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七十一話 教えてタクミ先生

 

「タクミ先生、教えてください!」


 レイアが勢いよく手を挙げる。

 質問はありますか?

 ……と言ったのが間違いだった。

 そんなことを言わずに、ひたすら授業を進めていたらよかった。


「は、はい、レイアさん。質問はなんでしょうか?」


 恐る恐るそう尋ねる俺にレイアはキラキラした目で質問してくる。


「一対一で対峙する場合、先に攻撃を仕掛けたほうが有利なのでしょうか? 相当の実力差がなければ、()(せん)を取ることは難しいと思うのですが、タクミ先生はどうお考えですか?」


 え? 後の先て何??

 ヤバイ。質問の意味が全く全然わからない。

 焦りながら腰にあるカルナにそっと目配せする。


『後の先いうのは、後手をひいたようで、先手になるような手のことやな。相手が仕掛けてきた攻撃に合わせて、初動を潰し、先を取る戦法や』


 うん、カルナが言ったことも理解できません。

 そのまま、伝えようにも文字数が多くて覚えきれない。


「え、えっと、そうだな。後の先は確かに難しいから忘れたほうがいいな。それより、もっと自由に動いていいんじゃないかなぁ」

「常に臨機応変。定跡(じょうせき)など持つな、ということですね。タクミ先生」

「うむ、よくわかったな、その通りだ」


 その言葉を言ったとたん、これまで静かだった教室が一斉に盛り上がる。


「でたぞっ、タクミ先生のよくわかったな、その通りだっ!」

「すげえっ、生で聞けたぞっ! 生きてて良かったっ!」

「授業もめっちゃわかりやすいぞっ! 難しい専門用語を使わずにまるで初心者のようにレベルを落として教えてくれるっ!」


 うん、先生が初心者だからね。

 草原に椅子と机を並べだだけの青空教室は、今日も多くの武芸者達で溢れかえっていた。

 少し前までここに設置されていた十豪会の円卓は、邪魔なので、今は洞窟の入り口横に立てかけてある。


「み、皆さん、お静かに。次は剣とカタナの違いについて説明します。えーー、大きく分けると、北方から伝わった両刃のものが剣。東方から伝わった片刃のものがカタナと呼ばれていますが……」

「……タクミ先生、教えてくれ」


 一番後ろの席から声が上がる。

 レイアとは対称的に、彼女はゆっくり静かに手を挙げた。

 先程まで、騒がしかった教室が水を打ったように静まり返る。

 俺も彼女がどんな質問をしてくるのか、緊張して、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。


「し、質問をどうぞ、アリスさん」

「タクミ先生はどんな女性がタイプですか?」


 ざわっ、と教室に不穏な空気が流れる。


「し、質問が授業と関係ないような気がするんですが

 ……」

「関係あります。答えてください」


 アリスが立ち上がって、俺をじっ、と見る。

 問答無用のアリスの圧力に無意識のうちに後ずさりしてしまう。


「女性の髪は長いほうがいいですか? 短いほうがいいですか? よく話すほうがいいですか? 寡黙なほうがいいですか?」


 答えられず黙っているとアリスはどんどんと突っ込んだ質問をしてくる。


「そ、それは戦うときにということでいいのかな? そうだな、戦う時は髪は短くて、寡黙なほうが……」


 そう言いかけた途端、アリスが無言で腰に刺していた大剣を右手で抜いて、長い金髪の髪を左手で根元から掴む。


「うっわあっ。違うアリスっ。俺は長い髪が好きだっ! 大好きだっ!」


 ピタリと髪を切ろうとしたアリスの手が止まる。


「そうか。ならこれからも伸ばし続けよう」


 納得したアリスが嬉しそうに自分の髪を触りながら、椅子に座る。


「むぅ、ヌルハチももう少し伸ばしたほうがいいか」

「私も伸ばそうかな。ロング嫌いじゃないし」


 ヌルハチとサシャが髪の毛を伸ばす相談をしている。

 いまはルシア王国再建に忙しいはずなのに、なんで二人はここで俺の授業なんか聞いているのだろう。


『タッくんっ! ちょっと、クーちゃん、フォローしてあげてっ!』


 カルナに言われてクロエを見ると、涙を流しながら机に突っ伏している。


「終わったわ。うち、めっちゃショートやん。タクミ殿はカル姉が好きでうちのこと嫌いなんや。そんなことやと思っとったわ」

「い、いやクロエ。そんなことないぞっ。ショートもショートヘアも嫌いじゃないぞ。うん、むしろ大好きだぞ」


 クロエを慰めたとたんに、再びアリスが立ち上がって大剣を抜く。


「違うっ。ロングも大好きでショートも大好きだっ。みんな似合ってるっ。そのままのみんなが大好きだっ!」

「「「タクミ先生っ!!」」」


 女性陣が全員立ち上がって、感動しながら俺の名前を叫ぶ。

 なんだこれ。なんでこんなことになっているんだ。


 適当にやっていれば、すぐに飽きて誰も来なくなると思っていたタクミ教室。

 それが日が経つにつれて、人数は倍々に増えていき、数えきれないほどの椅子と机が並んでいた。

 ギルドランキング上位や、五大大陸の有名な武芸者達が大勢座っている。

 どう考えてもこの中で俺が一番武術をわかっていない。


「ミアキス、さっきのゴノセンて、漢字どう書くんだ? あとリンキオウヘンも教えてくれ」

「なんで魔族の吾輩より漢字をしらないにゃ。もうザッハは全部ひらがなで書けばいいにゃ」


 なのにみんなが俺の言ったことを必死にノートに書き写し、感動して涙を流す者までいる。

 やめて。俺も理解してないこと書き残さないで。


『タッくん、やっぱり超絶モテモテやなぁ』


 カルナが他人事のように笑っている。

 この教室はカルナとクロエのドラゴン姉妹のお気楽発言によって提案されたというのにっ。


 ようやく訪れた平和な日々が崩れていく。

 どうやったら早く、このタクミ教室を終わらせることができるのか。

 どんな先生でもいいから、教えて欲しかった。


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