異世界合衆国領レーオー 5
さぁ戦闘だ。
準備を整えよ
狩人は昼間よりも暗闇に紛れて行動を起こすことが多い。
いや、我々の習ってきた人類の歴史では逆だろう。
暗闇では熊などの凶暴な野生動物は夜襲って来やすい。
昼間に狩りをして夜になれば寝床で火をくべて野生動物が近寄らないようにする。
人類史における学説とも呼べるだろう。
それが異世界でも通用するとは限らない。
異世界では夜に狩りをするようだ。
その証拠に特殊な模様を施された弓矢を持って森の中を駆けている者たちがいた。
「そっちに行ったよ!」
「あいよ!それ!加護を受けた矢だ!絶対に避けられないぞ!!」
「ハハハッ!それでトドメを刺してしまえ!!!」
三人は走りながら獲物を追っている。
見た限り歳は二十歳ぐらいだろうか。
全員女性の特徴がはっきりと月明かりで映し出される。
白衣を着ており、背中には長さ50センチほどの矢入れを抱えて弓を持っているだけの軽装だ。
とても本格的な狩りをする格好ではない。
しかし、彼女たちにとってこれは狩猟と同じ意味合いを持つ神聖な儀式でもある。
因縁とも呼ぶべきか、追っているのは野生動物ではない。
人間の少女である。
「はぁ…っ…!はぁ…!!はぁっ…!」
獲物は少女。
そう、少女なのだ。
褐色肌で紅い髪の毛をしている十五か十六ぐらいの少女を女性たちが追っているのだ。
正確にいえば弓矢を構えて追っている側も人間種ではあるが、種族が違う故に平等ではないのだ。
追う側が強者であり、追われる側が弱者だ。
異種族の村を焼き払い、老若男女を殺して、殺して、殺してもまだ村で生き残っていた人間がいた。
その人間が、今追われている少女だ。
「助けてっ!!!死にたくない!!!」
少女は叫ばずにはいられなかった。
少女の目の前で両親は殺されたのだ。
自分を育ててくれた両親の顔が粘土のように崩れる瞬間を目撃し、発狂寸前になりながらも声を抑えて必死に逃げてきたのだ。
既に足の裏側は血豆が出来ており、腕や足には痛々しい傷が出来上がっている。
今捕まったら殺されるだろう。
両親のようにハンマーを振り下ろされて一撃で殺されたらまだ運が良い。
もし生け捕りにされたらどのような殺され方をするか…。
想像するだけで少女は火事場の馬鹿力を発揮して体力の限界を超えて走ることが出来るのだ。
しかし、無情にも狩人は距離を縮めていく。
「ねぇ…そろそろ終わらせようよ。早く仕留めて広場に飾っちゃおうよ!」
「そうね、いっぱい飾って色とりどりにしよう!」
「異教徒と異種族の首を捧げよう!捧げよう!」
「さぁ、まずは足を止めるわよ!」
弓に力が籠る。
弦を引いて少女の左足に狙いを定める。
弦に呪文を唱えると矢の先端部分から緑色の火花が飛び散る。
「さぁ、異物に喰らい付け…カクトゥース・ボルゲーナ!!!」
―シュバッ!!!
呪文を唱え終えてから弦を離した途端に、空気を切り裂く音が森の中に轟く。
ジグザクに移動しながら矢は進んでいく。
緑色に発光しながら少女の左足に狙いを定めたようだ。
木々を避けながら少女に近づいていく。
森を切り開いた場所に少女がたどり着いたその瞬間に、少女の左足の踵の部分に矢が突き刺さった。
「ああああああああああああ!!!!!!」
激痛。
突き刺さった矢は少女の踵の中で炸裂したのだ。
矢の先端部分に入っているのは異世界に生息している花の種だ。
種が芽を出すときにサボテンの棘に似た形の鋭い芽を無数に出すが、その種を呪文を使うことで相手の肉体に入った途端に急成長するようにしたのだ。
突き刺さった箇所から周囲に炸裂するように鋭くて硬い芽が生えてくる。
ただ単に矢が当たっただけならまだ少女は立ち上がることが出来ただろう。
しかし、踵の中で突き刺さったのは無数の棘だ。
それも強い痛みを伴うので普通であれば立ち上がることも出来なくなるほどの激痛に襲われる。
踵は抉れて肉を突き破るように芽が飛び出している。
至近距離で散弾を浴びるようなものだ。
少女はのたうち回りながら、大声で助けを求めた。
「痛いよぉぉおおお!!!誰かああああ!!!助けてえええぇぇぇぇぇぇ!!!!」
無我夢中で少女は大声で助けを求める。
痛みで涙が溢れて前が見えない。
涙を拭こうにも左足を抑えるのに必死で気が回らない。
少女は死を悟った。
もう助からないと、このまま連れ去られてしまうのではないかと。
「いやぁぁ…まだ、死にたくない…死にたくないよぉ……!」
死にたくない。
ここまで逃げてきたのに死ぬのは嫌だ。
必死に地べたを這いずりながらその場を離れようとする少女。
そこに灯りが照らされた。
誰かが見つけてくれたのだろうか。
溢れてきた涙を手で擦ってふき取ると、月を小さくしたような丸っこい灯りを人間が駆け寄ってくる。
少女を先程まで追いかけまわしていた女性ではないようだ。
掛け声と共に少女の元に駆け寄ってきたのは、少女の視点では見たこともない灰色と白と黒色の細かい四角模様で埋め尽くされた服を身に纏った屈強な男たちであった。