六十六話 青い鳥
「し、信じられない。サ、魔王崩壊を全部飲み込んだのか……」
リックがフラフラと俺に近づいてきて、目の前で跪く。
「……神よ」
「違うよっ! 神じゃないよっ! ひれ伏して祈らないでっ!!」
俺も何が起こったのか、全然わからない。
本当に、あの膨大な魔力を俺が全部吸い込んだの?
いやいやいやいやいや、まるで実感ないけど。
魔力が溜まってる感じもしないし、別段、変わってることもない。
『ほ、ほんまや、タッくん、魔力吸ったはずやのに、それがどこにいったか、わからへんわ』
地面に刺さっていた魔剣カルナを鞘に収める。
力に敏感なカルナにも探知できないなら、きっと魔力の濁流は俺が受け止めたんじゃなくて、勝手に消滅したんじゃないの?
「タクミ」
「ア、アリス」
大武会以来のアリスが俺の側に近寄ろうとしたが、少し手前で、ピタリと止まる。
「……ダメだ。ワタシはまだ、タクミの隣に立つ資格がない」
え? そんな検定試験ないんだけど。
「え、えっと、アリス」
「魔法を拒絶する体質のワタシには、魔王から放たれた魔力の濁流を止める術がなかった。そんなことを気にする必要もない。世界が崩壊してもワタシとタクミは生き延びれる。それでいいとさえ、思ってしまった」
こ、こわいよ、アリス。その考えはやめようね。
「でもタクミは違った。ワタシと同じように魔力を拒絶することなく、逆にすべてを受け入れて包み込んでしまった」
包んでないよっ、むしろ、俺が包み込まれてたよっ。
「まだまだ、だっ、ワタシはもっともっと強くならないと、タクミの側にはいられないっ」
うん、もう十分だよ。魔王、フルボッコだったからね。
「……ぐっ、はっ」
えっ、魔王、無事だったの? マジで?
崩壊してグチャグチャだったのに、ちょっと再生してるじゃないか。
「……ふっ、ははっ、魔王崩壊を受け止めて、意にも介さずかっ。余の、リックの今までの苦労はなんだったのだろうなっ」
「あんまり、しゃべらないほうがいいよ。まりょく、なくなってるから」
倒れたまま笑う魔王に、小さくなったヌルハチが寄り添っている。
「なにをいうか。お主もほとんどゼロではないか」
「うん、おんなじ」
「ははっ、おなじか。そうだな、余とヌルハチは、よく似ている」
ん? これはなんだ?
洞窟の前にはただ緑の草原が広がっているだけなのに、一面の青い薔薇に囲まれて、笑っている2人がそこに見える。
「……さて、これでもう思い残すことは何もない」
穏やかな笑みを浮かべ、魔王が静かに目を閉じる。
「トドメを刺してくれ、アリス。余を倒すチャンスは今しかない」
「まおうっ! なんで、そんなこというのっ!」
ちっちゃいヌルハチが魔王のオデコをペチペチ叩いている。
か、かわいい。それだけですべてを許してしまいそうだ。
「仕方ないのだ、ヌルハチ。また数千年も立てば、余の魔力は世界を滅ぼすほどに満たされてしまう。その頃にはタクミも生きてはいまい」
「そんなことないっ、ちゃくみはいきてゆよっ、ずっとずっと、えーえんにいきてゆよっ!」
いや死んでるわっ。逆に人生10周まわって、また死んでるわっ。
「今回、誰も犠牲にならなかったのが奇跡的なのだ。最初の魔王崩壊では、世界を救おうとした勇者の肉体が消滅した。そうであろう、リック?」
こ、今回が最初じゃなかったのか、魔王崩壊。
「……そうだ、タクミ。おそらくこれが魔王を倒せる最初で最後のチャンスだ。パーフェクトワールドが実現しない限り、魔王の破壊衝動も魔王崩壊もいずれまた起こってしまう」
「でもそれって数千年後だよね? その時はまた別の誰かが頑張ってくれるんじゃない?」
だいたいその頃には、もうみんな生きてないし、そんな先のことなんて正直どうでもいい。
「大丈夫だよ、リック。完璧な世界じゃなくても世界は廻っていく。そのうち勝手に、魔族も人間も、魔王も勇者も、みんな仲良く暮らしていける世界がやってくるさ」
『タ、タッくん、面倒やから、いい感じのセリフ言うてシメに入ろうとしてるやろ』
よ、よくわかったね。その通りです。
でもちょっと黙ってて。なんかリック感動してるっぽいし、これで終わりそうな感じだから。
「おいおいおい、苦労して戻ってきたのに、全部終わってるじゃねえか」
「え? なに? どういう状況? なんでアリスがいるの? や、山が削れてるっ! 何があったのっ!?」
バッツとサシャが戻ってきて、魔王崩壊の惨状を目の当たりにする。うん、もうちょっと早く帰ってきてほしかった。
「まあ、いいか。なんとかなったみたいだし。ご飯でも作って、ほら、みんなで食べよう。お腹いっぱいになったら、嫌なことなんて全部忘れてしまうよ」
「もきゅんっ」
魔王崩壊の時、一番最初に逃げたベビモがご飯のワードを聞いて全速力で戻ってくる。
リックがこちらを見て何かを呟いた。
「……ああ、そうか。不完全なこの世界こそが……」
温かい風が静かに頬を撫でる。
冬の終わりが近い事を告げていた。




