閑話 バッツとアザトース
音楽が流れていた。
聞いたことのない曲だ。
恐らく、こちらの世界のものではないだろう。
ニ長調、4分の4拍子で、優しく穏やかで、癒される感じの美しいメロディーが続いていた。
「たんたた♪ たんたた♪ たんたたたたた♫」
思わず口ずさみながら歩を進める。
隠れる気はなかった。
ここに入った時から、すでに気づかれているはずだ。
視界は完全に闇の中だった。
それでも、ボンヤリとソイツの気配を感じて、そこに向かう。
音楽は徐々に大きくなっていき、やがて、すぐ側にヤツがいることに気がつく。
「……いい音楽でしょう」
真っ暗な闇の中で、ヤツの声がした。
「ああ、とても気持ちが安らいでいく」
10分程度のピアノ演奏が繰り返し何度も流れている。
しばらくは何も話さず、ただそれだけに耳を傾けた。
10回ほど聞いた後に、演奏は終わり、ヤツは静かに立ち上がる。
「見えているのですか? バッツさん」
「いや、何も見えないよ。完全に闇の中だ。でも、感じとれるし、なんとなくわかるもんだ」
「……さすが、としか、いいようがありません。よくここに辿り着けましたね」
「ああ、オイラもびっくりしてるよ」
そうだ。ほとんどが、手探りみたいなものだった。
魔王崩壊が引き起こされ、世界が終わりそうな非常事態の中で、それ以上の危険を察知した。
それがどこから来るものか。
最初はまるでわからなかった。
直感を頼りに、記憶の紐を解きながら、五感の全てを研ぎ澄ます。
違和感は最初から感じていたのかもしれない。
「なあ、お前は一体、何者なんだ? 闇王、アザトース」
その正体は闇に包まれ、本当の姿を見た者は誰もいない。
まったく何も見えない闇の中。
さらに、ヤツ自身も闇に覆われているのだろう。
それでも、オイラには、アザトースが今、笑ったことがわかった。
「真実の追求は、誰かが以前に信じていた全ての真実の疑いから始まる」
違和感があった。
アザトースがいつも最もらしく使っている言葉は、自分の言葉ではなく、誰かが使った言葉のように感じる。
「質問をかえるよ、アザトース」
そして、そんな言葉は、この世界のどこにも存在しない。
「お前は、どこからやってきたんだ?」
「ここではない、どこか、としか、答えられません」
無理やり吐かせることは不可能だ。
実力の底が知れない。
これまで一度も本気で戦ったことがないのだけがわかる。
オイラの危険察知が、振り切れんばかりに警報を鳴らしていた。
「なら、ここで、何をするつもりなんだ?」
「……何もしませんよ。ただ、見たものを全部、報告するだけです」
勘が鋭いのも困ったものだ。
知りたくもないものまで知ってしまう。
これ以上は踏み込んではならない。
たぶん、ここが生き残り無事に帰るための最後の分岐点だ。
なのに、オイラはアザトースに問いかける。
「『すべての痛みを知る、最も弱い人間が我らの王とならなければいけない。そして、その最弱の人間は、我らより強くなければならない』 この言葉は……」
闇の中で闇が広がった。
アザトースが全身に纏っていた闇が、オイラに覆い被さり、包み込む。
「それ以上は何も言わない方がいい」
まだ、生かしてくれるのか?
いや、これが最終警告なんだろう。
「気をつけよ。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」
ぞわっ、と全身の毛が逆立った。
危険察知が、ダメだこりゃ、といったように停止する。
それでも、オイラはアザトースに質問することをやめない。
ここで引いたら大盗賊バッツ様の名がすたる。
「この言葉はお前が持ち込んだのか。アザトース」
少しの沈黙。
その後に、止まっていた音楽が再び流れ出す。
「この世界に持ち込んだのは、三つだけ」
アザトースを覆っていた闇が、ゆっくりと剥がれていく。
いつのまにか、彼が作り出した闇の空間がなくなっていた。
小さな部屋の中心で、アザトースがピアノを演奏している。
「パッヘルベルのカノン、ニーチェの言葉、そして……」
闇は無くなったわけではなかった。
すべての闇は、オイラの足元に集まり、ずるずると下半身にまとわりつく。
「……聖杯、久遠 匠弥」
聞き慣れない名前だった。
ファーストネームが、後にきている。
この世界に存在しない名前。
それが、タクミの本名なのか。
アザトースの闇がなくなり、その姿が明らかになる。
だが、その顔はわからない。
ヤツは背を向けて、ずっとピアノを弾いている。
「なあ、お前は……」
最後の質問になるだろう。
闇はもう首筋まで上がってきている。
「……タクミの味方なのか?」
ずずっ、と闇が這い上がり、オイラの全身を覆う。
五感の全てが遮断され、全てが闇に包まれる。
しかし、最後の最後、ピアノ演奏にまぎれて、アザトースが小さな声で呟いた言葉をオイラは聞き逃さなかった。
「……アレは宇宙最強と誤認定させた、ただの生贄だ」
……生贄?
そうか、そうだったのか。
コイツらは、タクミを使って……
何かが近づいてくる。
それは、この世界の理を根底から覆えす。
もう一つの世界がオイラたちの世界と繋がった。
読んで頂いてありがとうございます!
ここまでが書籍版の二巻部分に当たる第二部となります。
書籍版二巻は全編がかなり変更されており、さらに裏章も追加されてます!
WEB版では活躍が少なかったマキナや、出番のなかった古代龍の活躍が増えたり、タクミとリンデンの幼い頃のお話や、本編でいつもカットされているレイアの活躍が書かれています。
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これからもどうかよろしくお願い致します。




