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七十四話 白い者

 

『ほな、今日も張り切っていこかぁ』


 カルナは相変わらずやる気まんまんである。

 しかし、俺は前回の魔法授業以来、絵を描くことを禁止され、少しテンションが低い。


『大丈夫やて、昨日のうちにクーちゃんが絵を描いてくれたから、タッくんは喋るだけでいいんやで』

「ああ、わかってる」


 最初はすぐに終わらせるはずだったタクミ教室。

 しかし、日に日に生徒は増えていき、まったく終わるような気配がない。

 どうやら俺が多少間違えたことを言っても、みんな勝手にいいほうに勘違いしているようだ。


 カルナには悪いけど、そろそろなんとかしないといけない。

 そう、俺は今日の授業でタクミ教室の評判を落としにいく。

 みんなに俺の授業は時間の無駄だということをわかってもらうのだ。



 結論から言おう。

 ダメだった。

 授業はこれまでにないくらいに盛り上がっていた。


「うぉおおおっ! すげえっ! さすがタクミ先生だっ!」

「まさか、剣の極意が剣を持たない事だったとはっ!」

「信じられんっ! さすが大剣聖タクミ先生っ!」


 いや、信じるなよ。

 剣を持たなかったら、それ剣術じゃないよ。

 しかし、生徒達にはもう何を言っても無駄だとわかってしまう。


『タッくん、なんであんなこというてしもたん?』


 カルナが優しい声で俺に問いかける。

 うん、長い付き合いでもうわかる。カルナは間違いなく怒っている。


『今日、この後反省会な。次やったら許さへんで』



 授業の後、カルナにたっぷり絞られたら、すっかり日は暮れていた。

 急いで夕食の準備をしようと洞窟の外に出て行くと……


 びくん、と身体が震えた。

 鍋の前に白い人物が立っている。

 いや、人かどうかもわからない。

 それはただただ真っ白な人型のなにかだった。

 ゆらり、とまるで幽鬼のようにそこに存在している。


『……これは』


 白い者が声を出す。

 男の声でも女の声でもない。

 聞いたことのないような響きだった。

 強いてあげるなら人間の声ではなく、地の底から響くような声と天からささやくような声が混ざりあった奇妙な声。


『この平穏はオマエが創り出したノカ?』


 白い者に目や口や鼻はない。

 だが、俺をじっと見ていることがわかる。

 まとわりつくような視線が身体中に染み込んでいき、身体がズシリと重くなる。


「い、意味がわからないんだけど」

『フム』


 白い者が手をアゴらしき部分に当て、考えるような素振りを見せる。

 俺を観察するかのような視線は、さらに強くなり、不快な気持ちは倍増ばいぞうしていく。


『……なるほど。本当にわからないノカ。不思議だ。想定されていたシナリオを大きく逸脱している。魔王と勇者の戦いは永遠に繰り返され、このような平穏は訪れないはずだった』

「な、何を言っている? お前はいったい?」

『ワタシは管理者ダ。理解はしなくていい。オマエたちには想像もできない』


 か、管理者?

 わけのわからないことを言って白い者が目を閉じた。

 目がないのに、目を閉じたとわかる。

 まとわりつくような視線を感じなくなったからだ。


『別世界から来たノカ。 誰かがこの世界に送ったノカ。それともバグによって生まれたノカ、……ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ』


 ぞっ、と背筋が凍りつく。

 これまで、どんなに強い者と対峙しても、絶対絶命のピンチに陥っても、これほどまでに恐怖を感じたことはなかった。

 そして、しばらくの間、ぶつぶつと言っていた白い者は……


『ニタリ』


 笑った。

 存在しなかったはずの口が何もなかった白い顔に、浮かび上がる。

 いや、それが口かどうかもわからない。

 ただ、横になった三日月のような空洞が、顔いっぱいに広がったのだ。


 この世のものとは思えない笑顔に、逃げ出したくなる。

 恐怖が全身を支配していた。


『笑ったのは久しぶりだ。ワタシがわからない存在がいるとは思わなかった』


 その正体を探る気持ちもなくなっていた。

 コイツは絶対に関わってはならない存在だ。


『いいだろう。しばらくそのままにしておこう』


 そう言われ、大きな安堵感に包まれる。

 一刻も早く、この場から立ち去って欲しかった。


 白い者の身体が細くなり、それに比例するように長くなっていく。

 煙が上がっていくように、ゆらゆらとしながら、白い者は天に昇っていく。


『……ああ、そうだ。一つだけ教えてあげよう』


 最後の最後、消える寸前に白い者は、言葉を残す。


『アリスはバグだ。力のリミッターが壊れているから、どこまでも強くなれる。早くなんとかしないと大変なことになる』

「っ! どういうことだっ!?」

『どうしてワタシにそれを聞くノカ。自分でも知っているはずだ。オマエがいなくなれば、アリスはこの世界を滅ぼす。まさか、そんなことにはならないと思っているノカ、……ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ』


 考えたことがないわけではなかった。

 確かに昔のアリスなら、そんなこともあったかもしれない。でも、今は……


「黙れっ! アリスはっ!」


 煙のようになった白い者に向かって拳をふるう。

 だが、煙はそのまま空中で霧散し、白い者の姿は消え去った。


 誰もいなくなった鍋の前で俺はもう一度、呟いた。


「……アリスはそんなことしない」


 これが白い者との最初の出会いだった。




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