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八話 できればみんな帰ってほしい


「アリスの弟子のレイアに、古代龍エンシェントドラゴンの孫娘クロエ。それが今のタクミの仲間か」


 ヌルハチは二人をゆっくりと品定めするように見て笑みを浮かべる。


「相変わらず、タクミの周りには強者が引き寄せられる。……このヌルハチも含めてな」


 洞窟の中、焚き火を囲んで四人で座る。俺の正面にヌルハチ、右にレイア、左にクロエだ。朝御飯のおじやはまだ残っているが、誰も手をつけない。

 周りの空気が重たく感じる。

 レイアが殺気を含んだ目でヌルハチを睨んでいた。

 すごく会話しづらいが、それでも話をしなければならない。十年ぶりに、俺はヌルハチに話しかける。


「……何が目的で来たんですか?」

「言ったではないか。ヌルハチはもう二度とタクミを離さない、と」


 ばきんっ、と何かが砕ける音がした。

 見るとレイアが握っていた木のお箸が真っ二つに折れている。


「それは、どういう意味ですかっ」


 なぜか真っ赤な顔で立ち上がり、レイアが叫ぶ。


「そのままの意味だ。いつ如何なる時も、タクミとヌルハチは離れず側におるという意味だ」

「そ、そ、そ、それではお風呂やトイレや、ね、ね、寝る時などは、いったい、どうするっ、おつもりですかっ」

「そんなもん、全部一緒に決まっておろう」


 ぷしゅー、とレイアの耳から煙のようなものが噴出する。


「けっ、結婚していない男女がそのようなことをして、良いと思っておられるのかっ」


 ……昨日、俺、似たようなことレイアに言ったような気がする。自分の時は強引に捻じ曲げたが、どうやら他は許せないようだ。


「ウブじゃな、まだやっとらんのか? タクミ」

「や、や、や、やってませんっ」


 そう言えば、前のパーティーの時も僧侶のサシャとはどうなっているんだ、とか言ってきていた。

 セクハラ満載のところは変わっていない。


「タクミさん、もうこの大賢者、斬ってしまってよろしいですか?」


 レイアの目がマジである。


「ほう、ヌルハチを斬るというのか、おもしろい」


 やめて、挑発しないで、仲良くしてあげて。


「ふむ」


 これまで何か考えていたのか、ずっと黙っていたクロエがここにきて初めて発言する。


「しかし、そうなると問題があるな。この洞窟、四人で暮らすには少々手狭てぜまではないか?」


 ん? 四人?


「まて、黒トカゲ、お主までここに住むつもりではなかろうな」

「あれ、まだ、言ってなかったか? タクミ殿はドラゴンの王となられるのだ。そのためにはドラゴンの嫁、即ち、我と夫婦になる必要があるのだ」


 言ってない。聞いてない。ドラゴンの王にもならない。


「ははっ、モテモテだな、タクミ。構わぬぞ、ヌルハチは別に嫁が何人いようと気にしない。よし、後でこの洞窟を改装してやろう。寝室は特に大きくしてやる」

「話がわかるな、大賢者ヌルハチ。お主のことはじいちゃんから聞いている。これからもよろしく頼む」


 なんか、ヌルハチとクロエが結託している。事態がどんどんと勝手に進んでいく。何だ、このハーレム展開は。やめろ、童貞には荷が重い。


「タクミさん」


 立ち上がったままのレイアがカタナに手をかけている。


「もう面倒くさいので、全部ぶった斬りますね」


 怖い。完全に目が座っている。

 もう、ハッキリと言わなければならない。大丈夫だろうか。

 リック、サシャ、バッツ。

 俺に力を貸してくれ。


「ヌルハチ」

「ん? なんだ、タクミ」


 俺には師匠と呼べるものはいない。

 だが、冒険者としてのイロハをすべて教えてくれたのは、ヌルハチだった。奴隷のようにこき使われたが、感謝も感じている。だけど、俺は冒険者にはなれなかった。今は、この山で、ただ自然と共に平和に暮らしていきたいのだ。


「悪いが出て行ってくれ。俺はお前と一緒にはいられない」

「ほう」


 洞窟内の空気がぐにゃり、と歪んだ。

 今度はヌルハチの目が座っている。


「ヌルハチに逆らうというのか、タクミ」


 人類史上最大の魔力を持つ大賢者ヌルハチ。

 本気で怒らせたら命がないことは分かっていた。冒険者時代にも一度も逆らうことはなかった。

 でも、今は違う。

 ここは、命がけで守らなければいけない大切な場所なんだ。


「さすがタクミさんですっ。よく言ってくださいました。信じておりました。もし、受け入れていたら、何もかも斬り伏せた後、私も自害する覚悟でございましたっ」


 いや、ほんともう、頼むからこれ以上ややこしくしないで。


「我等の修行には色欲など一切無用。あらゆる情念を断ち、自然と共に私達二人だけで修羅の道を突き進む。そういうことなのですねっ」

「う、うむ。よくわかったな。その通りだ」


 本当はレイアも邪魔です、とか言ったら、秒速で腹を切りそうなのでうなづいておく。


「よいのか、タクミ。ヌルハチに逆らえばどうなるか、知らぬわけでもあるまい」


 ヌルハチの顔が微かに微笑んでいる。

 アルカイックスマイル。

 顔の感情表現を極力抑えながら、口元だけは微笑みの形をとっている。ヌルハチが本気で怒っている時に見せる笑みだった。早くもカッコつけた事を後悔する。過去のトラウマが蘇り、身体が震える。

 やばい、おしっこちびりそう。


「待ってください、タクミさん。武者震いする程戦いたい気持ちはよくわかりますが、ここは私に任せてください」


 レイアが勝手に勘違いして、俺とヌルハチの前に出る。


「大賢者ヌルハチ。ここはタクミさんの弟子である、このレイアがお相手する。不服か?」


 凛とした顔で背中のカタナをすっ、と抜く。


「アリスの弟子でタクミの弟子か、面白いな。いいぞ、相手になってやる」


 ヌルハチの身体からぶわっ、と不気味なオーラが溢れ出す。

 二人が連れ立って、洞窟の外の草原に移動していく。


「よっ、はっ、ふっ」


 荒い息が聞こえ振り向くと、背後でクロエがスクワットをしていた。


「な、何してるの? クロエ」

「いや、勝ち残ったほうと戦う準備をしてるんだが」

「え? なんで?」

「え? 三人で戦って生き残った者がここに残れるとか、そういうルールじゃないのか?」


 違うっ。ハーレム展開も勘弁だが、そんなバトルロイヤル展開も望んでないっ。


「お、お前達、殺し合いは駄目だぞっ。寸止めで、練習試合でお願いしますっ」


 二人に俺の声が届いたのかはわからない。

 二人は睨み合いながら、一歩も動かずに対峙していた。

 ヌルハチの強さは知っている。俺が知る限りでは、アリスがいなければその力を止められるものはこの地上に存在しない。アリスの弟子とはいえ、レイアでは荷が重いのではないか。そう思っていた。

 だが、それはただ俺がレイアの本当の力を知らなかっただけだった。


「参る」


 そこに、鬼神が降臨した。


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