する秀でた魔法技術を持つ人間を募り強力な魔導師団を設立し、自国の力の誇示のため研究が続けられていた。そして国民は身の安全を保障されると同時に支配という名の不自由な暮らしを強いられることとなっていった。
そんな世の中だからか、中には王国の庇護と支配を望まず辺境の地で慎ましい生活を続ける村や町も少なくはない。そしてここ、セネルの村もそういった人々が集まり開墾された場所の一つだ。
「おーいアスラやー」
杖をついて歩くヒョロヒョロとした老人に名前を呼ばれ一人の青年が振り返った。
「なんだい?ゴンの爺さん。」
アスラと呼ばれた青年はまたかい、といった様子で老人の元へ歩み寄りながら「また腰でもやっちまったか?」と皮肉を飛ばしたのだが
「残念ながら違うわい。・・・腰は常に痛いがの。今日はそれどころではないんじゃよ。」
と、ゴンはワザとらしく腰をさすりながらも深刻そうに話を続けた。
「実は、ここ最近この村の周りに現れる魔物の数が増えてきていてな・・・お前も知っての通りこの村には戦えるものが少ない。魔法が扱えるものもそうじゃが、今までこういったことはなかったのでな。皆戦うということに慣れておらんのじゃ。」
アスラは黙って聞いていたが、やがてやれやれといった様子で口を開いた。
「話はわかったよ。・・・しばらくは俺が警戒線を張っておく。しかしだゴンさん。俺一人でこの村全域を守るのはちと無理があるぜ?小さいっていってもだ。」
「小さいは余計じゃ。心配せずともギルドへ依頼として書簡を飛ばしてある。何日か後調査と魔物の討伐にやってきてくれることじゃろう。」
「ギルド、ね。安い額じゃなかっただろうに。」
ギルド。王国の支配を望まず独立した人々の中から戦う力のあるものが集い有償にて様々な依頼を引き受ける便利屋や自警団のような存在で、今回のような危険がつきまとう依頼は基本的に報酬も割高で設定されることも多い。
「そうも言ってられん。今まで魔物の被害が一切無かったわけではないが、このままでは村人の身に危険が及ぶかもしれんと話し合いの結果じゃ。背に腹は変えられんよ。余所者のお前には悪いが少しばかり力を貸しておくれ。」
「おいおい、余所者だなんて寂しいこと言うじゃないか。・・・この村に拾ってもらってもう何年も経つ。これくらい協力させてもらうさ。俺の魔法はこういうことにしか活かせないしな。」
「そう言ってもらえるとありがたいわい。しかし決して無理はせんようにな。お前はもうこの村の一員じゃ。死なれでもしたら・・・」
「わかってるよ。心配するなって。早速今日から見回りを増やしてみるよ。」
「すまんの。感謝するよ。」
そう言うと再びヨボヨボと来た道を戻っていった。そんな背中を見送りつつアスラはこの村に流れ着いた時のことを思い返していた。
(もう五年も経つか、そりゃゴンさんも歳をとるわけだ)
アスラはかつてある王国の魔導師団に所属していたがどうも肌に合わずある時失踪同然に姿を消し、しばらく放浪を続けたどり着いたのがこのセネルの村でゴンさんは色々と世話をしてくれた恩人だ。
普段は口にすることこそなくても内心とても感謝している。どこからともなく現れた元魔導師団の人間を受け入れてくれたこの村を守れるならとこれまでも魔物の退治などを行ってはきたが、アスラ自身も近頃の魔物の動きには違和感を覚えていた。
「変なことでも起きなきゃいいけどな。」
らしくない。と思いつつもアスラは自分が感じている仄かな不穏が杞憂であることを願った。