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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

強くなるまで強制ニューゲーム

作者: 緋色の雨

 ――魔王城の一階にある、紅い絨毯が敷き詰められた廊下。

 その片隅に、少女が横たわっていた。


 夜を再現したかのような美しい髪に縁取られた小顔は、苦痛に歪んでもなお愛らしい。俺は状況も忘れ、その美しい少女に心を奪われた。

 だが、その少女が胸の辺りから血を流していることに気付いて駆け寄る。

 そして――


「くそがああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 声が張り裂けんばかりに絶叫した。

 俺が膝をついているのは少女の側――ではなく、別の廊下。倒れている少女は見せかけで、俺はどこかへ転送する罠に引っかかったのだ。


「なんで、なんで、なんで! 俺は何度も何度も何度も、同じ罠に掛かってるんだよっ! この色ボケ馬鹿が! どれだけ死んでも治らないのかよ、ちくしょう!」


 俺は膝をついて、床を殴りつけた。

 別に気が狂ったわけではない。いや、一度は廃人同然にまでなったが――


 俺の名はシリル。

 冒険者として登録したばかりの駆け出しで、勇者の素質があるとお姫様に言われて調子に乗って、現在進行形で痛い目に遭っている救いようのない馬鹿である。


 とまあ、自己紹介が出来る程度には自分を取り戻している。ひとしきり叫んで落ち着いた俺は、自分がどうしてこんなことになったのかを思い返した。




 ――昨日までの俺は、冒険者に憧れるただの少年だった。

 一八歳になって成人と認められ、村を出て冒険者として登録した。そうして最初に受けたのは、手堅い森での薬草採取の依頼だった。

 最初は無難な依頼で雰囲気に慣れるようにと、受付のお姉さんにお勧めされたからだ。


 それ自体は特に問題がなかった。だが、薬草採取を終えて帰ろうとしたところで足下に魔法陣が出現。俺はどこかへと召喚されてしまった。


 その召喚先が、驚くべきことに王城の広間だった。なんでも、大陸の北端を支配する魔族の王を討伐するために、勇者の素質がある者を召喚していたそうだ。


 ――召喚していた。その言い回しがくせ者で、既に何人も召喚していたのだと思う。


 だが俺は気付かず、勇者の素質があると言われて浮かれまくった。

 召喚の儀に関わっていたお姫様に「魔王を討伐してください、お願いします」と上目遣いでお願いされて、「任せてください!」と請け負った。


 綺麗なお姫様に請われて、魔王を討ち滅ぼして英雄になってみせる――と、このときの俺は、最高に調子に乗っていたと言えるだろう。


 だが、それは甘い考えだったと言わざるを得ない。


 魔王討伐を請け負った俺は、「じゃあ、さっそくお願いします」と言う姫様に見送られ、別の儀式魔術で魔王城に転送されてしまった。


 信じられるか?

 いくら勇者の資質があるからと言って、さっき冒険者になったばかりのへっぽこな俺を、なんの訓練もせずに魔王城に転送したんだぞ?


 勇者の素質がある貴重な存在があっさり死んだらどうするんだと思ったね。というか、俺はそれからほどなくしてあっさり死んじゃいましたよ。


 調子に乗った俺と、愚か者達の判断で、貴重な勇者の卵が死亡して終わり――と、普通なら救いようのないオチがついて終わっただろう。


 だが、不幸なことに(・・・・・・)俺はそれで終わらなかった。

 そのときは気付かなかったのだが、俺は死んだらあるタイミングからやりなおすという能力を持っていたのだ。


 しかもこの能力が実に厄介で、撒き戻るのは同じタイミング。

 ループ中に身に付けた技能なんかは即時に引き継いでいるが、ループ中の記憶を取り戻すのはしばらく経ってからという謎の制約があった。


 ちなみに、やり直しが始まるのは城に召喚される直後。記憶が戻るのは、魔王城で倒れている女の子を助けようとして、トラップに引っかかって転送される直後である。


 おかげで、俺は何度も何度も何度も何度も、勇者の素質があるとお姫様に言われるたびに調子に乗って、上目遣いのお願いに乗せられて魔王城へ。

 倒れている女の子に駆け寄ってはトラップで転送されて、その先で待ち構えている魔族に殺されるという行為を繰り返した。


 だが、最初の方はそんなに不幸だと考えていなかった。転送された先であっさりと殺されるために、自分が死んでループしているという自覚が薄かったのだ。


 だが、転送された直後には記憶が戻っているため、廊下を進めば時間が撒き戻るという認識だけは持っていた。

 そのため、俺はここに来なくて済むような方法を模索した。


 最初に考えたのは、お姫様に乗せられないようにすることや、倒れている美少女に駆け寄らないようにすること。


 だが、記憶を取り戻すのは、罠で転送される直後。記憶がない俺は何度も何度も何度もお姫様に乗せられ、美少女のもとへと駆け寄った。


 俺はどうして、あんな上目遣いに乗せられているんだと自分を罵倒し、あんなあからさまな罠に引っかかっているんだと自己嫌悪する。


 受付のお姉さんに、最初は堅実に行くように言われたのに、お姫様に乗せられてこのざまかと、自分の馬鹿っぷりに泣きたくなった。


 次第に、お姫様の上目遣いが嘘くさく思えてくる。そもそも、勇者候補をなんの準備もさせずに魔王城へ送り出すこと自体がありえない。

 俺は、あのお姫様に捨て駒にされたのだと自覚した。


 自覚したのに、やり直し直後で全てを忘れている俺は、毎回毎回、お姫様の上目遣いに騙されて、魔王城へと送り込まれてしまう。

 そうして絶叫したのが、さきほどの状況というわけだ。



 だが、泣いていてもこの状況から逃れるわけではない。

 ここに転送されるのを回避できないのなら、ループをしない方法を模索するしかない。俺はループを繰り返すたびに、寸前で振り返るなどのあれこれを試すようにした。


 ――そして、自分は撒き戻る直前、廊下に待ち伏せしている魔族に殺されているのだという事実を実感してしまった。


 俺は無我夢中でその場から逃げ出し――気がついたらループしていた。

 しかも、記憶を取り戻して、自分が殺されたのだと理解したのは、お姫様の上目遣いに騙された末、倒れている女の子を助けようとして転送された直後。


 自分が殺され、再び殺されるというのに、お姫様にチョロく乗せられて、美少女を助けようとホイホイ罠に飛び込んでいく。あまりに愚かな自分に絶望した。


 だが、嘆いていてもこの状況は改善しない。

 俺の記憶が戻るのは罠に引っかかった直後。罠に引っかかるまでの行動を変えられないのなら、廊下での襲撃を切り抜けるしかない。


 俺はなんとか襲撃を切り抜けようと試行錯誤する。

 それを繰り返すこと数百回。なんとか相手の初撃、不意の一撃をしのげるようになった。その辺りで、記憶を取り戻す前の俺の行動に変化が訪れた。


 記憶を取り戻すのはループしてから一定時間後だ。だが、どうやらループで身に付けた技量的なものは、ループ直後から取り戻していたようなのだ。


 おかげで、城に召喚された俺は、立ち居振る舞いが様になっているとお姫様に褒められて一層調子に乗っていた。


 その前後で何百回と殺されてるのに、どこに調子に乗る要素があるんだよ! 馬鹿かっ、俺の馬鹿は、何百回死んでも治らないくらいレベルなのか!?


 自信を失って魔王討伐を辞退するのならともかく、調子に乗るとか信じられない。せめて、時間を消費して、罠に掛かる前に記憶が戻るとかなら良かったのだがそれもない。

 あまりの馬鹿っぷりに泣きそうになった。


 だが、死に戻りの終わらないループで泣きそうになる――なんて、甘いことを言っていられたのはこの辺りまで、だった。


 再び廊下での襲撃を切り抜けようと、何度も何度も何度も死に戻りながら実戦訓練を続けた結果、俺は数合だけ魔族と打ち合えるようになり――

 自分が殺されていることをあらためて実感した。


 それまではあっさり死に戻っていたので、殺されることへの恐怖が少なかった。だが、致命傷を避けられるようになったことで、死にゆく恐怖を知ってしまったのだ。


 そして、それを知ったときの俺は、既に千回近いループを繰り返していた。つまり、自分はそのたびに、先ほどのように殺されていた。それを理解した俺は恐怖した。

 およそ千回分の死の恐怖が一度に襲いかかってきたのだ。


「嫌だっ! 死にたくない死にたくない死にたくない!」


 トラップで転送された先の廊下の片隅。

 俺は恐怖に震えて錯乱し――気がついたらループしていた。しかも直前の記憶は、お姫様の上目遣いに乗せられて調子に乗って、美少女の罠にホイホイ飛び込んだ馬鹿な自分。


 俺は愚かな自分を嘆いて絶叫した。

 そのまま気が狂ってしまえば楽だったかもしれないが、ループをしてからそれを思い出すまでの俺の記憶はいつも、なにも知らずに調子に乗っている自分。


 その愚かな行動は、自己嫌悪させる要因であると同時に、俺の理性を保たせる要因となった。狂うことすら出来ない俺は、何度も何度もこの状況から抜け出そうと足掻き続けた。


 そこから更に千回ほどの実感ある死を経験し、死に対する恐怖は擦り切れた。すると今度は、上目遣い一つでこんな危険な場所に送り込んだ姫に憎悪を抱くようになる。


 そこから更にループを繰り返した俺は、お姫様よりも倒れている少女が気になるようになった。彼女は転送の罠が見せた幻想なのか、はたまた実在している少女なのか。


 ここまで数千回、直前の記憶はいつも彼女を救おうと駆け寄る自分。彼女を助けたいという思いが積み重なっていく。

 実在するのなら会ってみたい。そのためにはまずこの襲撃を切り抜けようと奮起する。


 死の恐怖を克服して、目標を見つけた俺はそこから一気に成長した。


 死んでもどうせ生き返る。

 むしろ下手に死んだ方が苦しむハメになる。


 それを理解した俺は、思いっきりよく魔族と戦うようになった。ループ数が数千回を超えた辺りで、俺は魔族と良い勝負が出来るようになった。


 この調子なら、魔族に勝てるかもしれない。

 そんな風に思い始めてから更に数千回ほどループを繰り返す。だが、何度繰り返しても五分五分以上の戦いに至らない。俺は互角の戦いを繰り広げた先で死亡した。


 そして気付く。

 死んでもどうせ生き返るという甘えた考えが、戦い方を雑にしている。一か八かの攻防を繰り返しているせいで、どこかで必ず賭に負けて死んでしまうのだ。


 それに気付いた俺は、死なないための立ち回りを意識した。一か八かの攻撃を繰り返すのではなく、安全を確保した上での攻撃を繰り返す。


 おかげで戦闘時間は長くなったが、代わりに以前のような互角の戦いが出来なくなった。防御に傾倒しすぎたせいで、最終的に疲労して負けるという展開になってしまったのだ。

 残念ながら、何度繰り返しても身体能力は成長しないらしい。


 そんなわけで、更に数千回ほどリープを繰り返し、俺は無駄のない動きを心がけた。それによって疲労を抑えることは出来るようになったが、相手の体力には及ばない。


 俺は常に失敗したときの次の一手を考えて立ち回りつつ、その合間合間に勝負を仕掛ける攻撃を混ぜるようにした。


 むろん、失敗したときの次の一手が上手く回らないこともあり、最初は何度も死んだ。だが、何千回と繰り返すうちに、仕掛けるタイミングを理解した。


 合計で数万回はループを繰り返しただろうか? 俺は魔族との戦いの中で、ちゃんと相手の動きに意識を配ることが出来るようになった。


 相手が人型の魔族であることは途中で気付いていたが、相手の顔を見たことはなかった。

 落ち着いて顔を見ると、戦っている相手は中年の渋いおっさんだった。魔族っぽい漆黒の翼を出すことがあるが、それ以外は人間と変わりない。

 そして――だからこそ、その表情から人間と同じように感情が読み取れる。成長した俺と互角に切り結ぶおっさんの顔には、どこか焦燥感が漂っている。


 見るからにひよっこ冒険者っぽい俺がここまで戦えるなんて思っていなかったんだろう。実際、数万回ほど死んでようやくなので、相手の予想は間違っていない。


 だが、戦いにおいて焦りは禁物だ。それを証明するごとく、俺はおっさんが焦って放った攻撃を受け流し、体勢を崩したところに牽制の一撃を放つ。


「――くっ!?」


 とっさに剣を引いて受け止めたのは上出来だ。だが、その体勢から次の攻撃は防げるはずがない――と、俺は横薙ぎの一撃を放つ。


 その瞬間、魔族のおっさんはニヤリと笑った。

 俺の背後に発生させた風の刃で死角外からの一撃を放つ。魔族のおっさんが追い詰められたときに放つ奥の手の魔術だ。


 最初はその攻撃に気付かずに殺された。

 だが、何度もループを繰り返した俺は既にその攻撃を知っているし、魔族のおっさんがどんなタイミングで放つか理解している。


 俺は寸前で身を捻って背後からの攻撃を回避。それと同時に魔族のおっさんに横薙ぎの一撃を放つ。数万回のループの中で最高の一撃。


 それは、魔族のおっさんの脇腹を切り裂いた。

 ぱっと赤い血が舞い、魔族のおっさんはうめき声を上げて膝をつく。


 ついに、ついに俺は罠を食い破った。

 その瞬間、数万回分の苦労が報われた気がした。


 だが――


「嫌っ! お父様、しっかりしてくださいお父様!」


 どこからともなく現れた少女が、魔族のおっさんに駆け寄って泣きじゃくる。

 その姿を見て俺は目を剥いた。


 夜色の髪の少女。

 数万回も目にしていて見間違うはずがない。魔族のおっさんを抱き起こして泣きじゃくるのは、俺が何度も何度も助けたいと駆け寄った少女に他ならなかった。


 このおっさんの娘、だったのか。


 自分が数万回ほど助けようとした少女が魔族だったことに驚き、その娘の父親に数万回近く殺されていた事実に息を呑む。


「よくやってくれましたね、シリル様」


 不意に、背後から甘ったるい声が響いた。

 場違いな声であり――数万回ほどのループで何度も何度も聞いた声。背後には、俺をここに送り出したお姫様がたたずんでいた。


「……どうしてお姫様がここに?」

「あなたが魔王を討ち果たしたのを確認して飛んできたのですわ」

「……魔王?」

「あなたが討ち果たした相手です。私は遠見の水晶でずっと見ていましたわよ」


 自分の戦い続けていた相手が魔王であり、助けようとしていた相手は魔王の娘。更にはその戦いをずっとお姫様に監視されていたという事実。

 俺はお姫様に悪感情を抱いているが、驚きの連続で思考が纏まらない。


「勇者様?」

「……なんでしょう?」


 お姫様がいつの間にか目の前に立っていることに気付いて驚く。

 そして――


「これは、魔王を倒してくださった勇者様へのお礼です」


 お姫様がふわりと、俺の腕の中へと飛び込んできた。その行動に動揺した瞬間、脇腹に焼けるような痛みが襲いかかってくる。


「――っ。なにをっ」


 自分が刺されたのだと即座に理解してお姫様を突き飛ばす。

 お姫様の腕の中には、血塗られた短剣が握られていた。


「どういう、ことだ……っ」

「ふっ。おまえはもう……用無しなんだよ」


 お姫様の口から零れた男の声に俺は息を呑んだ。次の瞬間、お姫様の輪郭が揺らぎ、ニヤニヤとした笑みを張り付かせた男の姿へと変化する。

 どうやら、お姫様の姿形は偽りだったらしい。


 ループをすることなく知っていたらショックを受けていただろう。

 だが、何万回と甘い言葉に乗せられ、死地へと追いやられ続けていた俺の、お姫様に対する好感度はとっくに下限に振り切れていた。


 むしろ、お姫様――いや、この男の言葉が悪意あるものだったと確信して、心置きなく復讐が出来ると歓喜した。

 俺はニヤニヤしている男を切り捨てるべく、一歩前に踏み――だそうとして、ふらりとバランスを崩して倒れてしまった。


「ふっ。戦闘能力は一流だったようだが、どうやら毒は普通に効くらしいんな」

「……毒、だと? さっきの短剣かっ」


 男がニヤリと笑った。

 このままでは不味い。なんとかして立ち上がらなければと足掻くが、既に手足が思ったように動かなくなりつつある。


「麻痺毒と、遅効性の猛毒だ。じわじわと死んでいくが良い」

「……ふざける、な」


 数万回にも及ぶ苦労の末がこの仕打ち。絶対殺してやる――と、男を睨みつける。だが、男はそんな俺には構わず、魔王を抱き寄せて泣きじゃくる少女の髪を掴んだ。


「痛っ、なにするのよ、放しなさい!」

「ふっ、おまえを護る魔王は死んだというのに、なにを強がっている」

「お父様はまだ死んでなんていないわよ! 私が回復させるんだから!」

「はん、そんなことを許すわけがなかろう」


 男が腰の剣を引き抜き、地面に向かって振り下ろした。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 悲痛な叫び声が、俺の意識を埋め尽くす。

 魔王の娘は涙を流しながら、男をキッと睨みつけた。


「どうしてっ、どうしてこんな酷いことをするのよ! スノーヘイム魔族領と、ブレイズヘイム聖王国は不可侵条約を結んでいたはずでしょ! それを一方的に破って!」


 初耳だった。

 俺達平民のあいだでは、魔族と不可侵条約を結んでいるなんて聞いたこともない。むしろ、魔族が卑劣にも人間の領地に攻めてくると聞いていた。


「おまえが王子である俺の求婚を断ったのが悪い」

「求婚? ふざけないで! 自分の物になれ、断れば魔族領を蹂躙するって圧力をかけるのが求婚だって言うつもり!?」

「全てを奪おうとしなかった俺は慈悲深いと感謝するべきだな。まあ、魔王が抵抗して苦労した分、この国にツケを払ってもらうつもりだがな」


 ……お姫様の正体は王子で、目的は魔王の娘だった。そして、目的の妨げになる魔王を俺に殺させようとした。

 俺はそんなことも知らず、娘を護るのに必死なおっさんを倒してしまった。俺は、なんて愚かなマネをしてしまったんだ……っ。


「さぁ、国を蹂躙されたくなければ俺のモノになれ」

「お断りよっ!」


 魔王の娘が魔術を発動させようとする――が、それより早く王子が腹を殴りつけた。魔王の娘は咳き込んで膝をつく。


「ふっ。魔王と戦えば万一と言うこともあったが、おまえでは俺の相手にはならん。諦めて俺のモノになれ」

「けほっ。……死んでも、お断り、よ」


 圧倒的不利な状況においても、娘の心は折れていない。

 苦痛に顔を歪ませながらも、キッと王子を睨みつけている。


 王子が変身していた偽りのお姫様とはまるで違う。気高くて美しいその姿に魅せられた。そして、そんな彼女を悲しませたのが自分であることが情けなくてたまらない。


 猛毒は遅効性、なんだろ。なら、いま動けないのは麻痺毒が原因だ。動け、俺の身体。数万回の激戦に比べたら、麻痺毒なんてたいしたことないだろ!


 俺は歯を食いしばって立ち上がり、王子に斬り掛かった。その一撃は、それこそ子供でも受け止められるような速度だったが、王子は驚いて飛び下がった。

 王子と魔王の娘のあいだに距離が出来る。


「……いまだ、逃げろ」

「え? 助けて、くれるの?」

「俺が少しだけ、時間を稼いでやる。だから、逃げろ」

「で、でも、あなたはどうなるの!?」

「いいから。早くしろっ」


 魔王の娘はその瞳を揺らしたが、「ごめんなさい!」と叫んで走り去る。それを王子が追おうとするなら、なんとか止めようと思ったのだが……王子は動かなかった。


「どうした。追わない、のか?」

「ふっ。魔王が死んだいま、あの娘に逃げ場はない。それより、あの短剣を喰らっても動けるおまえに興味がわいてな!」


 王子が剣を抜いて駆け寄ってくる。なんとか剣で受けようとするが、受け止めきれずに脇を切られ、その衝撃で倒れ伏す。


「……さすがに立つのがやっとだったか。だがせっかくだ。おまえが死ぬまで遊んでやる」

「があああああああああああああああああああああああああっ!」


 王子の剣が、俺の太ももに突き立てられた。あまりの痛みに、喉から悲鳴が溢れ出る。

 そんな俺をいたぶるように、王子はわざと致命傷を避け、何度も何度も俺を斬り裂いた。


「はぁ……はぁ。ころ、す。殺して、やる」

「くくっ。他の奴らは大抵、二、三回目には泣き喚いたものだが、まさかここまでしてもそんな虚勢が張れるとはな!」

「……次、だ。次に、おまえのその姿を見たら、必ず……殺して、やる」

「あぁ、そうかよ。楽しみにしておいてやる。おまえに次なんてないけど――なっ!」


 ブンと、王子が剣を振り下ろした。

 その光景を最後に、俺の意識は途切れ――



 ――罠に掛かった俺は、記憶を取り戻してその身を震わせた。お姫様に乗せられ、少女を助けようと捨て罠に掛かる。

 度しがたいまでの色ボケ馬鹿。


 数万回、自分の愚かな行為を罵倒し続けてきた。

 だが、今回は違う。


 いままで通り、お姫様の姿をしたドS王子に乗せられた自分を褒めてやりたい。おかげで、もう一度ここから始めることが出来るんだからな。


 今度は絶対に間違わない。

 魔王を殺さずに、魔王の娘を救う。

 そして、王子をおびき寄せ――俺を捨て駒にしたことを後悔させてやる!

 

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