六十九話 百鬼夜行
「ああ、そうだ。ここからもうほとんど記憶になかったんだ」
マキナがあまりに近くで見ているので、ちょっと心配していたら、アリスと魔王の戦いが始まった。
アリスの周りの空間に幾つもの穴が空き、そこから何かが溢れ出す。
「多重転移空間魔法・百鬼夜行」
剣、刀、鉈、長刀、大剣、短剣、細剣、双剣、銃剣、槍、ハルバード、バルディッシュ、薙刀、鎌、大鎌、戦鎌、棍棒、ロッド、斧、杖、メイス、金棒、鞭、ハンマー、トンファー、スティック、木刀、モーニングスター、鎖鎌、多節棍、鉄球、フレイル、弓矢、クロスボウ、スリングショット、銃、大砲、ブーメラン、手裏剣、チャクラム、ジャベリン、メリケンサック、鉄扇、鉤爪、毒針、爆弾…… etc。
空を埋め尽くすほどの、大量の武器がアリスめがけて一気に降り注ぐ。
「参る」
しかし、アリスは気にしない。防御も振り払う素振りも見せず、真正面から魔王に向かって突っ込んでいく。
ガガガガガガガガガガッ、とアリスの身体に弾かれた危険な武器群が、そのまま予測不能の動きで俺のほうに飛んできた。
『あ、危ないっ! タッくんっ! 逃げてっ!!』
「いや、無理だよ、カルナ」
俺はアリスと同様にまったく動じない。いや、動じることができない。
「過去の俺、完全に気を失ってる」
立ったまま、目を見開き、そのまま固まっている。
どうやら大量の武器が降り注いだ時に、恐怖で意識を飛ばしたようだ。
『こ、こんなん、うちも全部撃ち落とせへんでっ! タッくん、どうやって助かったんっ!?』
「え? カルナも見てなかったのっ!? わ、わかんないよっ、本当に助かるのっ、これっ!?」
『じゃ、邪龍暗黒大炎連弾っ!!』
カルナが必殺技を連続で繰り返し、大量の武器を落としていくが……
『あっ、過去のうち、もう力あらへん。こっからうちも記憶ないわ』
「カ、カルナも気絶したのっ!?」
降り注ぐ武器はまだ半分以上残っている。
これ、もうどうしようもないよね? 俺死んだよね?
え? なんで今、俺生きてるの?
『タッくんっ、見てっ!!』
「いやぁああああっ、見れないっ、超こわいっ!!」
わあぁああああっ、と大武会の会場が歓声で盛り上がる。
串刺し? 俺がやられて盛り上がってる?
「あ、あれ?」
あれだけの武器が飛んできたのに、俺はまだ無傷で立っていた。周りには、様々な武器がみっしりと散らばっている。
「え? 全部当たらなかったの? 奇跡?」
ほっ、と安心したのも束の間、すぐに魔王が武器をおかわりして、再びアリスに大量の武器が降り注ぐ。
「うわぁああっ、アリスっ、弾かないで全部受け止めてっ!」
『大丈夫やっ、ちゃんと見ときっ!』
「あっ」
クルクルと巨大な剣が弾かれて、俺の顔面に飛んでくる。
完全に終わったと思ったが、当たる寸前で俺の顔の前に小さな穴が出現して、ひゅっ、と大剣を吸い込んだ。
それは俺の顔を通り抜けたみたいに、後頭部に空いた穴から再び出て来て、ザクっ、と地面に突き刺さる。
「こ、これ、魔王の拒絶空間だよ」
魔王が本体に戻った時にリンデンさんのまわりに施していた衝動を無効にする魔法。ヌルハチが誰も触れることはできん、とか言ってたやつだ。
「さすが宇宙最強タクミっ、人類最強アリスも避けれない武器の弾幕を最小限の動作でかわしているぜっ!」
「おおっ、全く動いてないように見えるぜっ、無我の境地というやつかっ!?」
う、うん。まったく動いてないんだよ。俺、気絶してるからね。
『魔王もタッくんを王様にしようと頑張ってたんやな』
「や、やめて。見てるだけで怖いから、できれば優しく退場させて」
全ての武器を弾き飛ばしたアリスが、魔王まで後一歩の距離まで詰め寄っていた。
さすがに多少のダメージを受けたのか、ちょっぴり打撲の後が残っている。
「魔王、もう打ち止め?」
「ああ、相変わらず化け物だな、アリスは」
「タクミにはまったく及ばない。ワタシは全部かわすなんてできなかった」
かわしてないよっ、全部魔王の魔法だよっ、なんでアリスはいつも本当の俺を見てくれないんだっ!?
『恋は盲目、ちゅうやつやな』
雛鳥が最初に見た者を親と思い込むように、最初に俺を最強と勘違いしてから、ずっと盲信しているのっ!?
どどんんんっ、と大武会の闘技場がアリスの踏み込みで砕け散った。
魔王とアリスの距離がゼロになり、その拳は深々と魔王の腹に突き刺さる。
「またね、魔王」
「ああ、またな、アリス」
魔王が吹っ飛ばされた数秒後、まるで落雷音の時差のようにドドドドォォーーーンという音が大武会に響き渡った。
これで最後に残ったのはアリスと、気絶したままの俺だけだ。
「さあさあさあさあ、ついに、ついに、ついにっ! 人類最強対宇宙最強っ、弟子対師匠っ、アリス対タクミのぉっ! 大武会最終決戦が始まろうとしていますっ!!」
突然のアナウンスに、気絶していた俺がピクリと反応する。
でも、まだ状況がよくわかっていないのか、夢心地で、ぼーー、と辺りを見渡していた。
『え? タッくん、いまからアリスと対決するん?』
「逃げてっ、過去の俺、早く、逃げてぇえぇええっ!!」
魔王が吹っ飛ばされて、拒絶空間もなくなっている。
「推して参る」
俺が相手でも変わらない。
いつものように、ただ真っ直ぐに、一直線に、そのままに。
アリスが全力の一撃を振りかぶった。




