七十二話 タクミ教室は止まらない
フラフラになりながら授業を終える。
わらわらと行列をなして帰っていく武芸者達を遠い目で見つめていた。
大武会での戦いよりも疲れていた。
洞窟に戻って、すぐにでも眠りたい。
しかし、それが許されないことを知っている。
『帰ったら今日の授業の反省会と次の授業の予習やな。ちょっと今日はキツイこと言わせてもらうで』
これ、もうどちらかというとカルナが先生なんじゃないだろうか。
大武会でクロエと入れ替わったみたいに授業の時だけ、変わってくれないだろうか。
『あかんで、タッくん。みんなタッくんの言葉を待ってるんやから裏切ったらあかん。さあ、今夜も朝まで一緒に頑張るで』
復活のためにあまり出てこないと言っていたカルナは、タクミ教室が始まってから頻繁に出てきている。
「カルナ、俺のことより自分のことを考えないと。力を溜めて剣から復活するんだろ?」
『ああ、それはもう大丈夫やで。いつでも…… い、いやなんでもあらへん。せ、せやな、授業が落ち着いてから考えるわ』
なんだかカルナの様子が変だが疲れていて頭が回らない。
これから晩御飯を作った後に、授業の反省と予習をしなければならない。
最近、ご飯を作る為の時間が減ってきた気がする。
せめて料理教室の先生だったら、もっと楽しんで授業が出来たのに、なんでこんなことになってしまったんだ。
タクミ教室のきっかけは数カ月前だった。
大武会や魔王崩壊の騒動の後、当然タクミポイントは廃止となった。
その為、サシャとの偽装結婚は継続する必要がなくなったのだが、何故かサシャはルシア王国に帰ろうとしない。
「こんなこと滅多にできないからね。もう少し休暇を楽しむことにするわ」
レイアと結構揉めてはいたが、そのままなし崩し的にサシャは洞窟に残ることになる。
そして、面倒ごとはそれだけでは収まらなかった。
大武会での戦いにより、俺の力を勘違いした大勢の武芸者達が弟子入りを志願して山に押し寄せてくる。
どれだけ断ろうが、弟子志願は増える一方で、減る気配は微塵もない。しまいには、洞窟の前で座り込み帰らない者まで出てくる始末。
「タクミさん、全部斬り捨ててもよろしいでしょうか?」
ついにはレイアもブチギレる。
そんな時だった。クロエが一つの提案を出してきたのだ。
「こんなにたくさんの弟子は流石に大変なので、教室を開いてはいかがですか? タクミ殿」
「い、いやクロエ。俺はそういうのは向いてないと思うんだ」
「そんな事ありません。タクミ殿はやがてドラゴンの王として、我らを導くのですから、やっておいて損はないと思いますっ」
なんとか、料理教室にしてもらえないだろうか。
あとドラゴンの王にはならない。
『いや、ええとおもうで。これだけ大勢がつめかけてくるんやったら週二回くらいで教室にしてしまえば、みんな納得して事態は収束するんちゃう?』
「む、無理だと思うぞ。絶対失敗する」
『失敗したら弟子志願おらんようなるから、逆にゆっくりできるやんか』
「そ、そうか。い、いや、本当にそうか?」
カルナとクロエの姉妹に強引に押される形で、週二回のタクミ教室が開かれることになった。
しかも、なぜか弟子であるレイアやアリスまでもが、授業を受けに来てしまう。
こうして始まったタクミ教室は長く続くはずもないと考えていたのだが……
「……早く、みんな飽きて終わらないかなぁ」
そう、最初はまだ簡単な気持ちで考えていた。
適当にやってれば、やがて誰も来なくなっていずれは静かに暮らしていけると信じていたのだ。
だが、人が減るどころか、どんどんと授業を受けに来る人が増え続けていく。
「なあ、カルナ。まったく事態が収束しないんだが……」
料理の支度を終えて洞窟に戻ると、クロエがカルナを握って話していた。
「それはあかんやろ、カル姉。授業はあくまで真面目に要点だけを話すべきや。無駄なことは言うべきやないで」
『なにいうてるん、クーちゃん。そんなんでみんなの心は捕まれへんで。ウイットに飛んだジョークを交えてこそ、言葉は胸に染みていくんやっ』
何故か熱い授業論を繰り広げている。
「あ、あのさ、二人とも、俺そんな真剣に授業するつもりは……」
「『タッくんは黙っててっ!』」
クロエとカルナが本気で怒鳴ってくる。
駄目だ。二人はもうタクミ教室にどっぷりとハマっている。
救いを求めて、外に出るとヌルハチとサシャが大きな岩の前で会話をしていた。
俺が本当は弱いことを知っているあの二人なら、タクミ教室をうまく終わらせてくれるかもしれない。
そんな望みを持ちながらフラフラと近づいていく。
「ヌルハチ、タクミ教室の授業、全部録画魔法で収めてるでしょう。後で複写して貰えないかしら」
「いやだ。これはヌルハチだけが鑑賞するために残している」
「タダでとは言わないわ。こっちも激写砲術で盗撮してる。後で加工してブロマイドにするけど、それと交換でどうかしら?」
「ほぅ、それはなかなかいい取引じゃな」
授業参観の母親気分じゃないかっ。
どう考えても二人は協力してくれないっ。
あふれる涙を拭いながら、二人から離れて走り出す。
逃げる場所などどこにもなかった。
そして、タクミ教室の勢いは止まらず、ついに一回の授業で生徒が教室に収まらなくなってしまう。
授業は週二から週四になった。




