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七十五話 ランチパーティー

 

 朝の風にほのかな暖かさを感じ、春の訪れが近いことを知る。

 週に一度しかないタクミ教室が休みの日曜日。


「こねこねこねこねこねこね」


 俺は洞窟の外でひたすら生地をこねていた。

 謎の白い者が現れて以来、ずっと気分は沈んだままだった。


『オマエがいなくなれば、アリスはこの世界を滅ぼす』


 白い者の言葉が頭から離れなかった。

 そんなものはただの戯言だ。

 そう自分に言い聞かせて再び生地をこねる。


「こねこねこねこねこねこね」


 タクミ教室が忙しく、しばらく、ちゃんとした料理を作っていなかった。

 今日は、全てを忘れ、最高の料理を作ることに決めていた。

 白い者なんていなかった。あれはただの幻覚だ。うん、そういうことにしておこう。

 無理矢理自分を納得させているうちに、生地はちょうどいい具合にまとまった。

 そのまま、鍋に蓋をして三十分程寝かせておこう。


 前もって火をくべていた石釜の温度も手をかざしてチェックしておく。

 うん、なかなかいい具合だ。これなら準備が出来る頃には、二百度を超えるだろう。


 芋と熟成されたラビ肉、トマトとチーズを用意する。

 綺麗に乗せるために、まずは芋とラビ肉を薄くスライスしなければならない。

 レイアが皮剥きした芋を手にとってみる。

 芋には少し皮が残っていたが、これくらいならそのままで大丈夫だろう。

 あれだけ細かいことが苦手だったレイアも、今ではこんなに上達し、綺麗(きれい)に皮が剥けるようになった。


 人は変われる。

 アリスも出会った頃から大きく変わった。

 俺がいなくなっても、きっと世界を滅ぼしたりなんかしない。


「のびのびのびのびのびのび」


 寝かせておいた生地をまな板におき、棒を使って満月のように丸く平らにする。

 そこにトマトで作ったソースとチーズをちぎりながらのせて、スライスした芋とラビ肉を交互に並べていった。


「これでいいかな。二枚目はキノコやアスパラものせてみよう」


 十分に温度が上がった石窯に具材ののった生地を投入する。

 数分後には美味しいピザが完成するはずだ。


 手ごたえを感じながら二枚目の用意に取りかかろうとした時だった。


「タクミ」

「ふぇっ!?」


 いきなり名前を呼ばれて、びっくりして振り返る。

 すぐ真後ろにアリスが俺をじっ、と見ながら立っている。


「ア、アリス。い、いつからいたんだ」

「タクミがこねこね、言ってたあたりから」

「そ、そうか。最初からいたのか」


 リックや魔王との戦いが終わった後、アリスは授業とご飯の時間に、ここに来るようになった。

 しかし、それはいつも突然で、気がつけば背後にいることが多く、とても心臓に悪かった。


「ご飯もうすぐできるからな。みんなと待っていてくれ」

「ううん、いい、ここで見てる」


 アリスは、いつも俺の側にしかいない。

 弟子であるはずのレイアとも滅多に話さない。


『オマエがいなくなれば、アリスはこの世界を滅ぼす』


 再び、白い者の言葉が頭をよぎる。


「アリスは最近どうなんだ? ゴブリン王や古代龍(エンシェントドラゴン)とは一緒にいないのか?」

「ゴブリン王はリックと魔王のとこに行った。古代龍(エンシェントドラゴン)はしらない」


 大丈夫か、アリス。それってぼっちじゃないか。


「レイアとは話してないようだが、どうしたんだ? 弟子なんだから、もっと話してやったらどうだ?」

「レイアはもうワタシの弟子じゃない。タクミの弟子だ」


 うん、俺、特に何もしてないから返したいんだけど。


「ワタシといた時より、レイアはずいぶんと強くなった」

「いや、俺は何もしてないぞ。レイアが勝手に強くなったんだ」

「知ってる。レイアの想いが勝手に強くなったんだ。タクミの元に行かせたのは失敗だった」


 ん? どこか会話が噛み合っていないような気がするが、気のせいだろうか。


「まあ、とにかく、アリスは俺以外とも仲良くなって話したほうがいい。今日はヌルハチも来るし、昔みたいにみんなで……」

「いらない」


 アリスから出た言葉は完全なる拒絶だった。


「ワタシはタクミがいればそれでいい。他はいらない」


『オマエがいなくなれば、アリスはこの世界を滅ぼす。まさか、そんなことにはならないと思っているノカ、……ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ』


 幻聴のようにその声が聞こえてくる。

 アリスの後ろで、白い者が笑っているような気がして、俺はその妄想を必死に振り払った。



 朝は簡単なもので済ませて、昼からは朝から仕込んでおいた大量のピザで、ピザパーティーを行った。

 最初、日曜日のご飯は、一緒に住んでいるレイアとサシャ、よくやってくるクロエとヌルハチ、そしてアリスと俺の六人で食べていた。

 だが、最近はどこから噂を聞きつけてきたのか、生徒達がこっそりと混じることが多くなっていた。


「ちょっとまて、その芋のやつ俺様食べてないぞ。こっちと交換しろよ」

「いやにゃ。吾輩(わがはい)もまだ食べてないにゃ。断じて譲らないにゃ」

「これがピザというものか。西方の料理までマスターしているとは、さすがタクミ君だ」

「デウス博士ガ作ル、マズイ飯ト大違イ……ヤメテ、電源ヲ落トサナイデ」


 ザッハやミアキス、デウス博士やマキナ、さらに名前も知らない生徒達がいっぱい混ざっている。

 ピザはかなり好評で瞬く間に減っていく。


「みんな、おかわりを作るから喧嘩せずに待っててくれ」


 そう言って、石窯に向かおうとした時だった。

 誰とも話をせず、一人離れたところで、立ちながらピザを食べているアリスが目に入る。


「アリス、お前もみんなと一緒に……」


 そう言おうとして、息が止まる。

 アリスが立っている目の前に、あの白い者が立っていたのだ。


「アリスっ!!」


 思わず大声でアリスの名を叫ぶ。

 みんなが俺とアリスのほうに注目する。


「なに? タクミ?」


 振り向いたアリスは、普通の顔をしていた。

 そして、目の前に立っていたはずの白い者の姿は、完全に消えていた。


「な、なんでもない。ただ呼んだだけだ」

「……え? そうなの? ……あ、ありがとう」


 なぜか顔を赤らめ、もじもじするアリス。

 今のは俺の見間違いだったのか。

 白い者がいたところまで行ってみる。


 そこには食べかけのピザだけが一枚落ちてあった。



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