介入1
20XX年6月8日。
ドラゴンがロサンゼルスを襲撃してから1週間が経過した。
ロサンゼルスのダウンタウンでは米軍、警察、消防による行方不明者の捜索活動が行われており、被害の大きかったダウンタウン地区はボランティアや各宗教団体も集まって瓦礫の撤去作業などに勤しんでいた。
その作業の様子をホワイトハウスの執務室でテレビ中継を見ながら昼食のハンバーガーを食べているのはトーマス大統領と国防長官のマッキンゼーであった。
今日のハンバーガーは日本風にテイストされた『ネオ・テリヤキバーガー』を食している。
ひと味違う味付けにトーマスは美味しそうにハンバーガーを食べながらマッキンゼーに呟く。
「思ったよりもドラゴンの攻撃は尋常ではなかったな…ロスだからこの程度の被害で済んだ…もしあれをニューヨークで出現させていたら米国の経済が崩壊していただろうな」
「ええ。私も想像していたよりもドラゴンの耐久力に驚きましたよ…A-10の30ミリ機関砲や空対空ミサイルを腹部に喰らっても殆ど無傷でしたからな。レインボー計画の記録では駆逐艦に搭載されていた20ミリ対空砲でドラゴンを撃墜したと書かれていたので、そこまで頑丈ではないと想像していましたが…どうやらあのドラゴンは極めて特殊なドラゴンのようです。今回のドラゴンを出現させる際に協力してくれた異世界人曰く『あれ程のドラゴンは滅多に現れない』とのことです」
「特殊なドラゴンか…ゲームであれば隠しボスあたりだろうよ。しかし、随分と派手に暴れてくれたものだ…おかげでここ数日はあまり寝れていないからな…」
トーマス大統領がマッキンゼー長官に依頼したとはいえ、予想よりも大きな被害をもたらしたドラゴンのせいで事後処理に必要な書類のサインが終わらないのだ。
その中でも多いのが死者の埋葬許可や州知事が逐一報告している被害状況確認の書類だ。
死者・行方不明者は14万3千人を超え、ロサンゼルス州の遺体安置所は既にパンク状態で衛生上の理由から土葬ではなく火葬して遺灰を遺族に渡しているほどひっ迫している。
アリゾナやネバダ、オレゴンといった周辺州から駆けつけた霊柩車も駆り出しているが、そうした霊柩車に乗せられて郊外にある墓地に埋葬することができるのはごく一部の金持ちや軍人など限られた人だけであり、大半の市民は軍の輸送トラックにすし詰め状態で遺体を乗せられて、火葬するという状態だ。
さらに、一番トーマス大統領に響いていたのはロサンゼルスを始めとする西部州で発生している経済的な損失であった。
なにせダウンタウン地区の半数の建物はドラゴンの炎で燃やし尽くされた上に、高層ビル街は完全に廃墟と化してしまっている。
おまけに世界最強と謳われた米軍が一時的にとはいえ、ドラゴンに圧倒されてしまう光景がテレビ中継を通じてSNSに拡散されたことで、米国全体の株取引が中止される事態が起こり一時的に米国市場経済が500ドル以上も下がりリーマンショック並みに急落したのだ。
米国市場の大混乱を発端とする一連の騒動は世界中の株価にも多大な被害をもたらした。
比較的安定していた日本や中国の株価も事件の余波を受けて大幅に下落した。
さらに西海岸で同様の被害が発生する恐れを感じた投資家たちはロサンゼルスだけではなくサンフランシスコやシアトルの資産を引き上げたことで、経済的被害が西海岸一帯に広がっていった。
被害額も直接的なものから経済的なものを全てひっくるめて3000億米ドル…日本円にして約33兆円という途方もない金額になったのだ。
復興にも金は掛かる。
例をあげるとすれば2011年に日本を襲った東日本大震災の復興費用は23兆円ともいわれる。
経済的・人為的被害の規模は21世紀に入って最悪となった。
つまりそれだけ巨額の費用を国が負担しなければならないのだ。
これは決して軽くはない錘でもある。
「だが、これは投資だよマッキンゼー長官。ダウンタウン地区にはもう高層ビルは建設できないかもしれないが、少なくともあの場所には異世界に接続が出来た状態だろう?異世界にいつでも正義と規律を重んじる偉大な国家を進出させる足掛かりとなったのだ。犠牲になった11万人以上の国民も異世界で産出された資産の一部を復興支援の一環で貰えるとなれば万々歳で喜ぶだろう」
トーマス大統領にとってこの3000億米ドルの損失は先行投資に掛かる費用に過ぎないと言い切ったのだ。
トーマス大統領率いる共和党議員は全てシアトルの集会に集まるように厳命していた為、ロサンゼルスでの被害はゼロであった。
対して野党民主党議員のうち次期大統領候補として名前の挙がっていた「ビル・ヘドワーズ」議員を始めとする有力議員の死亡が確認されている。
不慮の事件に巻き込まれた被害者として民主党支持者は深く嘆き悲しんでいる。
「しかしながら、あのライブラリータワーに突き刺さっているドラゴンの死骸…思っていたよりも解体作業がままならないそうです、完全な解体にはひと月は以上掛かるようです」
「そうか、だがあのまま放置して悪臭を漂わせるわけにもいかない。一度研究機関にドラゴンの頑丈な皮膚などを持ち帰らせてから、残りの外骨格などの骨は博物館に寄付するほうがいいかな?」
「それがいいかと…なにせ、異世界の生命体の標本になりますからね…博物館としてもその資料は欲しいでしょう」
撃墜した際にライブラリータワーに突き刺さって絶命したドラゴンを解体しようにも、ミサイルや機関砲をも跳ね返すほどの強化装甲のような凄まじく頑丈な皮膚であるため、解体作業は思っている以上に難航していた。
クレーン車や炭鉱掘削で使われる機材を搬入して夜通しで進められているが、まだ解体は全体の4分の1にも達していない。
だが、このドラゴンの強靭すぎるメカニズムが分かれば合衆国の科学力を用いて必ずや覇者になれるだろう。
この時、異世界に通じる空間転移場は合衆国海兵隊が抑えており、現在異世界人が海兵隊に指導して機材の設置や搬入を指示していたのであった。