六十七話 恋愛バトルロイヤル
のどかな日常が戻ってきた。
今度こそ本当に、見せかけではない平和な日々だ。
まあ、戦いとは関係のない別の問題は残ってるが、そっちはもうどうしようもない。
あとは願うしかなかった。
みんなが早く帰ってくれることを。
「ちょっ、ちょっと待ってっ! タクミポイント無くなってしもたんっ! うち、世界中の雑草刈って貯めてきたんやでっ! タクミ殿とチューできるはずやってんでっ!」
興奮してドラゴ弁になったクロエが洞窟前で猛抗議している。全然やって来ないと思ってたら、そんなにポイント貯めてたんだ。あ、危なかった。
「残念ですが、タクミポイントシステムは終了しました。全てのポイントは回収され、無効となります」
レイアがクロエに丁寧に説明している。
「そ、そんなアホなっ、こんなん詐欺やっ、イカサマやっ」
「ちゃんとタクミポイントの利用契約書に書かれてますよ。ほら、ここに」
「えっと、タクミポイントは、あらかじめお客様に通知することなく、本サービスの全部または一部の提供を中止することができます。って、こんな辞書みたいな長い利用契約書、誰も読んでへんわっ!!」
うん、多分、全国民が読んでない。そんなものがあることすら知らなかったよ。
「諦めなさい、黒蜥蜴。もう全部終わってしまったのです。私も三日三晩、寝ずに獣化の儀で隠れたヨルを探して戻ってきたら、そのことすら忘れられて、タクミさんたちは宴会をしていました」
ご、ごめんね。色々大変だったんだよ。魔王崩壊とか、その後の処理とか。
「ぜ、全部終わったって、うちら、なんも活躍してへんで。なんでや、うちらメインヒロイン候補やなかったん?」
「残念ですが、今のところ、モブキャラ扱いです。私の活躍も全部カットされてますし」
2人が、ジト目で俺の方を睨んでくる。違うよっ、それ俺のせいじゃないからねっ。
「はぁ、もうしゃーないな。また一から出直しや。タクミポイント無くなったから王女の結婚もなくなったんやろ。今、ここにいるんレイアだけやんな?」
「いえ、それが……」
「タクミ、いまから洗濯するから汚れた服、カゴに入れておいて。あ、レイアの分もお願いね」
いつものようにサシャが普通に家事をこなしている。
「え? なんで王女いてるん?」
「くっ、ポイントは全部回収しましたが、それまでに使った特典は無効になりませんでした。王女のお泊まり券は、まだ大量に期間が残っているようです」
「ふふ、チャンスはいっぱい。タクミポイントなんてなくても結婚までこぎつけてみせるわ」
ゴシゴシと俺のパンツを洗いながら、とんでもないことをつぶやくサシャ。怖いので聞こえないフリをしておこう。
「ま、まあええ、あんないきおくれ王女が1人増えても関係あらへん」
「……王女だけじゃないんですけどね」
「ちゃくみっ」
昼寝から起きたちっちゃいヌルハチが飛びついてくる。
「え? チハル戻ってきたん?」
「アレは魔力がなくなって小さくなったヌルハチです。思考も幼児化してるのをいいことに、タクミさんに甘えまくってます。死ねばいいのに」
や、やめて、そんなこと言わないでっ。正体がヌルハチだってわかる前は家族みたいに仲良かったのに、ギスギスが止まらないよっ。
「確かにちょっと羨ましいな。うちも膝枕されてみたい」
「私はタクミさんの膝に触れる者を、すべて斬り刻んでやりたいです」
こ、こわいよっ、なんか魔王と戦ってた時より、緊迫した空気が流れてるんだけどっ!
「だ、だんだんしんどなってきたわ。さすがにもう、他にはおらへんやんな?」
「いえ、最も強力なのが最後に1人」
最も強力。やはりレイアは彼女を1番警戒しているのか。
『ん? タッくん、うちのこと呼んだ?』
「ちがうぞ、カルナ。レイアが警戒しているのは……」
「洞窟の天井は、岩を空間転移して塞いでおいたわ、タク。これで雨漏りの心配はないと思うんだけど」
コツコツと、洞窟の奥から華麗に登場するリンデンさんを見て、2人が、キッ、と睨みつける。
「な、な、な、なんや、今のっ!? タクミ殿のこと、タ、タクっていいよったで。しかもコイツ、魔王やんかっ!!」
「ぐっ、正確には魔王ではありません。魔王の精神体が抜けた、西方の魔法使い、リンデン・リンドバーグ本人です。憎らしいことにタクミさんとは幼い頃に交流があったみたいです」
「そ、それ、幼馴染ポジションやんっ!! 恋愛バトルロイヤル上位に君臨する、めちゃくちゃヤバいやつやんかっ!!」
恋愛バトルロイヤルってなにっ!? いつのまにそんなの始まってたのっ!?
「ふっ、今のうちに、はしゃいでおくがいいでござる。どうせ未来では、拙者がタクみんを独り占めでござるよ」
「えっ!?」
突然、聞いたことの声がして振り向くが誰もいない。
一瞬、小型のアリスみたいな、おかっぱで金髪の少女が立ってたような気がしたんだけど……
『どうしたん? タッくん?』
「うん、いや、なんでもないんだけど」
なんか、こう世界線が、ちょっと未来に繋がっていたような、そんな不思議な感覚だったんだけど。
「本当に世界が崩壊するほどの魔力を吸収して、俺はすごい力を手に入れてしまったのか?」
『ないない、全然力感じへんし、いつものタッくんやで。やっぱりアリスが無意識のうちに吸収してもうたんやないの? 魔王の魔力』
そうだよね。そう考えるのが1番しっくりくるよね。
「なんだ、なんだ、タクミ、相変わらずモテモテだな。全員とやっちまったのか?」
「「「「「やってないよっ」」」」」
誰か帰るどころか、バッツがやって来て、洞窟はさらに賑やかになっていく。
俺の平凡な日常は、やっぱりまだまだ先のようだった。




