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マキチャン

作者: 美守

「マキチャン」


3年1組には魔物が潜んでいた。

魔物の名前はマキチャン。

マキチャンはとにかく横暴だった。

マキチャンのパパは地元で有名なヤンチー(よりもうちょこっと怖い集団)のお頭だった。

マキチャンはキックボクシングを習っていた。

マキチャンは自分に逆らったやつの悪口をいったりハブったりしていた。

だから、みんなマキチャンが怖かった。

みんなマキチャンには逆らえなかった。


でも、極一部の人間は例外だった。

極一部だけ、マキチャンに逆らえるやつらがいたのだ。

それはクラスの中で魔物と渡り合えるレベルの権力者か、危険を顧みず魔物に自ら飛び込んでいくアホ。

私はその後者だった。


小3の私はアホだった。

幼い頃からアンパンマンを観て育ってきている私は、異常な程正義感が強かった。

小3の時はそれがピークだった。

おまけにその時ハマっていたドラゴンボールの影響で、何となく自分も強くなった気になっていた。

実際にはかめはめ波も元気玉も魔貫光殺砲も出せやしないのに。

自分は強いんだという根拠の無い謎の自信があの頃はあった。

だから、自分の正義に反することがあったら、時にはやむを得ず、マキチャンと拳でやりあったりもした。

と言っても、拳が出たのは人生でたった1回、後にも先にもあの1回だけではあるのだけれど。


あれはお昼休みの時だっただろうか。

後ろからマキチャンに名前を呼ばれて、振り返ったら突然ビンタをお見舞いされた。

意味が分からなかった。

でも、ビンタされた瞬間にわたしはお父さんのある言葉を思い出した。


「人の風下に立つな」


自分を否応なしに見下すやつが現れた時、自らそいつの下に行くんじゃないぞ、1回でも下に行ったら終わりだ、たった1回でも風下に立ってしまったら、その先ずっと、そいつが上で、お前が下になってしまうんだからな。


私はこのお父さんの言葉に乗っ取り、即座に実力行使に出た。

ビンタをされた瞬間、マキチャンの腹に1発、グーパンチを決めてやったのだ。

マキチャンは派手に倒れて、それから私を見上げ、唖然としていた。

不安そうに私を見ていた周りの子達も、唖然としていた。


この日から、マキチャンは私に対して命令したり、理不尽なことをするということは無くなった。


この出来事は後々、目撃していた友人らの間で伝説化されることになるのだが、実はわたしは中学一年の夏まで、この出来事をすっぽり忘れていた。

防衛本能故かもしれない。

きっと脳が、嫌な記憶を早く消してしまおうとフル稼働してくれたのだ。

しかし私は中学一年の夏、マキチャンから発せられた一言によって、再びこれらの記憶を巻き戻すことになる。

いやあ、あの時は本当にゾッとした。

背筋が凍るとはこの事か、と切に思ったものだ。

まあこの話はまた別の機会に。



でも、マキチャンと仲が悪かったか、といったらそうでもなかった。

実はマキチャンとはプライベートで結構遊んでいた。

お互いの家を行き来する仲ではあった。

私はマキチャン家の犬目当て、向こうはわたしの家族目当て、ではあったけれど。


マキチャンは私の家族にめちゃめちゃ懐いていた。


私の弟とサッカーをして遊んだり、お母さんと仲良くおしゃべりしたり、お父さんのお膝の上に座って映画を観たり。


私はそれが嫌ではなかった。

むしろ嬉しかった。

私の大好きな家族に懐いているマキチャンのことは、好きだった。



しかし、私にはマキチャンのどうしても好きになれない所があった。


マキチャンには盗み癖があったのだ。


私は人のものを盗むマキチャンのことが

、どうしても好きになれなかった。


クラスでも、マキチャンは人のものを盗むので有名だった。

クラスの女子は恐らく全員、1度は被害にあっている。


かくいう私もその1人。

なんなら私は、実は1番被害にあっていたかもしれない。

私は物への執着心が人一倍薄くて、筆箱から鉛筆キャップが盗まれていても、人に言われるまではそうそう気づかなかった。


だから、私が把握していないだけで、盗まれていたものは結構あるのかもしれない。



でも私はマキチャンに、盗むのやめなよ、とは言えなかった。

マキチャンが本当にそれがどうしても欲しくて盗んでいたようには思えなかったからだ。


マキチャンはお金持ちだったから、消しゴムや鉛筆キャップなんて本来ならすぐ買えるもののはずだった。


人のものを羨ましい、欲しいと思う気持ちはわかる。

きっと誰しも1度は感じたことのある感情のはずだ。

けれどその気持ちだけで、人のものを盗めるのだろうか。

普通なら、どこかで必ずストップがかかると思うのだ。

それを行動に移すなんて、余程のことがないと無理だと思うのだ。


私は幼いながらに、マキチャンの孤独や、どうしようもない寂しさや虚しさを感じていた。

人のものを盗むことで、マキチャンはそれらを埋めようとしていたようにすら思えた。


だから、悪口言うの良くないよとか、ズルしちゃダメだよとかは言えたのに、盗むのやめなよは言えなかった。



なぜかは分からないが、最近無性に彼女のことを思い出す。


彼女は今、どうしているのだろうか。

人のものを盗むのをやめられただろうか。

成人式で、会えるだろうか。

直に訪れる成人式のことを思うと、複雑な心境になる私であった。


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