七話 本当はみんな優しいって知ってた(ヌルハチ以外)
「お前は今日でパーティーから追放だ」
十年前、砂漠の大迷宮を攻略しに行く途中で、戦士のリックにそう言われた。
寡黙で冷静沈着なリーダー的存在。どんな時も黒い鎧を脱がない彼の素顔を、ついに見ることはできなかった。
自分がパーティーのメンバーとして、足手まといなのはずっとわかっていた。むしろ、なんの才能もない俺とよくここまでパーティーを組んでいてくれたと思う。
「わかった。今夜荷物をまとめて出て行くよ」
「ダメよ、今すぐ出て行きなさい」
リックの横から僧侶のサシャがそう言った。彼女が使う回復魔法に何度救われたことか。毎回、瀕死になる俺を文句も言わずにいつも治してくれていた。
「最後にみんなにご飯を作りたかったんだが、ダメなのか?」
俺が皆にできることと言ったら雑用と荷物持ち、そして料理ぐらいのものだった。
「え、本当、それじゃあ…… い、いいえ、ダメよっ! 今すぐ出て行って!」
一瞬揺らぎかけたように見えたが、サシャは俺に強く言い放つ。
「そうか、今までありがとう。アリスをよろしく頼むよ」
テントの中に入ると、隅のほうでアリスが寝息をたてていた。このまま、俺がいなくなったらアリスは泣くだろうか。だが、俺のことなどすぐに忘れてしまうだろう。
頭をそっ、と撫でるとアリスは寝ているのに嬉しそうに笑みを浮かべた。
テントにある自分の持ち物をカバンに詰める。剣や盾は置いておくことにした。もう二度と使うことはないだろう。
「まてよ」
テントから出たところで盗賊のバッツに止められた。危機察知能力に優れた彼は、罠にかかりそうになる俺を何度も助けてくれた。
「その首輪はヌルハチの所有物だ。置いていけ」
どんな時も外すことは許されない。そう言ってヌルハチに渡された鈴がついた首輪。しかし、パーティーを抜けるなら、それも関係ないだろう。
「わかった。すぐ外す」
そう言って首輪に手をかけた時だった。
鈴が突然、光を放ち、あたり一面を照らし出したのだ。
「ちっ、転移魔法だっ、あのババアっ、盗聴してやがった」
バッツが慌てて、俺の首輪を外して、地面に投げつける。しかし、それでも光は止まらない。
「くそうっ、戻ってきやがる。リック、サシャ、時間を稼ぐぞ」
事態が飲み込めず、俺一人だけ呆然と立っている。
「何しているっ、お前は追放されたっ、早くここから去れっ」
いつも冷静で大声で叫んだことのないリックが初めて声を荒げた。
「そうよ、早く行ってっ、貴方は冒険者に向いてないっ」
サシャが首輪の鈴に向かって、何か魔力を放出している。
「みんな、これは一体っ」
おかしいとは思っていた。俺を追放しようときつい言葉を放つみんなのセリフが、全部棒読みだったのだ。
かっ、と首輪の鈴から出る光が膨れ上がる。
「どういうつもりだ? おまえ達」
そこに、彼女は立っていた。
大賢者ヌルハチ。
本名、ヌ・ルシア・ハシュタル・チルト。
一〇〇年前からできた冒険者ランキングでは不動の一位。
千年以上生きているとされている不老不死のエルフ。エルフの特徴である長く尖った耳に、セミロングの銀髪、ちょっと眠たそうなグレーの瞳に、ぷっくりと膨れた唇。人間よりも遥かに整った美しい顔と完璧なプロポーションでその姿は二十代前半くらいにしか見えない。
究極芸術と言われる程の大魔法を操り、古代龍と互角に戦ったという伝説までもが残っている。
そんなヌルハチが怒りの表情で俺達を睨んでいた。
「オレの権限でタクミをパーティーから追放しました。このまま行かせてやってください」
「彼はもう限界ですっ、私の治療も追いつかないっ、このままでは壊れてしまいますっ」
「コイツは史上最弱なんだ。こんな高レベルのパーティーじゃついていけない。分かってんだろ、クソババアっ」
みんなっ、俺のことを思って、ヌルハチが出かけた隙に俺をパーティーから追放しようとしていたのかっ。
しかし、そんなことをしなくても、こんな弱い俺をヌルハチが必要とするとは思えない。普通にパーティーを抜けるだけじゃダメだったのか?
「そんなのは許さない。タクミはずっと、ヌルハチと共に生きるのだ」
ヌルハチは自分のことを名前で呼ぶ。
冒険者試験に落ちた俺を拾い、無理矢理合格にして、パーティーに入れたのもヌルハチだった。何故ヌルハチは、そうまでして俺の面倒を見るのか、ずっと謎だった。ヌルハチが俺に近付こうとする。
だが、三人がその前に立ち塞がった。
「邪魔をするな、お前達三人がかりでも、ヌルハチには勝てないぞ」
確かにその通りだ。
冒険者ランキング上位にいるリック達でもヌルハチとは天と地ほどの差があるのだ。
「どうしてだ。タクミがいなくてもパーティーはやっていける」
「そうよ、戦力としては一ミリたりとも減らないわ」
「足手まといが居なくなって、むしろ強くなれるだろうがっ」
涙で前がボヤけて見えない。
演技だ。これも俺を逃すための演技に違いない。
「力を表層でしか見ていないお前達にタクミの何がわかる? 何故、強大な力を持つアリスがタクミにだけ懐いているのか、考えたことがあるのか?」
アリスが俺にだけ懐く理由?
ただ、俺が最初に彼女を拾ったからじゃないのか?
「……逃げろ、タクミ。少しだけなら時間を稼げる」
「ありがとう。ご飯、いつも美味しかったわ」
「行けっ、そして、振り返るなっ」
ヌルハチの問いに三人は答えない。
「そうかわかっていたのか。それでも、タクミを手放そうというのかっ」
ヌルハチの魔力が高まっていく。
何がなんだかわからない。
だが、俺を逃がそうとしてくれている仲間達の思いを無駄にしてはいけない。
「ありがとう、みんな。俺、行くよっ」
冒険者に憧れてこの世界に入った。
なんの才能もない俺がここまでやって来れたのは、全て頼もしい仲間達のおかげだった。冒険者だったときのもの、その全てを置いて全力で走りだす。
「まて、タクミ。逃げられると思うな。お前ら三人など一瞬で……!? アリスっ」
初めて、ヌルハチが動揺した声を上げる。アリスが目を覚ましてテントから出てきたようだ。一瞬だけ、振り返りアリスを見る。
「ねぇ、タクミは?」
まだ寝ぼけているのか、目を擦りながらあたりを見回している。
「アリスっ、タクミはヌルハチに虐められて、逃げ出した」
「そ、そうよ、全部、この人が悪いのっ」
「やれ、やるのだ、クソババアを倒すのだ」
「き、貴様らっ! ちょっとまて、アリス、落ち着けっ。ヌルハチは悪くない、泣くなっ、泣くんじゃない」
「ふぇ」
背後で巨大な爆発音がしたが、そのまま振り返らず走り続ける。
「タクミっ」
そこからヌルハチの大声がこだまする。
「どこに行こうとも、必ずアナタを見つけてやるっ」
それから十年間、山からほとんど降りることなく、暮らしていた俺は、もう二度とヌルハチと会うことはない、そう思っていた。とっくに俺を探すことなど、諦めていると油断していた。だが、彼女は十年間、ずっと俺を探していたのだ。
「タクミ、この十年はこれまで生きた数千年より長く感じたぞ」
目の前にいる全く変わらないヌルハチの姿に、十年前のことが昨日のように思い出される。
「ヌルハチはもう二度とタクミを離さない」
決別した過去と再び向き合う。
大賢者ヌルハチとの因縁の対決が幕を開けた。